5.遭遇
文字数 2,540文字
視界が部屋の天井を映し出した。
やっぱり夢だった。目元を触ると少し濡れていた。ガバッと勢い良く身を起こした。
勢いが良すぎてぐらりと眩暈がした。
いつの間に家に帰ってきたんだろう。最後の記憶の際に着ていた服のままだ。
千秋の家の玄関前にいて…それから…。
思い出そうとすると頭にキンと痛みが走る。大事なデータをロックされているような感覚だ。
ここ最近たまに記憶が飛ぶことがある。医師にはストレスによるもので一時的に意識が朦朧としてるのではないかと診断された。
スマホを急いで開けた。時間は既に土曜日のお昼時。千秋の家に行ってからだいぶ時間がたっていたようだ。そして千秋からは連絡は入っていなかった。
着信の画面がパッとついた。母だった。
「もしもし?咲希?電話出られなくてごめんねぇ。…どうかしたの?」
母に今までのことを話した。まだ気が動転していて、やや早口で説明してしまった。
「あなたの妹ならうちにいるわよ。ごめんなさいね、咲希に伝えておくべきだったわね。連絡があってね、しばらくうちにいることになったのよ。」
良かった。あの血溜まりのことはまだわからないけれど、母の元にいるなら心配はいらない。
「咲希…、一回帰っておいで。顔見たら安心するでしょう?」
もちろん言われなくても帰るつもりだ。
玄関前の血溜まりをきれいにしてから向かおう。あんなものがそのままになっていたらご近所になんて思われるかわからない。
バケツとスポンジを待って千秋の家に向かった。
私の家から千秋の家まで徒歩20分。近くはないけど電車に乗らずに行ける距離だった。
アパートが見えてきた。千秋の部屋の前に誰かいる。丸っこい背中を左右に小さく揺らしながらドアに何かしているように見えた。
全身が陰で覆われていて何をしているかよく見えない。しばらく電柱に隠れて様子を見ることにした。
千秋の知り合いだろうか。
何かドアに書いているように見える。よく見ると左手には真っ赤な液体の入ったペットボトルを持っていた。
その人物がふっとドアから身体をずらした。
「売女 うそつきアイドル」
マーカーで荒々しくドアに書かれていた。
そしてペットボトルに入れていた赤い液体を玄関前にドボドボ流し始めた。
あいつが犯人だ。
持っていたバケツとスポンジを投げ出し猛ダッシュでその人物めがけて駆け出した。
私に気がついたそいつはヒッと顔を歪めてたじろいだ。
真正面にたちそいつの顔を見た。
肉付きのいい顔、体。毛が薄くなった頭部をみるとそれなりに年齢が言っているように見えるが幼い顔立ちをしているところが矛盾を生みなんだか生理的に受け付けない男だった。
この気持ち悪い雰囲気の男、よく覚えている。以前千秋とやたら距離が近かったファンの男だ。
確か千秋は「ユーヤお兄ちゃん」なんて呼んでいた気がする。
あまりにも千秋の体に触るもんだからつい手が出てしまった。スタッフに止められなかったらもしかしたらひどい怪我をさしていたかもしれない。
させておけばよかった。今ふとそう思った。
「またあんたかよ…。」
ユーヤがばつが悪そうに言った。それは100%こちらの台詞だ。
「俺も俺だけど…あんたもなかなかしつこいね。チャキもこんなファンばっかで大変だ。」
肩を揺らしてユーヤがくくくっと笑う。
自分が何をしたかわかっているの?千秋があなたになにをしたっていうの。
「裏切ったんだあの女は。俺があんなに全力で応援してやったのに…。俺のこと好きだなんだ言ってたくせに!嘘だったんだ!」
体調不良でしばらく休むって話のことを言っているの?そんなの仕方ないじゃない。責めることじゃない。
「違う!そんなのどうだって良いんだよ。あの女、本当のお兄ちゃんがいたんだ…。」
は?
「馬鹿みたいに聞こえるかもしれないけど、俺は本当にチャキのたった1人の兄のつもりで全部を捧げてきたんだよ!なのに…。」
本当の兄というのは他のファンのことを言っているのだろうか。どこから訂正していいのかわからなかったが、千秋が自分1人だけのものという錯覚から抜け出せないのだろう。
妹キャラはあくまでチャキというアイドルとしての設定。あくまで表面上の設定であるのに、なんでわからないかな。
哀れなやつ。
心の呟きが相手に伝わってしまったのか、ユーヤがキッと鋭い目線を向けてきた。
「イタイやつとか思ってんだろ。良い年して必死にアイドル追いかけて。」
その通りだと思ったので何も言い返さなかった。
「あんたも俺とそんな変わらないけどな。」
いや、あなたとは立場が違う。はっきりと断言した。
ユーヤはハッと吐き捨てるように笑った。
「じゃああんたチャキが今どこにいるか知ってるか?この家にはここ1週間は帰ってきてないぜ。」
それは言えない。言ったらあなた来るでしょう?
「来る?あんたんちにいるような言い方だな。」
ぎくりとした。自分が軽率に使った言葉に後悔した。
「あんたが認識している場所が、俺の知っている場所と同じかはわからないけど。チャキは男んとこにいる。」
え?どういうこと?
ユーヤがにやりと陰のある笑みを見せた。
「あんたにこの話したら面白いことになりそうだなぁ。」
わかりやすい挑発ではあるけれど、気になるキーワードがあった。
男?
