一章:竜之卵の行方〈五〉

文字数 7,752文字

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 虹霓の南に位置する雑木林にて起きたウツロ(烏天狗)による火災は、陰陽生・柃之速午の竜道により鎮火。その際、泥濘んだ土中よりウツロ討伐後、捕食されていた香雨之硝子の竜之卵を保護。
 一同は一度、雨宿り亭に帰還。香雨之硝子の二人の娘(長女、三女)と三女の配偶者、三女の娘、息子と共に陰陽官本部内にある月室之泉(つきむろのいずみ)に竜之卵を収める。
 竜之卵はウツロに呑まれたものの、穢れはほとんど受けておらず、孵化への影響は極めて低いと思われる。

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 居酒屋【藍】は、虹霓の繁華な一画の片隅にひっそりと佇んでいる。
 木造平屋建ての落ち着いた外観に看板は掲げられていない。玄関に店名の由来である藍染めの暖簾がかかっているか否かが開店閉店を示している。そのため一部の常連客からは暖簾の店と呼ばれている。
 カウンターと卓が五脚。暴飲暴食をしないかぎり一万円以内で満足できる値段設定と、大海の島の和洋中を取りそろえた料理のお陰で客足が絶えたことはない。
 そんな藍には、秘密の個室が存在する。店主が親族や友人のために設えたその個室は、板敷きで広さは三畳ほど。従業員しか入れない区画にあり、引き戸を開けずとも小窓から料理を受け渡せるようになっていた。

「いただきます」
 居酒屋藍の個室にて。まだ宵の口にも拘わらず遠くから聞こえてくる酔客の歓声を聞きながら、扇は座卓に用意された生姜焼き定食に箸を伸ばした。
 厚みと食べ応えがある豚肉。その豚肉を彩る生姜がたっぷり入った甘辛いタレ。付け合わせはキャベツの千切りとトマト。豆腐の味噌汁に胡瓜と茄子のぬか漬け。それから山盛りの白米が、素早く丁寧に扇の口へと運ばれていく。
 三分の二ほど食べ進めたところで真正面から視線を感じ扇は顔を上げた。
 黒い狩衣を纏った麗人──陰陽官大将、縹之李子が座卓の向こうで微笑ましそうにこちらを眺めていた。両肘をつき緩く組んだ手の上に顎を乗せている。傍らには甘いココアの香りを放つマグカップと報告書が置かれていた。
「……他者の食事風景を見るのが最近の流行なのかな?」
「流行には疎いのでよくわかりませんが、扇少将の食べっぷりはいつ見ても気持ちがいいですよ。すかっとします。見ていて飽きません。しかしいつもは軽食程度しか召し上がらないのに、今日は随分がっつりいただくんですね?」
「急な残業で仮眠を優先したから夕食を食べそびれてしまったんだ。普段は三食昼寝つきに加えおやつもしっかり頂いているからご心配なく」
 皮肉な笑みを浮かべながら扇は程よいぬるさになった緑茶を一口飲んだ。
 李子もマグカップの底に残っていたココアをぐいっと飲み干し報告書を手に取る。
「その急な残業の集大成がこの報告書というわけですね」
「まさか提出するために赴いた本部で、ご多忙な大将と遭遇した上、『ちょっとよろしいですか?』の一言で拉致されるとは夢にも思わなかったぞ。藍の料理を恋しく思っていたから丁度よかったけどね」
「あらまぁ、私ったらナイスタイミングだったんですね。それにしても雨宿り亭の硝子さまが亡くなっていたとは知りませんでした」
「面識があったのかい?」
「えぇ。扇少将が生まれる少し前くらいだったと記憶しています。先輩が美味しくて安くて量も満足できるお店があるからと連れて行ってくれたのです。硝子さまはとても感じがよくて賢い方でした。先輩に娘さんのことで色々相談していたそうです。ここ数年は食べに行けてなくて……まさか代替わりをしていたとは。──ちなみに私のお薦めは唐揚げ定食です」
「覚えておこう」
