エピローグ
文字数 3,043文字
(……はあ……。なんで、こんな事になってんだろね、俺様……)
それはどこか遠くを眺めながら、心の中でため息をついた。
「ねえ、聞いてる? 聞いてるよね!?」
『……拝聴させていただいており、マス、トモ……』
気分としては既に現実逃避モードなのだが、なにせ、真っ白な世界である。右も真っ白。左も真っ白。上も下も以下同文。
視線を逸らしても、逃げたいなのに逃げられないやるせなさが増していくだけだった。
「振られちゃったんだけど! そりゃさ、出現は唐突だったろうし、神様と魔族の仲って、必ずしも良好とは限らないから、在り得ない可能性ではないけれども! でもさ、即断即決は無いと思わない!? 仮にも神様なんだよ?! それも、主神クラスの!! 数秒――いや、数分ぐらいは天秤にかけてくれても罰は当たらないと思うんだよね! それだけの能力は有ると自負できるし!! ……全く以て理不尽だよ! 君もそう思うよね!?」
『…………えー……まあ、あっちも神様絡み? だったんだろ? 下手に迷ったら、不義理なんじゃないかな……』
あまりに適当な返事をするとバレる上に、主君の覚えにも悪影響が発生する為、それなりに真剣にならざるを得ない。正直な所、どうでもいい愚痴なのだが。かれこれ一時間は付き合っていることを認めてもらいたいぐらいだった。ぶっちゃけ、泣きたい。
魂が身体から抜け出していくような虚しさに耐えながら、だーれーかー、たーすーけーてーと歌っていた(胸中で。かつ、自棄)。
「……むう! 頼まれ仕事だったけど、骨まで折ってあげたのに! 特別サービスだってしたんだよ!! その辺り、もうちょっと汲んでくれたって――」
(無茶言うなよ、神様が。てか、気紛れ起こしたのは、自業自得だよな? ……つか、伝言サービス以外に何をやらかしてくれちゃったんだ、こいつ……いや、まあ、首を突っ込む気はないんだけどさ。帰りたいし。今すぐにでも!! ……でもなあ、帰れそうにないんだよなあ……。この島流しの原因、主君だし)
始まりは、妙に機嫌の悪い主君だった。
普段は、付き合いの長さからくる慣れ以外には有効な手段が無いくらい無表情な主君であるのだが、その日は誰にでも判るほど明確に不機嫌を駄々洩れにしていた。というか、その不機嫌のせいで、要らないと強硬に主張したのにくっつけられた部下から御注進が有ったのだ。どうにかしてくれという、極めて端的な要請が。
不機嫌な主君というのも珍しくて、探りを兼ねてからかってみたのだが――それが、裏目に出た。
「元はと言えば、貴様の不行状が原因ではないか!!」
などと抜かされて、心底びっくりした。
つい、本気で反論して、いつものように主君を言い負かしたら、島流しに遭わされてしまったのだった。
主君の不機嫌の要点は二つ。
一つは、勅命でもあった人材スカウト。
スカウトそのものは上手く行ったのだが……主君曰く、納品の仕方が不味かった――らしい。
(主君としては、主君の主君に高く買わせたかった……んだなあ……。タイミングの問題があったからだけど、直接納品しちゃったんだよなあ……。なんでか知らないけど、主君不在の執務室に、居たし。丁度いい程度にしか考えてなかったんだなあ……。つか、普段なら揉める種になるようなネタじゃねーべ)
そう、最初の理由は腹いせも兼ねた口実だと踏んでいた。不機嫌の本当の理由は次の一点。
王様が自身に無断で羽を伸ばしてきたこと、だろう。
普段口うるさく、奔放な王様に釘を刺しまくっているからだろう。目を離した隙に宮殿を抜け出されて、地上へと逃亡されたようなのだ。そして、それだけなら、大したことにはならなかった。王様に灸を据える、紅と黒の二柱の側近。それは日常茶飯事と呼べる光景に過ぎないのだから。しかし、その時はどういうわけか、立場上敵対する商売敵だけを伴って、バカンスを満喫するという流れになってしまったらしい。
