第1話

文字数 4,801文字


ウルフ オア ウルフ
狼さん、ご一緒しましょ

    登場人物



      可愛い子山羊たち

      時々狼



































 人はその守る沈黙によって判断される。

       オリヴァ―・ハ―フォード





































 第一匹【狼さん、御一緒しましょ】



























 むかしむかし、7匹の子山羊たちがいました。

 子山羊たちのお母さんは出かけてしまいましたが、そのとき、こう注意しました。

 「狼が来ても、開けちゃいけませんよ」

 子山羊たちは良いお返事をしました。

 お母さん山羊が出かけたのを見て、狼は子山羊たちがいる家にやってきました。

 声が違うと言われてチョークを食べ、手が茶色いと言われ小麦粉で真っ白にすると、子山羊たちはお母さんだと思い、ドアを開けてしまいました。

 子山羊たちは隠れました。

 1匹目は、机の下。

 2匹目は、ベッドの中。

 3匹目は、ストーブの中。

 4匹目は、台所の戸棚の中。

 5匹目は、洋服ダンスの中。

 6匹目は、洗濯桶の中。

 7匹目は、大きな時計の中。

 6匹は狼に丸のみされてしまいましたが、お母さん山羊が帰ってくると、最後の一匹の子山羊は、狼のことを話しました。

 お母さん山羊は、お腹いっぱいになって寝ている狼を見つけると、そっと近づき、そのお腹を裂きました。

 そこから6匹の子山羊たちが無事に出てくくると、狼のお腹に大きな石を詰め込みました。

 起きた狼は喉が渇き、川へと向かいます。

 お腹が重くなってしまった狼は、そのまま川に落ちて、流されてしまいました。

 めでたし、めでたし。

 そしてここにも、そんな可愛い復讐劇を考えている影がありました。

 さあ、狼に復讐する時間だ。







 「先生!出来ました!」

 「どれどれ」

 新田透、大学2年生の男は、小学5年生の男の子、賢の家庭教師をしていた。

 まだ家庭教師を始めて一カ月にもなっていないが、最初は可愛い子だな、と思っていたのだが、最近はちょっと違う。

 それは、きっとアレが原因だ。

 家庭教師を始めて5日経ったときのこと。

 「新田くんは、大学何処なの?」

 休憩をしていて、賢の母親が二人にお菓子と飲み物を用意してくれた。

 「あ、僕は・・・」

 遠慮がちにいったその大学名は、決して有名なものではなかった。

 それでも、透にとっては自分の好きなことを学べる学校であった。

 「え?・・ああ、そうなの・・・」

 大学名を聞いた途端、母親の表情が変わった。

 変わった、というよりも、明らかに馬鹿にしたように鼻で笑ったのだ。

 透がトイレを借りて、部屋に戻ろうとしたとき、こんなことを話していた。

 「大した大学じゃないわね。そんな先生に教えてもらったって意味ないわ。賢、別の先生に頼みましょうね」

 「え?どうして?」

 「だって、大学は大事よ?確かに新田くんは良い人だけど、でもねえ。賢には良い大学に行ってほしいもの。こう言っちゃなんだけど、新田くんが行ってるような大学になんか行ってほしくないわ」