 李子は満足そうに微笑み引き戸の隣にある小窓を叩き空のマグカップを置いた。すぐに小窓が開きマグカップが回収され「追加のご注文はございますか?」と男の声が問いかけてくる。李子が「ココアをお願いします」と応えると「ココアですね。少しお待ちください」と言って小窓が閉じられた。
 一連の流れを視界の端に捉えながら扇が食事を再開させると、狩衣の襟から〝にょ〟とタカラが飛び出し生姜焼きの隣に降り立った。〝にょにょ〟ふるふる震えながら生姜焼きの皿をのぞき込むタカラを扇は指先で撫でた。
「タカラさまも元気そうですね。私も撫でていいですか?」
「いいかい? タカラ」
 扇が問いかけるとタカラは座卓の上を〝にょ〟〝にょ〟と跳びはね李子の前まで移動した。李子が「ありがとうございます」と言って掌全体でタカラを撫でる。
「報告書にはタカラさまのことも書かれていましたね。大活躍だったとか」
 李子の言葉にタカラは〝にょ〟と少しうつむいた。落ち込んでいるようだ。
「タカラさま?」李子が小首を傾げる。
 最後のトマトを咀嚼し嚥下した扇は苦笑を浮かべた。
「湖太郎くんにつけたミニタカラには竜之卵を優先するようにお願いしていたんだ。でも、ミニタカラは湖太郎くんを優先した」
「タカラさまが扇少将のお願いを無碍にしたということですか?」
 扇は箸を置き、両手で包み込むようにタカラを掬い上げた。
「タカラは天之大地の木と火と土と金と水、そこに私の竜気を注いで生まれた創造ヒソカ──如意宝珠だ。願えば可能な限り叶えてくれるが、複数人から同時にお願いされた場合、より強い願いに惹かれる。今回は私の陰陽師としての采配より、孫を思う祖母の思いが勝ったということだ」
「実証はされていませんが竜之卵にも意思はあると言われていますね、昔から」
「私はあると思う。そして今回は香雨之硝子くんの意思に救われた。私は相手が年経てずる賢くなったヒソカだと思い込んでいた。しかし実際は至竜の血肉を得て確かな実体を持ったウツロだった。竜之卵を優先していたら湖太郎くんは大怪我を負っていただろう。最悪、亡くなっていたかもしれない」
「そうですね。確かにあなたの……扇少将の言うとおりです」
 李子は静かな声で後悔の念に苛まれている部下の言葉を肯定した。
「今回のウツロは犬の身体に取り憑いていたと書かれていましたが、竜之卵を捕食するまで腐敗臭はしなかったようなので恐らく生きた犬に取り憑いたのでしょう。生じたばかりの靄の状態ならばともかく、完璧に形を得てから生き物に取り憑くなど滅多にあることではありません。数十年陰陽師をしている私でも数えるほどしか遭遇していません。しかもそういったウツロは、異能をほとんど使えなくなる代わりに気配もほとんど消えてしまうので見つけ出すことは至難の業です。
 ……しかし、事例が少ないことは言い訳にはなりません。私たちの失敗は自他問わず誰かの死を意味するからです。だからこそ常に完璧を目指さなければなりません。それが陰陽師のあるべき姿です」
「……返す言葉もない」
 神妙な面持ちで肩を落とす扇に、李子は少し困ったような笑みを浮かべ、座卓に身を乗り出した。そうして扇の額に自身の額をこつんとくっつける。
「でもね扇少将──扇ちゃん、だからといってあなたがすべて一人で背負う必要はありません。どうか他者を頼ってください。あなたは色々できるけれども、この天之大地の民、全員を救うことはできません。けれど、足りないところを補えば……誰かの手を借りれば、それも可能となるかもしれません」
「……柃之速午くんの手を借りろと?」
 唇を尖らせながら唐突に部下(仮)の名を出した扇に対し、座り直した李子は驚きもせず「そうですね。彼はもってこいだと思いますよ」と言って柔らかく微笑んだ。
 その眼差しは上官と言うより親戚のお姉さんのような慈愛に満ちていた。扇は対抗するように冷ややかな笑みを浮かべた。
