第3話 雨と勇気

文字数 554文字

 その日は雨が降っていた。自分のいる場所から、左斜め上のガレージが目に付き、一時的に外に出されたジェットスキーが多量の雨を吸っていた。
 兎の形に植樹された生垣を眺めながら、私は近所の惣菜屋のシャッターの前に立ち、孤独に雨宿りをしていた。少し離れた場所に石の工務店と、コンビニの倉庫から台車を引く人間がいる。

 きっと、朝の天気予報を無下にしたのがいけなかった。私は大学までビニール傘を持ち運ばず、だからチョークを持たない数学教師のように、成す術がなかった。

 結局、雨が止まないことを悟ると、私は全身を濡らしながら、自宅のアパートへ帰った。自室の扉を開けると、異変に気が付いた。千影がいない。

 私は濡れた身体でしばらくその場に立ち尽くしていた。先に衣服が吸った水滴を、床に敷かれたラグが吸い込み続けた。その光景の中に彼女の姿がなくても、それを咎める権利が私にはない。

 結局、三十分程経ってから、彼女はアパートの扉の下から滑るように姿を現した。当たり前のことだけど、雨の一滴もその身体には付着していなかった。
 どこへ行っていたのか、と問い質したかったけど、その資格が自分にあるのかも分からない。 
 彼女はどこか複雑そうな表情で、玄関の傘立てを眺めていた。傘が欲しかったのだろうか。彼女は雨に濡れても感触がないのに。



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