 「先生じゃダメなの?」

 「そうよ。賢は新田くんよりも賢くなるの。ずっとずっと良い未来が待ってるのよ?大学のこと分かってれば、頼まなかったのに」

 母親がそんなことを言ったものだから、きっと賢もそれで納得したのだろう。

 その日からというもの、新田を馬鹿にしたように話しかけてくるのだ。

 「僕ね、先生よりも良い大学に行くんだ」

 「ママがね、人は生まれたときから将来が決まってるんだって言ってた」

 「だからね、先生になんか教えてもらっちゃダメなんだって」

 新しい家庭教師が決まるまでの間のツナギということで、新田はまだここに来ていた。

 賢の父親は、有名な企業の幹部のようで、家も立派な佇まいをしている。

 父親は名の知れた大学、そして院も出ているそうだ。

 まだ小学生だと言うのに、賢は毎月お小遣いを10万円貰っているそうだ。

 透がアルバイトを必死にしても、そう簡単に手に入れられる額ではないというのに、それを賢は容易く手に入れる。

 そしてどこでどう出会ったのかは知らないが、賢の母親と結婚した。

 しかし、賢の母親のことはよく分からない。

 大学を出ているという話も聞いたことはないし、ましてや働いていたということも一切聞かない。

 一方、透の父親は地元では名が通った中小企業で働いていた。

 それなりに給料をもらってきてくれて、ボーナスもちゃんと出る。

 しかし、それでは赤字になることもあり、母親は透が中学生にもなると、パートを始めた。

 近所のスーパーでレジをやっている。

 時給もそんなによくはないが、家計の足しには充分なっている。

 そんな二人を見ていたから、透も大学生になってすぐにこのバイトを始めた。

 高校ではバイトが禁止で、見つかると停学になると言われていたため、大学までは何もしていなかった。

 数学と生物が得意で、それを中心に家庭教師の勉強を教えていた。

 2年になって少し経った頃、たまたま新しい家に行かないかと言われた。

 それが、賢の家だった。

 大学のことを聞いていなかったからか、母親は透を快く迎え入れてくれたのだが、今は全く違う。

 賢の父親の自慢話と比べ、ここの大学はダメだの、あそこの企業はダメだのと、好き勝手に言っていた。

 「新田くん、ちょっといいかしら?」

 「はい?」

 まだ休憩時間には早いと思ったが、賢の母親に呼ばれ、透はリビングに向かった。

 「あのね、明日で賢の家庭教師を止めてほしいの」

 「え?」

 「新しい人はもう決めたから、心配しないでね。良い大学を出てる人だから、とても頼りにしてるの」

 「・・・・・・」

 プロ野球選手が、急に戦力外通告を出されたような気分だ。

 それに関して、何も言い返すことが出来ず、透はため息を吐きながら帰り道を歩いていた。

 「どうかしましたか?」

 「え?」

 急に声をかけられ、透は驚いて振り返ると、そこには自分と同じくらいの歳に見える男がいた。

 なんとなく似たような雰囲気を持つその男に、透は今日あったこと、今日までの出来事を話した。

 すると、その男はこんなことを言った。

 「その家の人のこと、知ってますよ」

 「え?そうなんですか?」

 「ええ」

 そこで聞いた内容に、透は目を丸くする。

 「あ、もうこんな時間か。では、僕はこの辺で」

 「あ」

 そのまま去って行ってしまった男をしばらく眺めたあと、透は自分の家へと帰っていく。







 翌日、今日はいよいよ賢の家庭教師をする最後の日だ。

 母親は今日が最後だからなのか、一番最初に迎えてくれたときのような笑みを浮かべていた。

 賢の部屋に向かい、いつものように教科書を開いて教えて行く。

 「賢くんは、良いね」

 「何が?」

 「何の苦労もなしに、こんな良い家に住んで、お小遣いも貰えて、良い大学にも行くんだろう?」

 ニッコリと笑ってそう問いかければ、賢は当然だというように答えた。

 「うん!ていうか、なんでみんなの家ってあんなに狭くて小さいんだろう。この前ね、優斗くんの家に遊びに行ったんだけど、狭いしお菓子も普通だし、それにお小遣いも貰えないんだって!僕なんか、好きなもの買えるし、頭も良くなって、きっといつか政治家になるんだ!!」

