頭狂ファナティックス

千ヶ谷千陰

エピソードの総文字数=3,126文字

 忍谷はカジノをあとにすると、山手線で上野から秋葉原に向かった。すでに日が暮れる時間だった。
 一等地にある高級マンションを忍谷は訪ねた。最上階に住む住人にチャイムで来訪を告げると、玄関のオートロックが解除された。
 マンションの最上階では千ヶ谷千陰が一人暮らしをしていた。千陰はまだ23歳だったが、秋葉原の一等地にあるマンションに住めるのは、千ヶ谷家が日本でも有数の名家だからだ。千陰は千ヶ谷家の長女だった。
 部屋は自作コンピュータのための部品や生活用品がとっちらかっていて、床が見えないほどだった。中には使用済みの下着も混じっていた。
はろはろー。忍谷ちゃん、おっつー。
いつも言っているが、部屋を片付けたらどうだ? 座る場所がないんだが。
説教は十分だよ。パパと兄貴が訪ねてきたとき、散々言われるんだから。
 千陰は足元にあったものを適当に打っちゃって、一人分のスペースを空けた。忍谷はそこに胡坐を掻いた。
怒られないために片付けるという考えはないのか。
私はこのごちゃごちゃした状態でどこに何があるか全部覚えているから、片付けると逆に必要なものの場所がわからなくなるんだよね。整理整頓好きの人にはわからないかもしれないけど。
ここ最近はきちんと食事を取っているか? 風呂には入っているか? 外には出ているか?
きみは私のオカンか! 今日もラーメン二郎を食べに行ったよ。今日は神田神保町店に行った。あそこは常連しかいないから、落ち着くねえ。初心者に隣の席に座られると、色々と口出ししたくなって味わう余裕がなくなってしまう。
お前、ラーメン二郎以外に食うものはないのか? 一応、お嬢様なんだからもう少し高級なものを食べたらどうなんだ?
体質かわかんないけど、高級なもの食べると次の日腹を下すんだよね。ラーメン二郎はいくら食べても平然としているのに。貧乏性なんかね? まあ、でもラーメン二郎はやっぱり三田本店が一番だね。大学時代は週9で本店に行っていたね。もはや育ての親と言っても過言ではない。
それもう何かの病気だろ。千陰は俺のビジネスパートナーなんだから、体調を崩されると困る。
まあまあ、与太話はこれくらいにして、カジノの方はどうだったん? 私の偽造した入場券は役に立った?
首尾よくいったよ。カジノの所有者である、源次郎助に直接連絡が取れる番号を手に入れた。
ほう。それは忍谷ちゃんが思っているよりも大きなアドだと思うよ。源ちゃんは日本政府の中でも特に強い権力を持っているから。
源はどういう人間なんだ? 俺の権限では情報に規制が入っていて、上手い具合に情報を集められない。
まず驚くべきことはその若さだね。確か、今28歳だったと思う。その若さで、日本国内最大のカジノを所有しているのは、はっきり言って超人の所業だね。私も源ちゃんとは何回か会ったことあるけど、一目見ただけで只者ではないとわかる。
けれども、彼の本業は金貸しだね。一般人への金貸しではなくて、権力者に対する金貸し。だから一口で億が動く。いくら権力者でも借りた金を返せないときがある。そのときの源ちゃんのやり方はえげつないね。こっちの業界では有名な話だけど、貸し出す額が額だから、それでも金を借りる人はあとを絶たない。実際にどのような手段で金を取り立てるかは聞かないほうがいいよ。それこそ日本社会の闇だから。ただ、金を返せなかった場合、身包み全部毟り取られると考えた方がいい。要するに源ちゃんは金貸しで今の地位を築いたんだね。
なるほど。源と直接連絡が取れることは非常に強いコネクションと考えていいんだな。ところで、東京の封鎖政策、具体的な日付とか規模はわかったか?
んにゃ。そっちは進展なしだね。私も千ヶ谷家の一人だけど、正直発言権がそんなにないんだよね。パパと兄貴は間違いなくその情報を掴んでいる。しかしなぜか私には教えてくれない。私を政治に巻き込むことが嫌なのか、単純に私に十分な能力がないと思われているのかはわからないけど。
