FAKE!

文字数 3,777文字

               『Fake!』

「Hey!  say truth! not fake!」
 A国大統領、ドナルド・カードは報道陣を目の前にしてそう吠えた。
 定例会見で『不法入国は厳しく取り締まる』と言う趣旨の政策を発表した所、『移民を排除するのか』と噛み付かれたのだ。
「移民を排除するなどとは言っていない、そもそも元を質せば、我が国は移民で成り立っている国だ、正規の手続きを踏んで審査を受け、この国に忠誠を誓った者であれば喜んで受け入れる」
「しかし、貧しい彼らにはその手続きを受ける時間は残されていないし、読み書きが出来ない者も多くいる、彼らに座して飢え死にを待てと言うのか」
「そんな事は言っていない」
「だが、そういうことではないのか?」
「では聞くが、そう言った人々が大量に流入する事で我が国に何かメリットがあるのか? 我が国は救貧院ではないのだ」
「慈悲の心は持ちあわせていないのか?」
「私にはこの国を守り、繁栄させて行く責務がある、慈悲の心を持ち合わせていないわけではないが、自国民の生活を優先させねばならないのだ、そもそも我々ではなく彼らの本国が救済すべきではないのか?」
「それが出来ないから彼らは危険を冒してまで不法入国を企てるのだ」
「今『不法入国』と言ったな? そうだ、不法な入国なのだ、この国の法律を守ろうとしない者を入国させるわけにはいかん」
「彼らを犯罪者扱いするつもりか?」
「不法に入国したならばそれは犯罪だ、違うかね?」
「この国は神の意思によって守られていると思っていたが、大統領、あなたは違うようだ」
「私は神を信じている、だが、この国の法律もまた信じているし、私はそれを守らねばならないのだ、何故それがわからない?」
「いや、あなたは神を信じてなどいない、そうでなければこんな無慈悲な政策を思いつくはずがない、あなたは悪魔だ」
 どこまで行っても平行線だ。
 相手はこちらを悪魔と決め付け、その前提で物を言うのだから、もとより解り合えるはずもないのだが……
 
 そもそも大統領選挙の時からそうだった。
 確かにドナルド・カードには政治経験がなかった、州知事や市長の経験もなければ地方議員の経験すらない、しかし、『不動産王』と言う二つ名が示すようにビジネスの世界では大成功を収めた人物だ、疲弊し、力を失いつつあるA国の経済を立て直せるだけの自信があった、むしろそれを出来るのは既製の政治家ではなくビジネスマンではないかと考え、そして、自分こそ最も有能なビジネスマンだという自負もあった。
 彼が大統領候補に名乗りを上げる以前、この国のマスコミはしばしば彼を面白おかしく取り上げた、それと言うのも彼はだだっ広い社長室の真ん中に置かれたばかでかい椅子にふんぞり返り、マホガニーの机にイタリア製の革靴を乗せてハバナから取り寄せた葉巻をくゆらせるようなタイプの男ではなかったからだ。
 事業のほとんど全てに自分の名前を冠し、滑稽とも見えるほど派手に立ち回って、果てはセコンドとしてプロレスのリングにまで上った、マスコミはそんな彼を格好の被写体として追い、面白おかしく記事を書き、TV画面に登場させた、彼が大統領候補ともなりうる知名度を持つようになったのにはマスコミも大いに加担している。
 そして大統領選も序盤では、彼の歯に衣を着せない言動を面白半分に取り上げた。
 しかし、彼が予想を超える支持を集め、泡沫候補などではないことが明らかになり始めると、マスコミは掌を返した。
 『痛快な物言い』は『暴言』に、『既製の政治家には発想できない政策』も『政治的素人の浅はかな愚策』と言い換えて、『危険極まりない候補』と報道し始めたのだ。
 大統領選挙の終盤、顔を突き合わせた公開TV討論ともなると、彼の表情をアップで捉えるカメラを用意し、彼がしかめ面をしたり苛立った表情を見せればすかさずカメラを切り替えて『瞬間湯沸かし器のような直情的な人物』を演出し、対立候補の方は『落ち着きのある、おだやかな人物』を演じるように事前に打ち合わせて、そう見えるようにカメラワークを工夫した。
 しかし、大統領選に勝利したのはカードだった。
 マスコミが一丸となって対立候補を後押ししたにもかかわらず、だ。


