第38話

文字数 3,355文字

 瑠璃は再び白川の前にその存在を現したのである。白川とあいさつを済ませた後、即座にAIマザーへと侵入した。そこは暗い闇に覆われている世界であった。構わずに突き進んでいくと先の方に一点の明かりが見えてきた。恐らくその明かりがAIマザーの中心となる核であろう。瑠璃はその明かりに向けて進んでいく。小さな点だった明かりはだんだんと大きさを増し遂に瑠璃はその光の中に侵入することへ成功したのである。そこで瑠璃は光が薄れていくのを待った。するとそこは広い宴会場のようだ。高い天井にはいくつものシャンデリアがぶら下がりその下には白いテーブルクロスがかけられた丸テーブルがいくつも置かれている。その周りには黒いスーツに白いネクタイを着けた男たちがグラスを片手に歓談しているのが見える。女たちは和服姿であったり宴会用のドレスであったりを纏ってこれも負けずと嬌声を上げている。誰かの結婚式の披露宴なのかもしれないと瑠璃は思った。誰も瑠璃に注意を払うことはなかった。瑠璃は構わずに出口に向かって進んだ。銀のメッキが施された取手にゆっくりと手をかける。取っ手をつかむころにはロックが解かれるカチッという音がした。そして静かに開くとそこは大きな白い部屋だった。中では整然と並んだ白い机の列に白い端末が置かれその前には体にフィットした白い服を着てマネキンのように凍り付いた表情をした女たちが黙々とキーボードを打ち続けていた。奥の方には表示パネルが設置されて都知事選の集計経過が示されているようだ。誰も瑠璃の存在を気にしていないようだ。瑠璃はその数字を確認したが福島百合子と表示された数字が柚木のそれよりもはるかに勝っていた。瑠璃はその白い部屋を突っ切り反対側の出口へと向かう。出口の前に立つとゆっくりとドアノブに手を近づけて、つかみ静かに回すとロックが解かれ扉を中に開いた。すると目の前は直接外に通じていた。外は暗闇の世界であったが遠くに明かりが見えている。その明かりを目指して進んでいく。明かりは見えているのだが一向に近づく気配がない。瑠璃はそれでも懸命に明かりに向かって暗がりの中を走り続けた。足元が暗くて不安であったがそれでも構わずに走っているとだんだんと明かりが大きくなってくるようであった。そして突然明かりが目の前に広がり瑠璃は尖塔を持つ石造りの寺院の前に佇んでいる自分を認識した。重くて大きな木の扉が目の前にある。それにゆっくりと触ると解錠されたので静かに押しながら中に開くとその先には赤いじゅうたんが真ん中に敷かれてその両脇には礼拝用の机が整然と並んでおかれている場所に出たのであった。奥には十字架に括りつけられた半裸の男の彫刻が置かれていた。寺院の中は石の柱に備え付けられた燭台の蝋燭によってほんのりと明るく照らされていた。その中を重奏な響きのパイプオルガンの旋律が流れている。瑠璃は居心地の悪さを感じながら正面にある祭壇に向かって歩いていく。周りでは熱心な信者であろうか、ひたすら祭壇に向かって祈りを捧げているようである。ここでも瑠璃のことを気にしている者はいないようだ。ひんやりとした中にパイプオルガンの音色が流れ直向に祈る者たちの囁くような声が流れているだけである。瑠璃は祭壇の前まで行き上を望むと天井には羽を背中に生やした天使たちがラッパや弦楽器をもって演奏している姿が描かれている中で雲を突き抜けて空高く続いている石段があった。瑠璃はその天井絵の真下に佇んでゆっくりと右手を上に伸ばした。瑠璃の右手が上に向かうにつれ天井が瑠璃に迫ってきている。そして右手を伸ばし切ったところで石段の端に右手が届いた。その石段をしっかりとつかんで左手も添えて石段によじ登った。すると瑠璃はその天井絵の中の石段の上に立っていることに気が付いた。遥か下の方でパイプオルガンの重奏な音色が聞こえている。瑠璃はその階段を上っていく。ひたすら上っていくと大きくて頑丈そうなステンレス製のスライドドアの前に出た。セキュリティ・ロックがかけられている。顔認証と音声認証を組み合わせたタイプの様である。