第4話「諒と当主」
文字数 2,941文字
そっと箱を開けると、そこには、狐の面が入っていた。
なんだこれ。…こんな変なもの、家にあったのか…。いや、「変な」ってのは今更か。
持ち上げていた蓋をどけようとすると、蓋の内側にくっついていたらしい紙がぺらりと剥がれ落ちた。…どうやら説明書のようなものらしい。ひとまず、読むことにした。
それによると、「この面は陰陽師を補助する者にしか見えず、触れもしない」。また、「面をつけることによって誰にも姿が見えなくなる」らしいことが書いてあった。
…姿が消せる? なんだそりゃ、胡散臭ぇ…。ん? ちょっと待て。
もし本当に俺にしか見えていないのなら、俺が「陰陽師を補助する者」ってことだから、俺は陰陽師本人の生まれ変わりじゃないってことで、つまり…
姉が、陰陽師の生まれ変わり、なのか?
…先程の姉の様子だと、確証はないが、どうやらこの面は姉には見えていないような様子だった。ということは、やはり俺ではなく姉が陰陽師の生まれ変わりだということになる。
ひょっとして、…この面も、狐か陰陽師が伝えた家宝のうちのひとつなのか…?
家に伝わる家宝として血族誰もが知っているものには、「扇子」が挙げられる。
扇子は、どうやら狐が我が子にと託した物らしく、扇げば風とともに炎が燃え上がる。その性質からして、恐らくは身を守るために用いられていたのだろうと推測できる。
実際には、一族に子が産まれてある程度育つと、その子の力の有無を確かめるためにそれが用いられてきた。
力のある者ならば扇ぐことによって風だけでなく炎が起こるので、ひと目でそれと分かる仕組みを利用したのだろう。
俺たち姉弟がそれを扱ったとき、稀にみる大きな炎が巻き起こったので、姉弟どちらもがとても強い力を持っている、ということが一目瞭然だった。
蔵には、今でもほんの少しだけ、その時の焦げ跡が残っている。
しかし、狐の代からの家宝として伝わっているのは扇子くらいだろうと思っていた。まるで隠すように置かれてもいたし、ひょっとしたらもう誰も知らないものなのかもしれない。
…とにかく、見えたり触れたりする者が限られている以上、恐らくこれは、先祖代々密かに受け継がれてきたものなのだろう。それにしても、補助する者にしか見えず触れないようなものを、よく今まで無事に伝えられたものだ…。
念のために、説明書きにある字と巻物の字を見比べてみた。…よく似ている…ように、俺には見えた。
…まぁ、昔の人が書く字はどれもうねうねしてて、似てるか似てないか以前に読めるか読めないか、ってとこがあるけどな。
とりあえず、姉のことについては一応分かったし、あとは…。面をつけると姿が消せる、というのは一体どういうことだ…?
もし本当なら、…明日、姉が狐に会いに行く際に、何か役立てるかもしれない。
俺が陰陽師の生まれ変わりでないのをもう少し早く知っていたなら、俺が狐に会いに行くということでどうにか押し通すことができたかもしれないが、先ほどすでに姉が狐に会いに行く、ということでまとまってしまった…。
姉が陰陽師の生まれ変わりである、という一応の証拠は、俺がこの面を手にできたことから、少なくとも俺だけが推測できた話だ。伝承が書かれた巻物にも面のことについては一切何も書かれていなかったし、そうなると、俺にしか見えないらしいものの存在から、陰陽師が姉であることを説明したところで、信じてもらえるはずもない。
…いや、これだと俺がこの面の存在を知っても知らなくても、同じか…。
となると、姉が明日狐に会いに行くのは止められないが、陰陽師側の生まれ変わりではない、つまりは狐側の生まれ変わりで力の強い俺がいれば、狐も変な気を起こすことを思いとどまるかもしれない…。
これは一種の賭けだな。…まぁ、何かありそうなときは何が何でも止めるが…。
ひとまず、これで本当に姿を消せるのか、試してみないとな。
俺は一瞬躊躇ったのち、試しに面をつけてみた。…特にこれといって変化は感じられない。
…というか、面だからか意外と視界が狭くなる。これで何かと闘うのは少々厳しいかもしれない。…姉が訪ねても、狐が怒らないことを願うしかないか…。
しかし、…本当にこれで姿が消えているのだろうか?
試しに誰かの前に立ってみるか?
