第4話 完結

文字数 2,560文字

 更に三週間後、眼鏡をコンタクトに変えて、服も新調したビノ太は、みなもをデートに誘うために何年かぶりにメールを打った。しかし、不安を拭い去ることが出来ず、送信する寸前に手が止まった。
「がんばれビノ太くん! 君ならきっと上手くいくよ!!」
 ドえもんの声援は何処か心がこもっていない感じを受けたが、それでも勇気を振り絞り、ついに送信ボタンを押した。五年も前のアドレスなので、今でも送信できるか危惧したが、幸いなことに返信が来た。
 何度かやり取りを重ね、遂にランチを取り付けることに成功した。
 有頂天となったビノ太は天にも昇る気持ちで週末を待ちわびた。もちろん床屋に予約を入れることも忘れはしない。

 土曜日の正午となり、喫茶店『ダフネ』へとやってきた。約束の時間は午後一時だったが、居てもたってもいられずに、一時間も早くやってきたのである。
着いたはいいが先に注文するのもはばかられ、水ばかりを飲んではウェイトレスから白い目で見られることとなった。
 やがて約束時間である一時となり、みなもが扉を鳴らした。彼女はビノ太を見るなり、眼鏡が無いのに驚きの声を上げるが、コンタクトにしたと説明すると微笑ましい顔を浮かべ、テーブルにつく。久しぶりの彼女は相変わらず可愛くて、ついつい見惚れてしまった。
 ビノ太はウェイトレスを呼びインディアンパフェを注文すると、「カナディアンパフェですね」と訂正され、下を向く。出ばなをくじかれた格好となった。
 あれだけレッスンをしたにも関わらず、緊張で言葉が出ない。いざ、みなもを目の前にすると、ドミの顔が頭に浮かび、目を合わせられないでいた。どうやらトラウマになっているらしい。
 彼女の方もそれを感じたらしく、最初の方こそ大学でのキャンパスライフや思い出話を振ってきたが、やがて退屈そうに顔を背けだし、カナディアンパフェを黙々と食べ進める。この状況を何とか打破しようと、それなりに話を振ってみたが、会話は五分も続かなかった。
 結局、二人とも食べ終えたところで、みなもは「ごちそうさまでした」と頭を下げてダフネを後にしていった。

「ドえも~ん。絶対にフラれちゃったよ。どうしよう、どうしよう」
 泣きつくビノ太にウンザリ気味のドえもんは、頭を撫でながらこう慰めた。
「大丈夫。ビノ太くんはフラれてなんかいないよ。だって元から付き合っていないんだから」
 火に油を注ぐ形となり、ビノ太の泣き叫ぶ声は益々大きくなった。
 そこでドえもんが最終手段として取り出したのは『かぐや姫マークのみたらし団子』だった。『桃太郎印のきびだんご』でないところが怪しさ満点であるが、効果のほどはこれまでとは比べものにならない。
 これを惚れた相手に食べさせれば、たちどころに好意を持たせることが出来るのだという。ドえもんにしては一番まともな道具と思えた。
 これは食べ物なのでレンタルではなく一万円の買取りであったが、一度食べさせれば効果は一か月間続くらしい。
 愛をお金で買うことに抵抗がないわけではないが、かといって他に有効な手段はない。
 コンタクトレンズや新調した服のせいでバイトの給料はとっくに使い果たしてる。さすがに一万はキツかったが、今のビノ太にとってこれほど理想的なアイテムはなかった。
 ビノ太は仕方がなく親に頼ることにした。ドえもんの事は内緒にしていたので、理由を言えぬまま母親に泣きつき、来月返すことを条件に、何とか工面することが出来た。

 週明けの月曜日、さっそくみなもの通う大学の校門前で待ち伏せすると、彼女の姿を見つけるや否や、偶然を装いながら声をかける。
「この前はごめん。お詫びといっては何だけど、良かったらこれを食べてくれない?」
 そう言ってタッパに入れたかぐや姫マークのみたらし団子を差し出した。
「ありがとう。こちらこそ、この前はごちそうさまでした。せっかく誘ってくれたのに、大した話が出来なくて退屈だったでしょう? せっかくだから頂くわね」
 そういってタッパを受け取ると、みなもはバッグにしまおうとする。
「良かったら今食べてくれないかな。生ものだから、早くしないと味が落ちるかもしれないし」
 しかし、みなもは「こんなところで食べるのは、ちょっと……」と言ってふたを開けようとはしない。
 ここで食べてもらわなければ、一万円を借りてまで用意してきた甲斐がない。それどころか誰かの前で食べてしまったら――例え相手が父親であろうとも、ぞっこんになってしまう。一か月待てば効果が切れるとはいえ、それでもとんでもないことになるのは間違いなかった。
 それにせっかくの一万円がふいになってはマズいと、しつこく攻め立てるものの、頼めば頼むほど、みなもは頑なに拒否を続ける。
 そこで男の声が聞こえた。
「あれ? 利塚さんじゃないか。こんなところでどうしたんだい?」
 みると校門の中から一人の男性が右手を上げながら近づいてくる。高身長かつ、さわやかなイケメンで、切れ長の目つきから如何にもIQが高そうに映る。
「あら、槍杉くん。こちらは知り合いの尾野ビノ太さんよ」
 幼馴染じゃなくて知り合いかよ。せめて友達と言ってほしいところだ。
「どうも初めまして槍杉です」
 こいつが噂の槍杉か。確かみなもと交際しているとの噂だったが、二人の様子から見て、どうやら間違いないように思える。
 槍杉はタッパに気づいたらしく、目ざとく指さすと「それは何だい?」と訊いてきた。
「みたらし団子よ。ビノ太さんから貰ったの。私はお腹いっぱいだから、良ければ一本食べてみる? いいでしょう? ビノ太くん」
 今さらダメとも言えず、槍杉はヒョイとつまむと、そのまま口に入れた。みなもを見られてはマズいと、ビノ太は突然駆け出し、彼女を視界に入れないように槍杉の前へと躍り出た。
「ちょ、ちょっと君……」
 明らかに不自然な行動に、槍杉は戸惑いを見せる。やがて彼の瞳がハート模様となり、ビノ太の腕を掴んだ。
「……君ほど魅力的な人に出会ったことが無い。もしよかったら僕と交際してくれないか。友達からでも良いから」

 必死で逃げ惑うビノ太を、みなもは茫然とした顔でいつまでも見守っていた……。
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