第10話「山奥の集落」

文字数 2,818文字

 夜が近付き、野宿を覚悟していたツルギたちだったが、ようやく、集落の入り口に辿り着いた。
 入り口には魔物よけの松明が灯してあり、辺りを赤々と照らしていた。
 集落とはいえ、思ったよりも広い村のようであった。
 広場には、小さな露店が数軒並んでいて、そこで買い物をしている旅人もいた。
 ここは、ヤマトへ向かう旅人たちの休憩所となっているようだった。
「あー、ノドが乾いたぜ。」
 ツルギが、井戸の方へ近付くと、集落の住人とみられる老人が行く手を阻んだ。
「じいさん、どいてくれ。」
「あの井戸はやめた方がいい。枯れ井戸でな、しかも中におかしな奴が住み着いてるんだ。」
「ふーん。枯れた井戸ならだめだな。ありがとな、じいさん。」
 ツルギは宿まで我慢することにした。
 四人は、宿を探した。
「四人ですか。二人部屋なら…ちょうど二部屋空いていますが。」
「それでお願いします。」
 ユリカがお金を払った。
 そして、ツルギとヨロイ、ユリカとスミレの2組に分かれて泊まることになった。
 食事は、露店で買った団子と漬物、それに緑茶で済ませ、風呂は、宿の大浴場に入った。

「安い宿のわりに、結構いい湯だったな。」
「そうですね。」
 ツルギとヨロイはそれぞれ布団を敷いて横になると、話を始めた。
「なあ、俺、そんなにおかしかったのか?」
「ああ、そのことですか。大丈夫ですよ。僕だって、恥ずかしい思いをしたみたいでしたし。」
「恥ずかしい?」
「気付いたら褌一丁になってて…。やばかったですよ。もしそれすら脱いでいたらと思うと…。」
「変態確定だな。」
「やめて下さい!あのときは混乱させられてたせいで!ああ…スミレさんに見られたと思うと…!」
 二人はしばらくたわいもない話をしているうちに、眠くなってどちらからともなく眠った。

 その頃、ユリカとスミレも布団の中でおしゃべりをしていた。
「ツルギ、かわいかったね。」
 スミレが笑いながら言った。
「笑いごとじゃないわ。どうにか魔物を倒せたから良かったけど、もしスミレも混乱してたらどうなったか。…私も修行が足りないわね。準備万端のつもりでいたのに。回復役が混乱したらだめよね。」
「そう真面目に反省しなくてもいいじゃん。なんとかなったんだしさ。ねえ、それより最近どうなのよ?ツルギとは。」
「え?なんのこと?」
 ユリカの頬が赤くなった。
「とぼけないで。あんた、ツルギが好きなんでしょ。」
「ち、違うわ!」
 ユリカの顔がぼっとリンゴのように赤くなった。
「じゃあなんで赤くなるのさ?」
「だ、だって…あのとき…。」
「ああ、混乱したツルギに抱きしめられて…。」
「それはもういいの!」
「素直になりなよ~。ツルギだって、あんたのことが好きなんだから。」
「ええっ!?まさか!」
「あんた、気付いてないの?あんな近くに住んでるのに。」
 スミレが呆れたように言った。
「ツルギは…私に恩があると思ってるだけなのよ。別に好きとか…そんなんじゃないと思うわ。」
「そうかなあ?」
「…ね、ねえ。私、男の人を好きになったことがないから、よく分からないんだけど…。どういう気持ちが、好きってことになるの?」
「ん~…。あたしもそんな経験あんまないけど、好きな人が近くにいると、それだけで嬉しくなったり、心がときめいたりするよ。」
「ときめく?」
「うん。なんていうか…胸がどきどきするの。」
「どきどき…。」
「ツルギに抱きしめられたとき、どきどきした?」
「…うん…。」
「そう!それだよ。」
「じゃあ、私は…ツルギが…す…好き…?なのかな…。」
 かすれた声で、ユリカが言った。
「そう思うよ。」
「う~ん…。」
「なんで悩むのよ?」
「だって…。こんな気持ちの状態で、明日ツルギにどんな顔して会えば…。恥ずかしいよ。」
「ふふっ。そんなユリカがあたしはかわいいと思うよ。」
「もう。スミレはすぐからかうんだから。」
「からかってないってば。あたしはあんたたちを応援したいだけだよ。」
「応援?…変なことはしないでね。と、とにかく明日も早いんだから。寝ましょう。」
「ちぇー。もっと話したいのにぃ。」
「おやすみなさい。」
「おやすみー。」

 翌朝。
 四人は宿の前で合流した。
「みんなおはよー!」
 スミレが元気に挨拶した。
「おはようございます!元気いっぱいですね、スミレさん。」
「ヤマトまであともう少し!張り切っていこー!」
「おはよう。」
 どこかぎこちなく、ユリカがツルギに挨拶した。
「お、おう…。」
 それにつられて、ツルギもぎこちなく挨拶した。
「…次は、南の方向よ。まっすぐ進めば、いよいよヤマトに着くわ。」
 気を取り直し、ユリカが南を指し示した。
「ヤマトって、どんな所なんでしょうね。」
「行ったことはないけど、変わった建物が建ってて、そこに住んでる人たちも、変わった服装をしてるんだって。キモノっていう服らしいわ。」
「勿論、魔物も強くなるから、油断しないでね。」
 四人は集落を出て、南に向かって歩き出した。

 しばらく行くと、森に入った。
 このあたりから、ヤマト地方に入るようだった。
 ソレスト地方は寒い気候だったが、こちらは比較的温かい気候だった。
「過ごしやすくて助かりますね。これなら、野宿しても大丈夫そうです。」
「そうだねー。一日ではヤマトに着かないだろうし。」
 風が巻き起こったかと思うと突然、目の前に音もなく現れた者がいた。
 全身黒づくめで、頭も口元も布で隠していた。
 さらに、もう一人、盗賊とみられる格好をした者も現れた。
「荷物を置いていきな。」
「ざけんな。」
 ツルギは、盗賊に向かっていった。
 すると、盗賊はするりと逃げ、もう一人の黒づくめに助けを求めた。
「忍者さんよ、頼んだぜ。」
 忍者と呼ばれた者は、素早くツルギの背後に回り、手刀を食らわせた。ツルギは気絶した。
「ツルギ!」
 ツルギに駆け寄ろうとしたユリカは、途中で忍者に向かって荷物を投げつけた。
「これが欲しいんでしょ!さっさと行って!」
「物分かりのいい奴だ。」
 盗賊が言った。そして、忍者から荷物を受け取って、二人でどこかへ消えていった。
「なんで荷物を渡したのよ。」
 スミレがユリカに言った。
「あれは、忍者よ。今の私たちでは、とても敵わないわ。」
「ニンジャ?確か、ヤマト周辺に出るっていう…。ちっ、盗賊と組んで盗みをしてるなんて。最低ね。」
 スミレは、忍者たちが逃げていった方へ向かって舌を出した。
「とにかく、ツルギを目覚めさせましょう。」
 ユリカは、魔法でツルギを起こした。
「…ちくしょう!俺としたことが…。」
「仕方ないわ。命があっただけでも良かった。」
「…でも、装備以外、全部失っちゃったね。」
 残念そうに、スミレが言った。
「残ったものといえば、これだけよ。」
 スミレは、ポケットから、飴玉を数個出してみせた。
「ヤマトに着くまで、どうにかしのぐしかないわ。食べ物は、その辺の木の実とか野草とか、魚とかをとるしかないわね。なるべく急ぎましょう。」
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