Ⅶ.大きな家の小さな部屋

文字数 845文字

 初めて会った『叔父』、『叔母』を名乗る男女に手を引かれ、私は草野家の玄関に立った。重々しい黒塗りの扉を開けると、目の前に広く煌びやかな空間が現れた。天井に下がったシャンデリア、優に百足は入るであろう大きなシューズボックス、三和土だけでも私がこれまで母と住んでいた部屋と同じくらいあるのではないだろうか。
「さあ、靴を脱いであがって」
 叔母に促され、私は履き古して靴底が擦り切れたスニーカーを脱ぐ。
「靴はこれ一足なのかい? うーむ、新しい靴を買わないとな」
「いえ! 大丈夫です。まだ履けます!! ガムテープだってまだ使ってませんし」
 私の返事はなにかマズかったのだろうか。叔父と叔母の顔が明らかに曇った。叔母に至っては少し涙ぐんでいる。
「いいから、叔父さんに買わせておくれ」
 そう言われては、これ以上断るのも野暮というものだろう。私は声を出さず、小さく頷いた。
「さあ、まずは貴女の部屋に行きましょう。荷物を置いたら、居間にいらっしゃい。とっておきの紅茶があるのよ」
 叔母に案内してもらった『貴女の部屋』はやはり広かった。母と住んでいた部屋には当然ながら子供部屋などなかったから、正直『貴女の部屋』と言われてもピンと来ない。世の人々は、こんなに広い部屋が必要なのだろうか。
 試しに学習チェアに座ってみるが、背中側が広すぎて落ち着かない。ベッドに座ってるが、ふかふか過ぎてなんだか宙に浮いているようだ。
 どうにも気持ちがそわそわソワソワしてしまい、部屋の中をぐるぐると歩き回る。そのとき、目の端に取っ手が見えた。木の壁についた取っ手を掴み、押したり引いたりと試してみると、木の壁は折り畳まれて新たな空間が目の前に広がった。そこには中くらいの大きさの箪笥が置いてあり、少し高い所にはパイプが通っていて、沢山のハンガーがかかっている。
「そっか、これがウォークインクローゼットか。初めて見た」
 そこはまるで小さな部屋のようだった。私はこの家にきて初めて心が落ち着いた気がした。
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