三時限目

文字数 1,454文字

 おれは物販の列に並んでいた。
 パスカルガールズのライブグッズが買える列だ。
 ライブとは、物販が売れなくては話にならない。
 ファンにとっても、お宝を売ってくれる物販には大喜びで並ぶ。
 我先にと並び、莫大な金を落としていく。
 通常、ライブが夕方六時開演であろうと、昼の十二時には物販が始まる。
 ファンはその数時間前には行列をつくる。
 そして、グッズを買って、いったん解散し、それから開場の一時間前など、指定された時間にまた並び出す。
 おれはパンフレットとチェキと缶バッチ、そしてツアーTシャツを買った。
 散財も甚だしいが、致し方なし。
 物販に並んでグッズが買えた頃には午後一時半になっていた。おれはGPSで調べた近くの喫茶店に入り、時間をつぶすことにした。
 物販待機列にいた連中も全員がのっぺらぼうだった。
 売り子のひとたちも全員顔がなかった。
 喫茶店でコーヒーを飲んでいると、ウェアラブル端末が振動する。
 メールが来たのだ。おれはメールを眼前に、展開する。
 松本からだ。
 文面はこうである。

「ライブは楽しんでくれてるかい? アイドルの崇拝者として役に立たないおれらでも、人数はいないより多い方がいい。チケット受け取ってくれてこちらとしても嬉しいぜ。楽しんでこいよ」
 おれはコーヒーをずずずっと飲む。
 ブラックのままで。
 喫茶店の窓ガラスに映るおれはのっぺらぼうだ。


 それにしても、松本の〈地底人〉の話。
 あれは本当なのだろうか。違うんじゃないか、と思う。
 だって、そしたらのっぺらぼうであるという〈理由によって〉おれは地底人である、ということになってしまうし、今日、外に出て歩いた時すれ違った全ての人間が地底人である、ということになってしまう。
 それに、地底人は顔がないと言っている松本自身もまた、地底人ということになってしまう。
 もしくはおれはGWP能力を持ったパーリーピーポーなのか。
 それも違うだろう。なぜなら、おれに〈異能力はない〉からだ。
 妄想を力に変えて攻撃するようなバトル漫画みたいなものはない、……と思う。
 おれが考えるべきは〈顔がなくなっている〉というこの一点に尽きる。
 松本は地底人は顔がないと言っていたが、それは違うだろう。
 あ、そうだ。そしたら今日パフォーマンスを披露してくれるパスカルガールズのうっちーともっちーは?
 やっぱりのっぺらぼうになっているのか。
 彼女らがのっぺらぼうだとして、おれは彼女を愛せるのか。
 うっちーという名の天使を!
 おれの天使・うっちー。
 うっちーに愛されたい! おれだけのものにしたい!
 興奮しながらコーヒーを飲み干すとおれは、頃合いを見て、喫茶店を出ることにする。
 店を出る前にサイリウムの電池を新品に交換するのは忘れない。
 準備万端だ。

 おれは開場列に並ぶ。
 ぽむぽむレモンホール。
 さっき物販で並んだ場所と同じだ。
 夕暮れを背にして並ぶファンたち。
 その姿は他では見られない集まりで、異様さはあるが、勇ましくもある。
 こいつら全員が、サイリウムを振りかざす戦士となる。
 開場の時間が来て、おれは自分の立つCブロックへと通される。
 オールスタンディング。椅子はない。ブロックごとに柵で囲まれていて、柵の中で立っていることとなる。
 そわそわしているうちに観客席の電気が落とされる。BGMのボリュームが徐々に大きくなる。
 ついに、ライブが始まるのだ。
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