とりあえず、俺は面をつけたままで蔵の外に出た。…さて、どうしよう。
…と、縁側から父がやってくるのが見えた。昼食ができたとかで、俺を呼びにきたのだろう。
俺は蔵の戸から離れようと思い、戸から少し横の位置に移動した。
「諒、昼食の準備ができたぞ。…? いないのか?」
父は俺の真横を通り過ぎ、ガラリと蔵の戸を開けてそう言った。…どうやら、この面をつけると本当に姿が消せるらしい。すごいな…
俺は父から姿が見えないように、一旦蔵の戸のそばを離れて面を外し、蔵の外の物を抱えてから父に声をかけた。
「分かりました、父さん。これを片付けたら行きます」
「おお、外にいたのか。てっきり中にいるものだと思っていたよ。」
「外の物を先に中にしまわないと。…少し雨が降りそうですから。」
「…本当だな。私も手伝おう」
先ほどまで晴れていたのに、外の天気はだんだん悪くなってきていた。
蔵の外に出した物の片づけは姉がやると言っていたが、それより先に雨に降られてしまってはたまらない。
「お手数をおかけします」
「気にするな。…家族なんだから、もっと私を頼ってもいいんだぞ。」
別に全く頼っていない訳ではないのだが。…そんなにアテにしてないように見えるのだろうか?
…先代の当主はとても厳しい人で、息子であろうが孫であろうが自分のことは自分でしろと放り出すような人だったから、その影響で少し“当主”を敬遠しているのかもな…。
「…ありがとうございます」
「それと…この際だから言っておくが、当主と次期当主という関係であるとき以外は、そこまで敬語じゃなくてもいいからな。」
「…? 俺と父さんは、いつであっても当主と次期当主じゃないですか。」
「…確かにそうだが、それ以前に親子だろう。」
「………。」
「…お前たち姉弟は、昔から真面目に私を当主として敬っていたけれど、常日頃からそんなに堅苦しい扱いを受けるのは、私としても少々息苦しいからね。…もう少し、こう…フランクにいこうじゃないか。」
お堅い先代当主が聞いたらどんな顔をするのやら…。まぁ、父も厳しすぎる祖父に対して何か思うところがあったのかもしれない。
ともあれ、当主と次期当主の関係よりも前に親子としての関係を大切にしたいと言う父に、嫌な気はしない…。
「……。善処します」
「…その言葉が既に堅いよ。…まぁ、急には難しいだろうから、少しずつでいいさ。…宵夢にもそう伝えておいてくれ」
「畏まりました。」
変わらず“堅い”対応をしてしまっているらしい俺に苦笑しながらも、片付けを続ける父。…一般家庭の父と子の関係は、こういう感じじゃないのか…?
まずそこが分からない俺には、父の言った「フランクに」という言葉の意味が、いまいちピンとこないのだった…。
なんだこれ。…こんな変なもの、家にあったのか…。いや、「変な」ってのは今更か。
持ち上げていた蓋をどけようとすると、蓋の内側にくっついていたらしい紙がぺらりと剥がれ落ちた。…どうやら説明書のようなものらしい。ひとまず、読むことにした。
それによると、「この面は陰陽師を補助する者にしか見えず、触れもしない」。また、「面をつけることによって誰にも姿が見えなくなる」らしいことが書いてあった。
…姿が消せる? なんだそりゃ、胡散臭ぇ…。ん? ちょっと待て。
もし本当に俺にしか見えていないのなら、俺が「陰陽師を補助する者」ってことだから、俺は陰陽師本人の生まれ変わりじゃないってことで、つまり…
姉が、陰陽師の生まれ変わり、なのか?
…先程の姉の様子だと、確証はないが、どうやらこの面は姉には見えていないような様子だった。ということは、やはり俺ではなく姉が陰陽師の生まれ変わりだということになる。
ひょっとして、…この面も、狐か陰陽師が伝えた家宝のうちのひとつなのか…?
家に伝わる家宝として血族誰もが知っているものには、「扇子」が挙げられる。
扇子は、どうやら狐が我が子にと託した物らしく、扇げば風とともに炎が燃え上がる。その性質からして、恐らくは身を守るために用いられていたのだろうと推測できる。
実際には、一族に子が産まれてある程度育つと、その子の力の有無を確かめるためにそれが用いられてきた。
力のある者ならば扇ぐことによって風だけでなく炎が起こるので、ひと目でそれと分かる仕組みを利用したのだろう。
俺たち姉弟がそれを扱ったとき、稀にみる大きな炎が巻き起こったので、姉弟どちらもがとても強い力を持っている、ということが一目瞭然だった。
蔵には、今でもほんの少しだけ、その時の焦げ跡が残っている。
しかし、狐の代からの家宝として伝わっているのは扇子くらいだろうと思っていた。まるで隠すように置かれてもいたし、ひょっとしたらもう誰も知らないものなのかもしれない。
…とにかく、見えたり触れたりする者が限られている以上、恐らくこれは、先祖代々密かに受け継がれてきたものなのだろう。それにしても、補助する者にしか見えず触れないようなものを、よく今まで無事に伝えられたものだ…。
念のために、説明書きにある字と巻物の字を見比べてみた。…よく似ている…ように、俺には見えた。
…まぁ、昔の人が書く字はどれもうねうねしてて、似てるか似てないか以前に読めるか読めないか、ってとこがあるけどな。
とりあえず、姉のことについては一応分かったし、あとは…。面をつけると姿が消せる、というのは一体どういうことだ…?
