合理主義者のマスコットキャラ

文字数 2,000文字

 人気のない廃工場に佇んでいると、ぴょんとピンク色の毛並みをしたウサギが飛び込んできた。

 桃色ウサギは鼻をピスピスさせながら、後ろ足で立ち上がる。所帯のなさげな前足の愛くるしさったらなかった。

 きゃわわ、という歓声を抑えていると円らな瞳でこちらを覗き込んでくる。

「僕と契約して魔法少女になってよ」
「それ一定の確率で警戒されるやつ!!」
 思わず突っ込みを入れると、桃色ウサギは不思議そうに首を傾げた。

 桃色ウサギが口にしたのは、かつて深夜の魔法少女アニメに登場した、銀座の高級寿司店みたいな名前のマスコットキャラが使用したものと同じ台詞だ。

 そいつと契約すると、命がけかつ救いのない戦いを強要され、最後には自分が闇堕ちして仲間に討伐されるという破滅の運命が待っているのだ。

「まあ、日本のアニメなんて知る訳ないか……」
「知っているよ。まど◯ギでしょ?」
「ならなんで使ったの!?」
「僕の目的を伝えるのに効率のいい台詞だったからさ」
「交渉相手の心情を考慮しないんかい!」
 桃色ウサギは悪びれることなく言う。

「でも普通に説明したら『僕と君とで主従契約を交わすことで得られる、魔法のような超常的な力を使って魔法少女リカバリースに変身し、世界の闇を喰らい、際限なく凶悪化していく怪物ディザスターと戦ってくれない?』って言わなきゃならない。まずもって冗長だし、固有名詞も多くて伝わりにくい。テンプレートがあるなら使わない手はないよね?」
「結局、省略した文章以上に説明しているけどね」
「ふふ、確かに」
「なに『こりゃ一本取られた』みたいな顔してんのさ。少しはめげろよ。それで警戒されて断られたらどうすんの」
「他の候補者に声をかけるよ」
「訪問セールス並みのお手軽さ!」
「なんで? ダメ?」
「ダメだよ、そのディザスターとか言う怪物のことが世間に広まったら困るじゃん」
「わざわざ隠すなんて効率悪いことしないよ。むしろ僕は世間の危機意識を高めるためにSNSで積極的に発信しているくらいさ」
 桃色ウサギはスマートフォンを取り出し、黒い怪物を背景に桃色ウサギが可愛らしく踊るだけのTikTok動画を見せてくる。

「軽くバズってんじゃん」
 思わず遠い目になる。

「……で、なんで俺なの?」
「君が適任だからさ」
「いやいやいや、俺、男じゃん? 見て分からない!?」
 桃色ウサギが再び首を傾げる。

「戦闘行為に関しては男性の方が適任でしょ?」
「魔法少女の話だよね!? 俺、ゴリゴリのマッチョなんですけど!? 何なら格闘技のチャンピオンなんですけど!?」
「だから君を選んだんじゃないか」
 ウサギは呆れたような声を出す。

「魔法の力を上乗せするにしても、身体能力が高いに越したことはない。それに格闘家なら一から戦闘技術を教える必要もないし、痛みや過酷なトレーニングに慣れている。これ以上の適任はいないよ」
「ド正論じゃん! けど俺、三十過ぎの男性なの。少女とは対極の存在なの!」
「そもそも年端のいかない女の子を矢面に立たせるってどうなの? 肉体的にも精神的にも未熟なティーンエイジャーを戦場に引きずり込んで、ピンチに陥らせて覚醒を促すなんて悪趣味だし、何より無責任だよ」
「ド正論止めて! よりによってマスコットキャラが魔法少女の存在意義を全否定しないで!!」
「……でも、世界を救うためには魔法少女が必要なんだ」
「なにその魔法少女への異様なまでの執着心。普通のヒーローでいいじゃん。まさか可愛いは正義とか言い出さないよな」
「違うよ、正義とは勝者の主張だよ。勝利者の言動が色々理由付けされて定着したものさ」
「そのド正論で返すクセ止めろ! 円らな瞳に社会の闇を映すな!!」
「だから、いい加減、魔法少女になってよ」
「面倒くさがって交渉を省くな! そもそも俺にヒラヒラのスカートを履けってか、冗談じゃない」
「いや、そんな露出度高くて防御力の低そうな装備を使うはずがないじゃないか」
 ウサギは黒いラバースーツのような衣装を取り出す。各所にプロテクターが入っているのか、叩くと硬質な音がした。

「これただのヒーロー! それならやるよ! 最初からそう言えよ!」
「よかった。助かるよ。どうしても魔法少女が必要だったんだ。清らかな乙女じゃないとディザスターに触れられないからね」
「せっかくまとまりかけた話が水の泡に! 無理じゃん! 俺、結婚して子供までいるんだよ!?」
「でも男性と性交渉をしたことはない……違う?」
「だからなに!? だとして何で今、ドヤ顔した!?」
「つまり、性別の問題さえ解決すれば、君は清らかな乙女になれるんだ」
「あれか、変身中だけ女の子に変わる感じ?」
「そんな無駄に魔力を消費するような運用はしないよ……ああ、なるほど、僕の説明には不足があったんだね」
 桃色ウサギは改めまして、と姿勢を正した。

「僕と性転換して魔法少女になってよ」
「嫌に決まってんだろ!!」
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