文字数 642文字

「猫はよく()()。だから(ネコ)なんだって」人をよろこばせるのが職業の女の子が、ぼくの肩にもたれていった。
 それと猫が目覚まし時計に変身することとどう関係あるのだろう? きいても仕方のないことだから、きき流してそのままにしたが、ぼくには別のことが気になった。立ち上がって、ドレッサーの鏡をのぞきこむ。蝿が異様な爆音を響かせて、ぼくの耳を横切った。冷や汗が腋をつたいおりる。
 女の子がわらった。ケラケラ。
「人間は変わらないわ。とつぜんハシビロコウに変身したりしない」ベッドからぼくの背後に立った彼女はそういった。媚をふくんだ笑いで咽喉をやわらかく鳴らして、「りっぱなペニス。あなたは変わらない」彼女の掌がわたしをつつんだ。
 しかしそうだろうか。ぼくは昨日までのぼくと変わっていないように、ぼくにもみえた。
 鏡の向こうのぼくは生物的な細胞の入れ換えをべつにすれば、昨日までのぼくと同じにみえる。一日ぶん年をとっただけのように。
 しかし、その肉体にふくまれた記憶が別のものに置換されていたらどうだろう?
 それなら、昨日までのぼくの肉体と自分の現在の肉体が別物になっていたとしても気づかないのではないだろうか?
「こんなにもりっぱなんだもの、変わるものなら、あなたをわたしのおもちゃにしちゃいたい」、女がそういっても、ぼくはわらえなかった。
 冷や汗が流れつづけ、ぼくは凍りついていた。
 ずっとまえに、ぼくの耳横を飛び去ったはずの蝿は、すこし先の空中に時間がとまったように静止して落ちることがなかった。
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