第2話

文字数 1,338文字

 そんなある日の合コンで、かほるは一人の男性と知り合った。彼は五つ年上の梅林富雄(うめばやし、とみお)といい、誠実そうな仕草が印象的だった。アパレル系ベンチャー企業の経営者だと切り出した彼は、恥ずかしそうにしながら、陽気に盛り上がる他の男性たちの中で、一人だけ浮いていた。
 人見知りだという彼は、同じく対人恐怖症気味だったかほると話が合った。何処か謎めいた雰囲気を漂わせ、他の男子の馴れ馴れしさに困惑していたかほるに対して、礼儀正しく紳士的に振舞っている梅沢に、悪い感触を持つわけが無い。なによりヘアースタイルがロン毛でなく、短く切りそろえているのが好印象だった。
 それでもその日はメール交換をしただけで解散となったが、それ以来何度か食事に誘われるたびに、次第と好感が増していく。

 三度目の食事の帰りに満開の桜の下で告白され、首を縦に振った時の梅林は喜びの笑顔で満ち溢れていた。

 それからデートを重ねて親密になっていく。久しぶりのときめきに、かほるは幸せを感じずにはいられない。
 体の関係になるのにさほど時間はかからず、その頃になると重次の事など頭からすっかり消え去っていた。

 梅林の様子がおかしくなっていったのは、交際を始めてから半年もしない頃だった。
 会社の事業が上手くいかないと、度々お金を無心されるようになり、その都度かほるは工面していく。最初は数万円だった要求額も次第と高額になってくると、いつしか貯金も底をつき、今度は親から借りる様に言われた。それでも足りずに友達や親せきから借金を余儀なくされ、それも限界になると、ついにサラ金に手を出すように指示される。
 さすがに限界を感じ、もう無理ですと、何度も断ろうとした。だが、別れを切り出されるのではないかという不安に苛まれ、どうしても拒むことができないでいた。梅林を信じ、いつしか結婚をという夢をあきらめきれないかほるは、借金取りに追われる日々を過ごすようになっていく。

「かほる。お前は騙されているんだ。そんな男とはさっさと別れちまいな」
 重次に借金の相談をしたら開口一番にそう言われた。かほるも気づいていない訳では無かった。梅林は自分のことを愛しているのではない。金だけが目的なのだと。
 それでも彼を忘れる事など出来はしない。重次に恋人がいる以上、今のかほるにとって心を支えてくれるのは梅林しかいないと信じるしかなかった。

 それでもとうとう借金で首が回らなくなると、断腸の思いで、「もうこれ以上、支援はできない」と伝えた。激高した梅林は人が変わったように冷たくなっていく。デートもまばらになり、いざ顔を合わせても、不機嫌を隠そうともしなくなった。
 何とかして彼の心を繋ぎ留めようと、かほるは禁断の手段に出る決心をした。会社の金を横領したのである。いずれ発覚して責任問題になるのは覚悟の上だった。それでもかほるはいつか梅林の会社が軌道に乗り、全てが上手くいくと信じて疑わなかった……。

 その日が訪れたのは突然だった。会社の上司に横領が露見してしまい、解雇を言い渡されたのだ。当然、両親にも激しく叱咤され、精神状態はズタボロとなった。神経がすり切れ、今にも死にそうなほど衰弱しながら、それでもかほるは梅林にすがりついた。
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