第1話

文字数 1,819文字

「金がないなら知恵をしぼれ」
そう切り出したのは主宰の山下さんだ。
この劇団はもともと金はない。今回の公演の劇場費も団員のバイト代から何とか捻出した。しかしながら役者のギャラは勿論のこと、外注スタッフの照明さん、音響さんに支払うお金のメドさえ立ってない。
この状況で初日の幕を開ける事が出来るだろうか?
そんな中での先ほどの山下さんの発言だ。

立ち上げニ年目の劇団。僕、裕一郎と小学校の同級生の浩二、そして山下さんの三名が設立メンバーだ。
メンバーといっても、僕ら三人と女性二人の弱小劇団。これまで二年間で五回の公演を行ってはいるが、毎回毎回、公演資金の調達には苦労して来た。

浩二と一緒に歩く稽古場からの帰り道は、会話もなくただ下を向いて歩いていた。空気の中に雨の匂いを感じて、梅雨が近いことに気が付き、また憂鬱な気分に陥る・・・
「裕一郎、コンビニ寄るぞ!」
「おう」
いつものコンビニに寄り、浩二の部屋で一緒に夕食をとることにする。
夕食といってもコンビニ弁当だ。
「裕、どう思う・・・」
食事を終えた浩二が口を開いてきた。
「毎回毎回、資金繰りに苦労して、肝心な芝居の稽古に身が入らない、これでいいのか・・・俺達?」
「しょうがないよ、どちらが大事というよりも、両方とも必要な事だし、僕らには今ここしかないんだ。」
「そう言って二年だぜ・・ちっとも変わらない。このままだと三年後、五年後も同じだと思う。」
「確かに・・・」
「最近、稽古場に向かう足が重いよ・・・」
「・・・・・・」
二階の窓ガラスを雨が打つ音が聞こえて来た。これから公演初日まで、長い梅雨が始まる。
「裕、お前傘持ってないだろう」
「うん」
「うちにも傘はないから、泊まってたいけよ。明日の朝には上がるだろう・・・」

翌朝、浩二の言う通り雨は上がっていた。
二人でチラシとポスターに載せる広告スポンサーの依頼に出かける。
スポンサーと言っても、毎度お馴染みの行きつけの居酒屋、スーパー、定食屋、コンビニにお願いするのだ。
広告料はチラシの裏面一枠、五千~一万円。
どこの店にしても、お付き合いのカンパの様なものだ。
今日は二人ともバイトが休みの為、夜の稽古までには十分時間がある。
目標は20店まわる予定にした。
昼食をいつもの定食屋でとることに決め、それぞれ¥500円のA定食を注文する。一万円の広告枠をお願いするも、大将は快く承諾してくれた。その上、御祝儀とばかり、広告料の倍の額を包んでくれた。おまけに定食は大盛だ。
いつもの事ながら、なんとかこの厚意にはどこかで応えたい気持ちでいっぱいになる。
二人共、自分探しを続けながら今のこの場所にたどり着いた時、浩二と「何があっても一年は頑張ろう」と決めていた。そして二年が過ぎた。
いっまでも皆の好意に甘えてばかりもいられない。
浩二と夕方まで歩き回り、それなりの成果を上げることは出来た。
がしかし、広告掲載のお願いをするために、昼食は2回とり、スーパーではいつもより多めの買い物をする破目になり、個人的には大出費になってしまった。
しかし沢山の好意と応援の声に、また前を向いて歩けそうだ・・・
稽古場に向かう足取りは、昨日よりはるかに軽かった。
「なぁ、裕・・・これだけ皆から応援されていて、俺たち幸せだと思わないか・・・」
「もちろん思うよ。」
「だから、その応援やお金で自分達の好きな事だけやってていいんだろうか?」
浩二は真顔で言う「もっと、あの人たちに喜んでもらえる事を考えなきゃいけないんじゃないのか?」
「僕もそう考えていたんだ・・喜んだり、感動したりしてる顔が見たい」
「そうだよな、どうすればいいかはまだ見えないけど、ただこうして続けているうちに、応援してくれる人が増えて来た事は確かだ。」
「応えなくちゃいけない!今はここで辞めるわけにはいかない!」
「同感だ!」
「裕、稽古にいくまえにちょっと買い物して来るから先に行っててくれ。」
「まだ買い物するのかよ」
「傘、これからの季節必要だろ。」
「そうだな、僕もいくよ」
日はだいぶ長くなったものの、六月の空は黒い雨雲に覆われて
、今にも雨が降り出しそうな気配だ。

公演初日の頃には梅雨も明けているだろう・・・     第一部【 完 】
                               ~ 次作(開演ベル)に続く  
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