自分だけハブられたのが気に入らない。解らない話ではない。主君を初めとする王様の直臣たちは、王様絡みの案件に限って、”辣腕の大貴族”を演じる。王様の関心を一粒でも余分に買う為に陰に日向に競い合い、同僚たちを出し抜こうと策を巡らせるのである。だから、商売敵とバカンスに出られるのが癇に障るのも、解らない話ではない。そして、ここぞとばかりに自慢されまくったようで、それも、もちろん癪なのだ。……ただ、これはお互い様な気がする部分だ。立場が逆ならば、主君は主君で、大人気が無いほど見せびらかしに走るのだから。
だが、しかし。
主君が不覚を食わされることになった当の原因が、
「貴様の息子が、黒殿としか面識を持っていないとはどういうことだ!?」
というのは、どういうことか。
状況が呑み込めはしたものの、流石に、寝言は寝てからにしろ、と言いたくなってしまった。
仕事(場)に家庭を持ち込まないのは、個人の美学である。けれど、息子はもういい歳こいた、れっきとした大人。逐一父親がおむつを換えねばならない立場には無い。人間だった頃のよしみで、多少の心配は恵んでやるが、尻拭いなどはまっぴら御免。万が一させられることになるなら、借金として計上し、元はきっちりと取る。
そして、息子は前科持ちだ。自分を苛立たせる全てのものを、「世界」ごと消し去ろうと企んで、失敗した過去を持っている。神も魔も一緒くたにして否定し、消し去ろうとしたのだ。なので、息子を評価する魔は皆無と言っていい状況だ。主君と縁が無いのも、その延長線上にある事実で、繋いで来るなと、過去に釘を刺してきたのは主君自身。言うなれば、自業自得なのだ。
(それが、何故、今さら俺様のせいになる?! よりにもよって、失点に計上されにゃあならんのだ!?)
納得など、出来るはずがない。そして、今さら(嫌々)繋ぎを作ってくれと言われても困る気がした。息子と主君は妙に馬が合わない所がある。下手に言い負かされて請け負おうものなら、良くて胃痛、悪ければ頭痛、の種となるだろう予感があった。
「それにさ、あっちはあっちでなんか妙な事になってるっぽいんだよね! 直接かかわるのは面倒臭そうだから? 報酬の前借――なんて状況作ってみたりしたんだけど……まさか、あそこまで遊んだら楽しそう! 人材だとは思わなかったし。こうなったら、こっちはこっちで器を手配して――って思ったんだけど、駄目なんだってさ! 二柱も同格の神様が降臨したら、世界が混沌としちゃうんだってさ!! ……体よく悪役を割り振ってきたり、ごみ同然に厄介払いしてくれることもザラにあるっていうのにねえ……! どうして、いっつも優しい顔ばっかり見せなきゃいけないんだろうねえ……! どうしてくれようかなあ、この腹立ち!!」
『…………向こうにも、在るんだろう? 事情って奴が。汲んどいた方が感謝されるんじゃねーの? ……後で』
(……帰りてえなあ、もう。主君にシバかれてる方が、万倍もマシ、なんですけど……)
しかし、一番肝心な、帰還指令を出してくれ得る主君の機嫌を改善するネタが無い。ならば、勘気の治まりには時間の経過を待つしかなく、それはこの無味乾燥な愚痴を延々と聞かされ続けることを意味し。
(自業自得……だったりするのかなあ、これ)
匙加減を誤って、噴火を引き起こしたのは自身の落ち度。
それでも。それでも――。
(……誰か、代わってくれたりしねえかなあ……これ……)
そう、思わずにはいられないのだった。
◆短編集 鋼玉の腕輪 完了◆
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