地獄

文字数 541文字

「もう死にたい。」
 そう男は思った。でも自分の意思では指一本動かせない。今まで何回死んだろう。彼の体をのっとった主は、彼が死ぬ度に替わっていった。それはあたかも古着を着替えるかのようにいとも簡単だった。
 これはゲームだ。つまり、彼の体を操作している連中は、実際の死の苦痛はほとんど味わうことがない。だから、色んな無茶ができるのだ。

 何度、崖から落ちただろう。
 何度、銃で撃たれただろう。
 何度、首が飛んだろう。

 ゲームオーバーの度に体はリフレッシュされる。痛みは残らない。しかし、毎回ただただ死の恐怖と苦痛を味わう。これが、映画?いや、これは現実だ。無限に続く、生と死の苦痛。地獄というものがあればまさしくこういうことを言うのだろう。理論上は、ひとつの細胞からでも再生ができる。しかし、それでは赤ん坊からの出発になるのでゲームキャラとしては扱いにくい。なので、ある程度原型があるうちに再生される。それでも幸せなことに、再生を繰り返す度に、記憶が薄れていった。他人が動かす自分の体が、どんな重い罪を犯そうと、最悪感は生じない。だから、意識も薄れていく。
「千年ものはレアだったんだが、こいつも限界だな。」
 それが、何百、いや何千回目の死に際に聞いた最後の言葉だった。
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