「随分、速午くんのことを買っているんだな。竜之卵の返還式にも連れて行ったんだろう? その自由時間の際に、我が賢弟の一件が起きたと風の便りに聞いている」
「私は部下全員を買っていますよ。それに返還式には他にも何名か陰陽生を同行させています。ただ速午陰陽生に関しては二大貴族の蘇芳之一族も並々ならぬ興味を抱いているようですね。前当主が養子にする準備をしているとか、していないとか」
「──っ⁉」
 扇の柳眉がぴくりと揺れる。
 貴族が後ろ盾のない優秀な若者を養子にして支援するのは、珍しいことではない。しかし養い親になるのは、大抵当主だ。当主と養子の年齢が近すぎたりした場合は、前当主がその役目を引き受けることもあるが、速午と蘇芳之一族の現当主は程々に年が離れているので前当主が出てくる必要はない。
 因みに蘇芳之一族の前当主は、扇の婚約者──蘇芳之天馬の父親に当たる人で、現在は長男に当主の座を譲り、自身はその補佐に徹している。
 李子の仕入れた情報が間違っている可能性もあるが、それはとても低い。
 李子自身は縹之一族だが、彼女の母親は件の蘇芳之一族前当主の姉に当たるからだ。ついでに彼女の父親の妹は前竜皇(太上竜皇)の母親なので扇から見て李子は叔従母(いとこおば)に当たる。つまり本当に親戚のお姉さんなのだ。
 竜之国には、創世竜話に出てくる竜を祖とする一族が貴族として存続している。
 陰陽を司る竜の戯れから生じた土を司る竜の子孫であり皇族である黄櫨染。
 次に生じた土を司る竜の子孫であり二大貴族と称される波目(はじ)と蘇芳。
 金、水、木、火を司る竜の子孫であり四大貴族と称される雲母(きら)(すみ)(はなだ)深緋(ふかひ)
 四大貴族の分家である八貴族──甲木(こうぼく)乙木(おつぼく)丙火(へいか)丁火(ていか)庚金(こうごん)辛金(しんごん)壬水(みすい)癸水(きすい)
 この十五の一族は互いに婚姻を繰り返しているため家系図にすると中々ややこしいことになっている。しかし、彼らの婚姻は多くの場合、政略ではなく自由恋愛の結果なので個人間の感情や思惑はともかく一族同士の仲は基本良好だ。
 そもそも天敵が存在する広くも狭い島で暮らしていく以上、協力は必須。
 同族で大っぴらに争えるほど、至竜に余裕はない。
 こんこんっ──と小窓が叩かれた。「はい」と李子が応えると、小窓が開き「ココアです」とマグカップが置かれた。甘い香りが個室に満ちる。
 李子がココアに口をつけるのを見て、扇も食事を再開した。

「もう秋だな。昼間はそれほどでもないが夜は寒い」
 もう少しゆっくりしていくという李子を個室に残し、扇が従業員専用の扉をくぐり店の外に出ると、すっかり冷え切った夜の空気に包まれた。
 居酒屋藍の従業員専用出入り口は、建物の裏と裏に挟まれた細い路地に繋がっている。掃除は行き届いているがゴミ収集が来るまでの置き場が各店舗ごとにあるので饐えた臭いが路地全体に染みついている。大人がすれ違えるほどの道幅はあるが街灯はなく、各店舗の裏口付近に設置された外灯くらいしか光源はない。
 無音ではないが騒がしくもなく、孤独だが人の気配が色濃く感じられる不可思議な空間が夜の底に広がっていた。その空間の片隅が不意にゆらりと揺れた。扇がそちらに顔を向けると外灯の明かりがぎりぎり届かない闇の中に人影が立っていた。
「……羨ましいよ。その店、うまいよな。酒もいいやつが多い」
 聞こえてきたのは掠れた男の声だった。
 笑いを含んでいるが冷笑にも自嘲にも聞こえる。
「同感だ。しかし、まだ仕事があるから酒は呑んでいないんだ」
 扇が気軽な口調で返すと「あっ?」と訝しげな声を発しながら人影がふらりと明かりの範囲内に入り込んだ。
 不健康に痩せた大柄な男で背中を丸めてようやく一般男性と同じくらいの背丈になる。作業着の上に時期尚早な厚手のコートを羽織っているが、どちらもずっと洗濯しないで着続けているのか、汚れがひどくあちこちすり切れている。
