出る部屋の見分け方

文字数 1,980文字

で る へ や の み わ け か た

出る部屋の見分け方

 初夏のある日。

 私は久々の出張で山陰地方のある都市へ来ていた。




 打ち合わせも無事に終わり、ホテルへのチェックインを済ます。


 時間が早かったのか、部屋へ向かう廊下には、まだ清掃員の姿があった。

お?

 リネンの入ったカートから顔を上げた男は、睨むように私を見る。



 その顔を見て、私も思わず声を上げた。

おいおい、奇遇にもほどがあるぜ!

 その清掃員は芦屋。

 古くからの私の友人で、30を過ぎても定職につかずフリーアルバイターをしている、なぜだか憎めない男だった。


 たまたま旅行をしていてこの街におり、旅の資金が心細くなってきたため、臨時のアルバイトをしているらしい。

ところで、お前ここに泊まるのか?

 チラリと私の持つカードキーに目を向け、芦屋は何か言いたげな表情を見せる。



 彼は時々こういう顔をして、その度に少し不思議な話を聞かせてくれるのだ。





 その多くは胡散臭い話なのだが、困ったことに私はそんな話が嫌いではなかった。

そうだな、まぁ晩飯くらいで手を打つぜ?

 こちらからは何も言っていないにもかかわらず、芦屋はしたり顔でそう告げる。



 私には、苦笑いでうなづく以外の選択肢は無かった。



  ◇  ◇  ◇


禁煙のシングルルームか

 部屋に入った途端に芦屋の表情が曇る。


 私は非喫煙者だし、煙も苦手だから毎回禁煙のフロアをオーダーする。

 何も不思議な事はないだろうと言うと、彼は軽く笑った。

まぁな。でもホテルによっては色々隠すために禁煙にしていることもあるのさ
……ここは、出るぜ

 なぜそんなことが分かるのかと詰め寄ると、芦屋は「一番簡単なのは御札が貼ってあるって所だ」と言い放つ。


 確かにそれならば納得がいく。



 私は良く怪談話で聞く、絵画の裏側やベッドの下などをくまなく探してみたが、御札らしきものを見つけることは出来なかった。

そんな分かりやすい所に貼ったらすぐバレるだろう?

 確かにその通りだ。


 オカルトマニアでもなんでもない私でも、御札といえばそういう所に貼ってあるものだと思っている。

こう言う所は、禁煙フロアーに改装する時に壁紙を全部張り替えて、その壁紙の下に御札を仕込むのさ
 だいたいそれは四隅に貼られていると聞かされ、そこを確認すると、壁紙の模様にも見えるが、見方によっては御札が貼ってあるようにも見える、そんな微妙な段差のようなものが見受けられた。
後はこれだな
 禁煙ルームだというのに躊躇なく、芦屋はポケットから取り出した自前のタバコに火をつけた。
煙の行く先を見てな

 芦屋の言葉に反応するように、立ち上った煙はある高さまで来ると急に方向を変える。

 まるでそこに煙を遮る「なにか」があるかのように、煙草の煙は不自然に向きを変えてたなびいた。

禁煙ルームなら、こうやって何かが居ることに気づく人も少なくなるだろ?

 携帯灰皿にタバコを入れ、芦屋はそれをポケットにしまう。


 今の説明だけでこの部屋に何かが居ると確信したわけではなかったが、私は少しの寒気を覚え、芦屋を見た。

まぁこれだけじゃ納得行かないかもしれないけどな。騙されたと思ってフロントに部屋を変えてもらえるように言ってみな
ちゃんと「この部屋は何か嫌な気配がする」って、そう言うんだぜ?

 芦屋に言われた通り「この部屋は何か嫌な気配がする」とフロントに告げ、部屋を替えてくれるように言うと、驚くほどすんなりと最上階のツインルームへと部屋を替えてもらえた。


 それどころか、案内されるときに責任者だという男に何度も「今後はこのようなことがないように致します」と頭を下げられ、私はその頭を見ながら、あの部屋に何があったのだろうと、そればかりを考えていた。



  ◇  ◇  ◇


……まぁな、分かる人をそんな部屋に通しちゃあやっぱまずいだろ?
 部屋を後にして、ふらりと入った郷土料理の店で、芦屋は訳知り顔で笑う。


 あんな「何かがいる部屋」は何処にでもあるのかと聞く私に、芦屋は美味そうに郷土料理を口に運びながらうなずいた。

 また少し寒気を感じながら、私があのままあの部屋に泊まっていたらどうなったのかと重ねて尋ねると、彼はビールをぐいっと煽って一息ついた。
何も。心霊特番みたいに幽霊が出てきて追っかけられてどうのなんてのは無いさ。

何しろお前みたいに見えもしなければ感じもしない人がほとんどなんだからな。

 今後の出張のことも考えて、少し憂鬱な気分になっていたいた私は気持ちが楽になりホッと息をつく。
……でもな、あいつらはそこに居る
お前らが泊まっている間、ずっとそこにいて、自分のことを無視してる、他所から来た奴らを恨みのこもった眼で睨み続けているのさ

 枕元で一晩中恨まれ続けたら、体調くらい悪くなったって仕方ないだろ?


 ……と、芦屋はなんでもない事のように笑うのだった。

――終わり
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登場人物紹介

芦屋

「私」の古くからの友人。

30を過ぎても定職につくこともなく暮らしている。

時々少し不思議だったり怖い話を持ってきては、「私」に金の無心をしている。

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