瑠璃はそのセキュリティカメラとマイクへゆっくりと顔を近づける。するとカメラの前で瑠璃の顔が突然に変化した。セキュリティシステムからセキュリティ番号の質問がなされた。瑠璃はゆっくりと深呼吸をした後話始める。すると音声が変わった声で瑠璃はエイティ・フォーティワンと話した。瑠璃が話し終えると見事にステンレス製のスライドドアが開いた。中はスポーツジムだ。多くの人たちが様々なスポーツウェアを着てマシーン取れイニングをしている。瑠璃はその脇を通り抜けて反対側にある出口へと向かった。ここでも誰も瑠璃の存在を気にしていない。反対側のステンレス製のドアの前に立ち、ゆっくりとステンレス製の取っ手に手を近づけると解錠する音がした。それを確認したのちに取っ手を回して中に開いた。するとまた暗闇に覆われた外の様である。遥か彼方に明かりが見える。瑠璃はその明かりを目指してひたむきに走った。先ほどと同じように一向に近づく気配が感じられない。そのうちにやっと明かりが大きくなり始め、明かりの前まで来た時はそこはプレハブの建物だった。安っぽいステンレス製のドアの前に立ちゆっくりとドアノブに手を近づけ、ノブをつかんだ瞬間に解錠される音が暗闇の中響き渡った。ノブを回しドアを開くと中では多くの人たちが並んで列を作っている。ここが目的の場所らしい。瑠璃は三台の設備でボタンを押す作業している人々を観察した。一台は赤と青の釦を入れ違いに接続しボタンに対応しない色のランプを点灯させていた。残りの二台はそれぞれボタンを同じ色に接続して点灯させていた。瑠璃は入れ違いにランプを点灯させている設備の列に人を押しのけて立ちその裏側にあるカウンター引きはがした。するとその設備は作動しなくなりその台の前に並んでいた列は他の二台へそれぞれ分かれて無言で並び始めた。みんな瑠璃が行っている様子を見ているはずだが誰も騒ぎ立てるようなことはなかった。瑠璃が作業を終えると後ろで並んでいた列は作業を再開した。そのことを確認した後で瑠璃は満足したように入ってきたドアの前に立ちドアを開けて暗闇の外へと出た。そして来た時と同じように暗闇の中に見える小さな明かりに向けて走り始める。そしてステンレス製のドアの前に立ちゆっくりと取っ手に手を近づけて解錠した後で取っ手を回してスポーツジムへと入った。人々は相変わらずマシーントレイニングしている。そこを足早に横切ってステンレス製のスライドドアの前に立つ。その扉にゆっくりと近づき扉が開くと退出して目の前にある遥か下まで続いている階段を眩暈を覚えながら慎重に下りて行った。階段の端まで辿りつくとそろそろと左足を下へ向けて伸ばす。その動作に反応するかのように祭壇自体が上に向かってせり上がってきている。そして左足を伸ばし切るとつま先が祭壇の前の床に触れた。そしてゆっくりとつま先に体重を移動して床に降り立った。赤い絨毯の上を出口に向かって進んだ。相変わらず薄ぼんやりした蝋燭の明かりの中で人々の祈る囁きがパイプオルガンの音色に混じって聞こえてくるが誰も瑠璃に注意を向ける者はいなかった。重くて大きな木の扉の前に立ち銀メッキの取手をゆっくりと握りしめて中へ扉を静かに開く。外は真っ暗ではるか遠くに明かりが点となって見えるだけである。瑠璃はそこに向けてずんずんと突き進んだのである。その明かりの前にたどり着くと軽い合成樹脂の扉がある。その扉をゆっくりと開けるとそこはホテルの宴会場ではなく、こぢんまりとした昔の住宅の様だった。玄関には女の人の物だろうか、黒いパンプスが並べて置かれている。瑠璃は何か不思議な気持ちを感じながら靴も脱がずに部屋の中に入り、歩を進めた。すると左手に大型の冷蔵庫が見える。熊のプーさんのマグネットがその扉についている。キッチンの向こうには足の長いダイニングテーブルが見える。そう、これは瑠璃が幼いころ東京で両親と暮らした部屋だ。瑠璃はなぜここに幼いころの瑠璃の家が再現されているのかを訝しがったが構わずにキッチンの中まで歩みを進めた。
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