 青みを帯びた髪は光沢がなく、長さがばらばらの前髪からのぞく目は落ちくぼみ、肌も艶がなく乾燥している。
 目が合った瞬間──扇と男は、ほぼ同時に驚きを露わにした。
「──乙木之葛寿(おつぼくのかつひさ)くん」
「お前、モグラ──っあ……」
 十数年ぶりに扇がその名を呼ぶと、男──葛寿もまた、扇の蔑称を口にした。しかしすぐに自身の失態に気づき真っ青な顔で右足を引きずりながら後ずさると、慌ててコートのフードを目深に被った。
「私は気にしていないから落ち着きたまえ」
 安心させようと声をかけながら扇が一歩近づくと葛寿は化物でも見たように目を剥いた。そして「わあぁぁぁぁぁぁぁっ‼」と叫びながら身を翻し、夜空に飛んで行ってしまった。

     ☯

『──と言うわけで、お前がせっかく流してくれた情報だったんだが馬鹿どもが失敗して捕まったから何も得られなかったんだ。まぁ彼奴らを選んだ俺が馬鹿だったってことなんだが、どうにも業腹でな。前と同じように、死体の一つ二つ、用意させるべきだったか……』
「はいはい、ご愁傷さま。で、遠く離れた俺にどうしろって言うんだ?」
 闇に覆われた宿泊施設のベッドの上で、夜刀(やと)は携帯端末から流れてくる声を眉をひそめながら聞いていた。低くよく通る年季の入ったいい声なのだが、発生源がヘドロなのでどうしても嫌悪感が勝ってしまうのだ。それを隠すために感情を排除した声で端的に返すと、相手は聞こえよがしにため息を吐いた。
『愚痴ぐらい言わせてくれよ、つれないなぁ。本当に、どうしてこんな冷たい奴になっちまったのか、お父さんは悲しいよ』
 気色の悪い猫撫で声に夜刀は総毛立った。相手が咳払いをする。
『まぁ茶番はこのくらいにして。──今回、お前がもたらしてくれた情報は本物だった。でもな、それでおじゃんにするには、お前はちぃとやり過ぎた』
「まどろっこしい、任務続行ってことだろう? わかってる。情報だってたまたま小耳に挟んだから流しただけだ。最初からどうにかなるとは思ってなかったよ」
『そうカリカリすんな。誰に似たんだか……って俺か。まぁそういうわけだから引き続き頑張ってくれ。あの玩具はどうだ? ちゃんと使えたか?』
「何度か使ってみた。ちゃんと機能してる」
『そうかそうか。なぁに大丈夫だ。お前ならできる。俺にだってできたんだからな』
「そういえば、あんたはどっちだったんだ? 卵か? それとも──」
『夜刀』
 純粋な好奇心からの問いに返されたのは、優しいが有無を言わさぬ気迫を感じさせる声だった。どうやら電話口の相手にとって触れてほしくない話題だったらしい。
 夜刀が押し黙ると、満足そうな気配が電話越しにも伝わってきた。
『次の定期連絡は十日後だ。いいか。今、お前の周りにいるのは人間じゃない。だから罪悪感なんて覚えなくていい。そうだな、全部綺麗な宝石と思え。俺たちは宝石商で、苦労して手に入れた品を金持ちに売りさばく、それだけだ』
「……わかってる。じゃあな野槌(のづち)
『愛しているぞ、息子。しっかりな』
 通話を切った夜刀は携帯端末を睨みつけ舌打ちした。
「──耳が腐る」
「はははっ……本当に嫌いなんですね、お父さんのこと」
「──っ⁉」
 降って湧いた幼い声に夜刀が慌てて振り返ると、ベランダへと続くガラス戸の前に置かれた籐のリクライニングチェアに十歳前後の子供が埋もれるように座っていた。閉ざされたカーテンを背景に、ニコニコと無邪気に微笑むその顔は美麗で、凹凸は乏しいが柔らかくしなやかな肢体を仕立てのいいシャツと半ズボンで覆っている。
 夜刀は「はぁ」と無意識に詰めていた息を吐き出し、緊張を解いた。
「モモキ、お前か。もう少しわかりやすく入ってきてくれ。心臓に悪い」