 「へぇ・・・政治家か」

 「そうだよ!だからね、先生じゃダメなんだよ!先生に教わっても、政治家には到底なれないって言ってた!」

 「・・・お母さんが?」

 「そうだよ!」

 賢に悪気はないのだろうが、賢のひとつひとつの言葉が、透の心を壊して行く。

 一度休憩に入ったとき、賢の母親がそっと透に封筒を渡してきた。

 「これ、受け取って頂戴?とりあえず今月分が入ってるわ。遠慮しなくて良いのよ?」

 「・・・ありがとうございます」

 休憩が終わって賢の部屋に戻ろうとしたとき、母親がこう叫んだ。

 「賢、お母さんちょっと出かけるから。新田くんが帰ったら、ちゃんと鍵閉めておいてね」

 「はーい!」

 がちゃ、と玄関がしまると、賢の部屋の扉も閉まる。

 最期の時間がやってきた。

 「先生!次、ここからだよね!」

 「・・・そうだね」

 先に椅子に座り、透に出された問題を解こうとしている賢。

 そんな小さな背中を見つめながら、一歩一歩、確実に距離を縮めて行く。

 シュルル、と自分の腰に巻いてあるベルトを外すと、ゆっくりと近づき、しかし素早くそれを首に巻いた。

 「・・・!?」

 そうすればもう、後は簡単。

 自分よりも遥かに背の低い彼に対し、ただ、少し力を入れて持ちあげれば出来上がり。

 声にもならない声をあげながら、短い足をバタバタさせている彼を、無表情で見ていた。

 そのうち、彼はブラン、と全身を力無く項垂れさせる。

 「・・・・・・」

 ベルトを腰に戻すと、今度は手足をあらぬ方向へと曲げて行く。

 「最後に、とっても大切なことを教えてあげよう」

 こじんまりとしたその身体を、今までそこに座っていた人物を、机の下へと押し込む。

 「大学を出ていない人間なんかに、俺を馬鹿にする資格はない。偉いのはお前らじゃなく、毎日ひたすら働いているお前等の父親なんだ。それに、賢くん。君は政治家にはなれないし、ならない方が良いよ」

 机の上に並べられている教科書を閉じ、トントンと揃えて本棚に戻す。

 窓を開けて新鮮な空気を取り入れると、なんとも心地良い。

 「君みたいな、普通の生活をしらない人間が政治家になると、碌なことにはならないからね。人の金だからと税金を無駄遣いしたり、庶民からは巻き上げるだけ巻き上げる、人間のクズだ。・・・ああ、そうか。もう君は、自分が犯した過ちの重さも、知ることが出来ないんだね」

 自分の荷物を持つと、透は部屋を出た。

 そして階段を下り、冷蔵庫を開けてコップにジュースを注ぐと、それを一気に飲む。

 「ふう」

 コップを洗った後は、何事も無かったかのようにして、その家を出た。

 玄関から、まるで二階で賢が生きているかのように、こう言った。

 「賢くん、また明日ね」

 それから数十分後のこと、母親は帰宅した。

 「賢―?まだ二階にいるのー?」

 両手に抱えきれないほどの、洋服。

 どこのブランドのものかは知らないが、母親はクレジットなのか現金なのか、とにかく、今日一日で30万以上の買い物をしてきたようだ。

 夕飯はお寿司の出前でも取る心算なのか、どれにしようかと悩んでいる。

 「賢―、夕飯お寿司でいいわよねー?それともフレンチ食べに行くー?」

 まだ二階にいると思っている息子に声をかけるが、まったく返事がない。

 寝ているのかと思い、母親は賢の部屋を開けるが、ベッドにはいなかった。

 いつものように、きちんと整理された部屋には、なんの違和感もなかったが、ただ一つ、気になったことと言えば、この肌寒い時期に、窓が開いていたことくらいだろうか。

 「まったく。賢はどこに行ったのかしら」

 窓を閉めに部屋に入ると、机の上に並べてある本が、少し出っ張っているのが気になった。

 ちょっと押せば済むと、母親はそこに腕を伸ばそうとした。

 「あら?」

 その時、椅子が完全に机の下に入っていないことに気付いた。

 賢の為にと特注で作らせた机と椅子。

 何回か椅子を押してみるが、奥までなぜか入らない。

 「?何か落ちてるのかしら?」

 絶望というのは、時に、ふとした瞬間訪れるものだ。

 椅子を引くと同時に、机の下から崩れるように母親の方へと倒れてきたもの。

 それはあまりに脆く、あまりに小さく。

 「・・・!?キッ・・・キャアぁアアア嗚呼あ嗚呼亜嗚呼あアアァアああ!!!」

 すでに息などしていない小さな身体は、目を見開いてこちらを見ていた。







 「お母さんはそんなガラガラ声じゃないやい!お前は狼だ!」

 「お母さんはそんな茶色い手じゃないやい!お前は狼だ!」

 狼を招き入れた子山羊は、気付かない。

 狼が牙を向いたその瞬間、子山羊は思うのだろう。

 なんて自分は愚かなのかと。



 1匹目は、机の下。






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