私も微妙な立場にいるからこそ、忍谷ちゃんと手を組んでいるのだよ。政治の世界では、無名だが有能な人間ほど強力な人材はいない。顔を知られていると、人間関係のしがらみから思うように動けないからね。
妹さんの方は何か情報を掴んだか? 千五百さんと言ったかな? 行方はわかったのか?
そっちも全然。パパと兄貴が騒いでいないから、誘拐とか人身売買ではないと思う。というよりも、あの二人が千五百ちゃんをどこかに匿っている。当然、二人はなぜ千五百ちゃんを公から隠すのか、私に事情を教えてくれない。正直に言って、私は金や地位や名誉には興味がない。だからそれらはすべてきみにあげる。私は妹を見つけ出せればそれでいい。それが私がきみと手を組む理由だ。
千陰の権力と源の権力を使えば、封鎖政策後も俺は東京に残れるだろうか? 封鎖政策では東京にコンプレックスの保持者だけ残し、無能力者は他の県に移動させることになっている。なぜそのようなことをするのかはわからないが。コンプレックスを持っていない俺は権力の庇護下がないと東京に残れない。しかし間違いなくこの政策の中で上手く立ち回れば、絶対的な権力を手に入れることができる。
もう一度言うけど、私は千ヶ谷家の中でも権限が弱い。だから私一人の力では忍谷ちゃんを東京に残すことはできない。源ちゃんの方はその権力があるけど、代わりに何を要求されるかわからない。金ならどうとでもなるけど、やばい仕事とか請け負わされる可能性もある。
もっとコネクションを作らなければならないな。
そのことだけど、二日後に権力者だけが参加できるパーティが開かれる。場所は東京帝国ホテルね。一般人の忍谷ちゃんでも、私がパパに進言して、さらに源ちゃんから許可が出れば参加できるはず。もっと顔を繋ぐために、このパーティには必ず出席しなければならない。源ちゃんが出席するかは知らないけど、少なからず総理大臣の宇津木将臣が参加する。
有益な情報だ。源に連絡を取り、事情を話してみようと思う。そちらも親父さんに意向を聞いてくれ。これで確認事項はすべて終えた。俺は帰る。
ええー。夜通し語り明かしたりしないの? お酒もストックがあるよん?
 引きとめようとする千陰を無視して、忍谷は部屋を出て行った。
 マンションを出たあと、忍谷は公衆電話を見つけて、源に連絡を取った。相手はすぐに電話に出た。
はい、源です。
こんばんは。先ほど散歩さんから連絡を繋いでいただいた忍谷と申します。
ああ、あなたが忍谷さんですか!
今回、電話を差し上げたのは他でもありません。ご無礼を承知で申し上げます。二日後、東京帝国ホテルでパーティがありますね。
そのことを知っているのですか。散歩から只者ではないと聞いていましたが、随分とこちらの業界の情勢を知っているようですね。何かしら、特別な立場にいると存じます。
実はですね、私もそのパーティに参加したいのです。ところが、私は権力を持っていないために参加権がありません。そこで何人かの権力者の口添えが必要なのです。
なるほどなるほど。こちらとしては、一人くらい参加者を増やすことは手間でもありません。むしろ散歩から聞いた話より、私はあなたに興味があります。私の方も忍谷さんと直接お会いしたいです。しかし今回は別件により私は参加できません。お会いするのはまた別の機会に、ということで。パーティのことは心配いりません。私が一声かければ、忍谷さんを参加させることは可能です。二日後の十九時、受付に私の名前とあなたの名前を出せば、通してもらえるようにします。
ありがとうございます。いつかお会いできることを楽しみにしています。

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