パニュキス その6(終)

文字数 1,495文字

「パニュキスは、それから二度と、すがたをあらわしませんでした」

 初めて読んだとき、子どもだった私は、どうしても、どうしてもこの結末に納得がいきませんでした。
 ふるえながら、何度もページをめくりなおしました。本のすきまのどこかからパニュキスが出てきてくれるのではないかと思って。何度も何度も。
 だってパニュキスは、いい子なのです。キュモンもです。何がいけなかったというのでしょう。
 私も作者を、エリナーさんを憎みました。まるでキュモンのように。
 それでも、この物語が、忘れられなくて――

 気がついたら、生涯でいちばん大切な物語のひとつになっています。
 それは、

展開のおかげです。
 この物語を読み直すたびに、私は泣き、そして、魂が生き返るのを感じます。

 エリナー・ファージョンという女性が、かなりユニークな人生を送った人だということは、このさい知らなくてもいい情報でしょう。
 彼女は、生涯に二度、かけがえのない人を失うという体験をしています。でも、その後また、別のかけがえのない人に出逢うという体験も。それだけお知らせすれば、じゅうぶんですよね。
 大切なのは、彼女が知っていたということです。
 愛とは――そして、喪失とは何か。
 それを乗り越えて生きていくというのは、どういうことか。

 この最後の最後へ来てまたきゅうにざっくばらんな話になって申し訳ないのですが、笑
 尊敬する噺家さんが仰ってました。
「芸を磨くより、まず人を磨くことだ」
 本当にそのとおりだと思います。

 読む、という行為は、その書いた人の魂にふれることだと思います。
 磨かれた魂に。

 では、「パニュキス」のラストです。


「キュモンは大きくなりました。そして、おとなになると、恋をして、結婚しました。
 キュモンは、妻をふかく愛しました。この人のために、歌はつくりませんでしたが。

 キュモンの妻も、夫の小さないとこの名まえは知っていました。
 ほんのおさな子だったとき、あんなにふしぎにきえてしまったパニュキスのことを。

 キュモンは、じぶんの子どもに、パニュキスの歌をうたってやることもありました。
 子どもたちは、その歌がすきでした。
 そして、この子どもたちも、貝に花を植え、木の皮のボートを湖にうかべ、犬の背にのりました。キュモンは、なんのおそれも感じないで、こういうことをみな、子どもたちにさせました。
 キュモンは、パニュキスがいなくなったすぐあと、あのおそれを忘れて、
 また、いろいろなものを愛するようになったのです」

「でも、キュモンは、妻にも、子どもにも、まだ話したことがありません。
 人生には、よくそうしたことがおこるものですが、
 生きることが、あまりにも重荷になったとき、

 世のさまざまなものの美しさが、
 空や草や、木や岩や、湖や海や、光や闇のなかから、

 とつぜん、キュモンの上に、せまってきて、

 パニュキスの笑い声が、
 かの(じょ)が、じぶんの手をふりはらったときとおなじくらい、はっきりきこえ、
 かの(じょ)の声が、
 天から、地から、

『もっとたのしそうに、もっとたのしそうに!』
と、よびかけることのあるのを。」



「パニュキス」
『天国を出ていく ―本の小べや 2―』所収.
エリナー・ファージョン作,石井桃子訳,岩波少年文庫.
単行本(ソフトカバー)2001年,電子書籍版2015年.
エリナーさんの生涯については、この本の末尾に訳者のくわしい解説がついています。エピソードをひとつだけご紹介すると、彼女は正規の学校教育を受けたことがなく、家にたくさんある本に埋もれて育ったのだそうです。それで『本の小べや』というタイトルなのですね。
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