 カードが大統領に就任すると、マスコミは恣意的な報道を以て彼を貶めようと躍起になる。
 不法移民取締りの件でも、マスコミは『我が国は世界から孤立する事を選択しようとしている、それを主導しているのは言うまでもなくカード大統領だ』と言う論調。
 実際にはあくまで不法入国を阻止すると表明しただけなのだが……。
 そして、カードが『麻薬密輸入の手段となり、犯罪率も高く、治安の悪化をもたらすからだ』と説明すれば、『カードは全ての外国人を犯罪者扱いする』と書きたてる始末。
 国際原子力利用監視機関の勧告を無視して核実験を繰り返し、ミサイル改良の手を緩めない国に対して、『武力の行使も厭わない』と言明すれば、『カードは戦争をしたがっている』、『第三次世界大戦を引き起こしかねない』と断じる。
 何を言っても何をやっても反対、反対の嵐、しかもTVを通じて表明した政策や方針は編集され、新聞には捻じ曲げられて書き立てられる。

「自宅にやってくれ」
「かしこまりました、何か音楽でも?」
「そうだな、シナトラが良いな、ゆったりした気分になれる」
「では、シナトラのバラード集を」
「うん、そうしてくれ」

 カードは報道陣と散々やりあった後、疲れ果てて大統領専用車に乗り込んだ。
 滑るように走る車の中は静かで、どこへ行っても待ち構えている報道陣もここまでは追って来れない……まぁ、尾行していたりはあるのかもしれないが、行き先が自宅なら神経を尖らす必要もない。

 フランク・シナトラのヴェルヴェット・ボイスが、『Autumn in New York』を歌い上げる。
 めっきり肌寒くなってきたこの季節はこの大都会の空気も澄んでいて、車窓を流れ過ぎる摩天楼の明かりも心なしか鮮やかに見える。
「It's good to live it againか……」
「何か仰いましたか?」
「いや、独り言だよ、生き方を変えるには良い季節……か……」
 運転手は黙り込んでしまった。
 カードが大統領を辞任するとでも思ったのだろうか……だが、彼はそんなに弱い人間ではない、逆境に立たされれば立たされるほど強烈な反撃に打って出る、それがドナルド・カードと言う男だった。
 彼はポケットからスマホを取り出すと、良く知る人物の名前にカーソルを合わせた。
「ハロー、トムかい? ドナルドだよ……」

 翌日、衝撃的なニュースが国中を駆け回った。
 カード不動産が、最大手の広告代理店を買収しようとしているというのだ。
 広告代理店のCEO、トム・キャンディは会見に引っ張り出されたが、苦り切った表情を浮かべるばかりでその噂を肯定も否定もしなかった。
 彼は良くも悪くもはっきりきっぱりとした物言いで知られる人物、その彼が口を閉ざすということは……。

 慌てたのはマスコミだ。
 広告収入なくしてテレビ局は存続できない、それ自体は有料の新聞、雑誌にしても広告収入なくしては立ち行かない。

 ……カードに睨まれたら終わりだ……。
 
 もはや社是も何もない、イデオロギーも飯の種があってこそだ。
 それに、もし失業ともなれば……今まで散々にこき下ろし、貶めてきたカードが手を差し伸べてくれるとは到底思えない、むしろここぞとばかりに……。

 その日を境にして、マスコミの『反・カード』は鳴りを潜め、中立な報道が、いや、社によってはあからさまにカード寄りの報道に転じる所すら現れた。
 カードの反撃は強烈なインパクトをマスコミに与えたのだ。
           
▽   ▽   ▽   ▽  ▽   ▽   ▽   ▽

「協力に感謝するよ、トム」
「いきなり電話で『君の会社、いくらなら売る?』と聞かれた時は何事かと思ったがね」
 カードは旧友・トム・キャンディを自宅に招き、一流シェフの手によるディナーと年代もののワインを振舞っていた。
「ドナルド、君とは学生時代からの仲だからな……それに私は会見で何も嘘は言ってはいないよ、ただ何も喋らなかっただけだ、あれで良かったんだろう?」
「そうだな、Fakeは何もなかった、完璧な会見だった、あの表情も完璧な演技だったよ」
「あれは演技なんかじゃない、どんな顔をして良いかわからなかっただけさ……だが、ドナルド、君の方はどうなんだ? 買収するつもりなどなかったんだろう? Fakeと言われないかね?」
「Fakeでもなんでもないさ、私はビジネスマンとして君の会社の買収を検討したが、価格が折り合わないからやめた、それだけさ」
「もっとも、私も売るつもりはないがね」
「まあ、何にせよマスコミを黙らせる作戦に貢献してくれたことには違いない、礼を言うよ」
 カードは乾杯すると見せかけてひょいとグラスをそらして会心の笑みを見せた。

 (To be continue……←Fake)
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