もし本当なら、…明日、姉が狐に会いに行く際に、何か役立てるかもしれない。
俺が陰陽師の生まれ変わりでないのをもう少し早く知っていたなら、俺が狐に会いに行くということでどうにか押し通すことができたかもしれないが、先ほどすでに姉が狐に会いに行く、ということでまとまってしまった…。
姉が陰陽師の生まれ変わりである、という一応の証拠は、俺がこの面を手にできたことから、少なくとも俺だけが推測できた話だ。伝承が書かれた巻物にも面のことについては一切何も書かれていなかったし、そうなると、俺にしか見えないらしいものの存在から、陰陽師が姉であることを説明したところで、信じてもらえるはずもない。
…いや、これだと俺がこの面の存在を知っても知らなくても、同じか…。
となると、姉が明日狐に会いに行くのは止められないが、陰陽師側の生まれ変わりではない、つまりは狐側の生まれ変わりで力の強い俺がいれば、狐も変な気を起こすことを思いとどまるかもしれない…。
これは一種の賭けだな。…まぁ、何かありそうなときは何が何でも止めるが…。
ひとまず、これで本当に姿を消せるのか、試してみないとな。
俺は一瞬躊躇ったのち、試しに面をつけてみた。…特にこれといって変化は感じられない。
…というか、面だからか意外と視界が狭くなる。これで何かと闘うのは少々厳しいかもしれない。…姉が訪ねても、狐が怒らないことを願うしかないか…。
しかし、…本当にこれで姿が消えているのだろうか?
試しに誰かの前に立ってみるか?
とりあえず、俺は面をつけたままで蔵の外に出た。…さて、どうしよう。
…と、縁側から父がやってくるのが見えた。昼食ができたとかで、俺を呼びにきたのだろう。
俺は蔵の戸から離れようと思い、戸から少し横の位置に移動した。
「諒、昼食の準備ができたぞ。…? いないのか?」
父は俺の真横を通り過ぎ、ガラリと蔵の戸を開けてそう言った。…どうやら、この面をつけると本当に姿が消せるらしい。すごいな…
俺は父から姿が見えないように、一旦蔵の戸のそばを離れて面を外し、蔵の外の物を抱えてから父に声をかけた。
「分かりました、父さん。これを片付けたら行きます」
「おお、外にいたのか。てっきり中にいるものだと思っていたよ。」
「外の物を先に中にしまわないと。…少し雨が降りそうですから。」
「…本当だな。私も手伝おう」
先ほどまで晴れていたのに、外の天気はだんだん悪くなってきていた。
蔵の外に出した物の片づけは姉がやると言っていたが、それより先に雨に降られてしまってはたまらない。
「お手数をおかけします」
「気にするな。…家族なんだから、もっと私を頼ってもいいんだぞ。」
別に全く頼っていない訳ではないのだが。…そんなにアテにしてないように見えるのだろうか?
…先代の当主はとても厳しい人で、息子であろうが孫であろうが自分のことは自分でしろと放り出すような人だったから、その影響で少し“当主”を敬遠しているのかもな…。
「…ありがとうございます」
「それと…この際だから言っておくが、当主と次期当主という関係であるとき以外は、そこまで敬語じゃなくてもいいからな。」
「…? 俺と父さんは、いつであっても当主と次期当主じゃないですか。」
「…確かにそうだが、それ以前に親子だろう。」
「………。」
「…お前たち姉弟は、昔から真面目に私を当主として敬っていたけれど、常日頃からそんなに堅苦しい扱いを受けるのは、私としても少々息苦しいからね。…もう少し、こう…フランクにいこうじゃないか。」
お堅い先代当主が聞いたらどんな顔をするのやら…。まぁ、父も厳しすぎる祖父に対して何か思うところがあったのかもしれない。
ともあれ、当主と次期当主の関係よりも前に親子としての関係を大切にしたいと言う父に、嫌な気はしない…。
「……。善処します」
「…その言葉が既に堅いよ。…まぁ、急には難しいだろうから、少しずつでいいさ。…宵夢にもそう伝えておいてくれ」
「畏まりました。」
変わらず“堅い”対応をしてしまっているらしい俺に苦笑しながらも、片付けを続ける父。…一般家庭の父と子の関係は、こういう感じじゃないのか…?
まずそこが分からない俺には、父の言った「フランクに」という言葉の意味が、いまいちピンとこないのだった…。