「それはちょっと難しいですね。僕のアイデンティティなので」
「アイデンティティって……お前、怪異なんだろう?」
「怪異ではなくウツロです」
 子供──モモキが胸を張る。闇の中にあってその姿ははっきりと見て取れた。それはモモキがこの天之大地に発生する怪異──ウツロだからなのだと、以前、本人の口から聞かされた。
「それで何しに来たんだ? 札の貼り忘れでもあったか?」
「瓶の方は問題ありませんよ。すくすく成長中です。お邪魔したのは、陰陽師に見つかりそうになったので緊急避難というやつです」
「おいおい大丈夫なのか? 今、お前が捕まったら……」
「大丈夫ですよ。建物に入ってしまえばこちらのものです。あなたが約束を違えないかぎり、僕もちゃんと役目を果たすので、ご安心を」
 至竜を襲うとされるウツロを竜之国の民はとても恐れている。しかし至竜ではない夜刀からしてみればモモキは少し不気味で、とても有能な取引相手だ。
 ──と、モモキが少し身をかがめ床から掌サイズの何かを摘まみ上げた。
 鬼だ。二本の指で頭を挟まれた鬼は必死に手足をばたつかせている。「ぎぃぎぃ」と木と木が擦れるような音がその口から発せられた。モモキは「あ~ん」と口を開け、ぱくっごくんっ──と鬼を丸呑みにした。
「──ッ!」
 夜刀がぎょっとしていると、視線に気づいたモモキが二匹目の鬼を捕獲しつつ、はにかんだ。
「これ、家鳴りっていうんです。あまり美味しくはないですが、数は多いし大抵の建物にはいるので非常食にはもってこいなんですよ」
「非常食……」
 説明されても嫌悪感を拭うことはできず、頬を引きつらせながら夜刀は鸚鵡返しした。するとモモキがぷぅっと頬を膨らませ、
「そんな目で見ないでくださいよ。もう! 仕方ないですねぇ……」
 と言って鬼をぽいっと放り捨て、半ズボンのポケットから丸い白い板のようなものを取り出した。大きさは幼児の掌ほどで、うっすらとオーロラのような輝きを放っている。その板にモモキが齧り付くと輝きが徐々に弱まり、やがて消えてしまった。板自体もモモキが齧り付いた場所から亀裂が走り粉々に砕け散った。
「それは……」
「僕の秘蔵のおやつです。竜之鱗(りゅうのうろこ)と言った方がわかりやすいですかね。竜気で出来ていて、この島では機械とかを動かす際の動力として使われているんですが、大海の島とか大陸では装飾品として高値で取り引きされているそうですね」
 二枚目を取り出したモモキが、得意げにそれを──竜之鱗を掲げる。
 竜之鱗と聞き夜刀は思わず目を見張ったが、すぐにどうでもよくなった。
「日本じゃ一欠片数十万の品がおやつか」
「ここでは特定の公園や広場に落ちてくるので回収して陰陽官に持って行くと一枚五百円くらいで買い取ってもらえますよ。僕は陰陽師とか元陰陽師が目を光らせているので公園とか入れませんけど」
 そう言ってモモキは二枚目の竜之鱗に齧り付いた。
「一枚、五百円……マジかよ……」
 どっと重力が増したような虚脱感に襲われ、夜刀は頽れるように横たわった。
 雲のような寝具に包まれながら、ここは日本ではないのだと再認識する。
 妖怪が実存し、人の形をしたモノが当たり前に空を飛び、何もない所から火や水を生み出す、今まで培った常識が通じない奇妙奇天烈摩訶不思議な竜之国──しかし妙に居心地がよく感じるのは、最低最悪な父親が傍にいないからなのか気のせいなのか、なんなのか──……
『坊ちゃんは、本当に竜之国が好きですね』
『可愛い坊や。いつか一緒に……』
 胸の奥底で湧き上がった感情と、記憶の奥底から這い出てきた粗野だが優しい男の声と甘く柔らかな女の声を振り切るように夜刀は目を閉じた。
 繁華街の方から羞恥とやるせなさが入り交じった男の叫びが聞こえた気がした。
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