千秋は母のところにいるはずだ。ユーヤはいつの話をしているんだろう。
「ほら、ここがそいつんち。102号室。あんたには教えてやる。ある意味同志だからな俺らは。」
すっとユーヤがスマホで地図を見せた。
ある街の団地だった。ここから電車で小1時間くらいの場所だ。
気になるのはなぜユーヤがそんなことを知っているのかだ。
「いつものようにチャキの背後をガードしてたんだよ。そしたらいつもと違う場所に着いてさ。しかも部屋から男が出てきたんだ…。流石に目を疑ったね。」
いつものようにチャキの背後をガードしてた…。
要はストーキングしてたんだな。
ストーキングを正当化しガードという言葉に置き換えているあたりが真のストーカー感を出していて薄ら寒かった。
そんなことよりその謎の男が気がかりだ。
でも、妹の異性関係について口をだすのはやりすぎだな。
「チャキは多分まだそいつんちいるぜ。気になるんだったら会いに行ってみたら。」
ユーヤがニヤニヤ笑う。
「もうあんなに騒ぐなよ。おねーちゃん。」
やっぱり夢だった。目元を触ると少し濡れていた。ガバッと勢い良く身を起こした。
勢いが良すぎてぐらりと眩暈がした。
いつの間に家に帰ってきたんだろう。最後の記憶の際に着ていた服のままだ。
千秋の家の玄関前にいて…それから…。
思い出そうとすると頭にキンと痛みが走る。大事なデータをロックされているような感覚だ。
ここ最近たまに記憶が飛ぶことがある。医師にはストレスによるもので一時的に意識が朦朧としてるのではないかと診断された。
スマホを急いで開けた。時間は既に土曜日のお昼時。千秋の家に行ってからだいぶ時間がたっていたようだ。そして千秋からは連絡は入っていなかった。
着信の画面がパッとついた。母だった。
「もしもし?咲希?電話出られなくてごめんねぇ。…どうかしたの?」
母に今までのことを話した。まだ気が動転していて、やや早口で説明してしまった。
「あなたの妹ならうちにいるわよ。ごめんなさいね、咲希に伝えておくべきだったわね。連絡があってね、しばらくうちにいることになったのよ。」
良かった。あの血溜まりのことはまだわからないけれど、母の元にいるなら心配はいらない。
「咲希…、一回帰っておいで。顔見たら安心するでしょう?」
もちろん言われなくても帰るつもりだ。
玄関前の血溜まりをきれいにしてから向かおう。あんなものがそのままになっていたらご近所になんて思われるかわからない。
バケツとスポンジを待って千秋の家に向かった。
私の家から千秋の家まで徒歩20分。近くはないけど電車に乗らずに行ける距離だった。
アパートが見えてきた。千秋の部屋の前に誰かいる。丸っこい背中を左右に小さく揺らしながらドアに何かしているように見えた。
全身が陰で覆われていて何をしているかよく見えない。しばらく電柱に隠れて様子を見ることにした。
千秋の知り合いだろうか。
何かドアに書いているように見える。よく見ると左手には真っ赤な液体の入ったペットボトルを持っていた。
その人物がふっとドアから身体をずらした。
「売女 うそつきアイドル」
マーカーで荒々しくドアに書かれていた。
そしてペットボトルに入れていた赤い液体を玄関前にドボドボ流し始めた。
あいつが犯人だ。
持っていたバケツとスポンジを投げ出し猛ダッシュでその人物めがけて駆け出した。
私に気がついたそいつはヒッと顔を歪めてたじろいだ。
真正面にたちそいつの顔を見た。
肉付きのいい顔、体。毛が薄くなった頭部をみるとそれなりに年齢が言っているように見えるが幼い顔立ちをしているところが矛盾を生みなんだか生理的に受け付けない男だった。
この気持ち悪い雰囲気の男、よく覚えている。以前千秋とやたら距離が近かったファンの男だ。
確か千秋は「ユーヤお兄ちゃん」なんて呼んでいた気がする。
あまりにも千秋の体に触るもんだからつい手が出てしまった。スタッフに止められなかったらもしかしたらひどい怪我をさしていたかもしれない。
させておけばよかった。今ふとそう思った。
「またあんたかよ…。」
ユーヤがばつが悪そうに言った。それは100%こちらの台詞だ。
「俺も俺だけど…あんたもなかなかしつこいね。チャキもこんなファンばっかで大変だ。」
肩を揺らしてユーヤがくくくっと笑う。
自分が何をしたかわかっているの?千秋があなたになにをしたっていうの。
「裏切ったんだあの女は。俺があんなに全力で応援してやったのに…。俺のこと好きだなんだ言ってたくせに!嘘だったんだ!」
体調不良でしばらく休むって話のことを言っているの?そんなの仕方ないじゃない。責めることじゃない。
「違う!そんなのどうだって良いんだよ。あの女、本当のお兄ちゃんがいたんだ…。」
は?
「馬鹿みたいに聞こえるかもしれないけど、俺は本当にチャキのたった1人の兄のつもりで全部を捧げてきたんだよ!なのに…。」
本当の兄というのは他のファンのことを言っているのだろうか。どこから訂正していいのかわからなかったが、千秋が自分1人だけのものという錯覚から抜け出せないのだろう。
妹キャラはあくまでチャキというアイドルとしての設定。あくまで表面上の設定であるのに、なんでわからないかな。
哀れなやつ。
心の呟きが相手に伝わってしまったのか、ユーヤがキッと鋭い目線を向けてきた。
「イタイやつとか思ってんだろ。良い年して必死にアイドル追いかけて。」
その通りだと思ったので何も言い返さなかった。
「あんたも俺とそんな変わらないけどな。」
いや、あなたとは立場が違う。はっきりと断言した。
ユーヤはハッと吐き捨てるように笑った。
「じゃああんたチャキが今どこにいるか知ってるか?この家にはここ1週間は帰ってきてないぜ。」
それは言えない。言ったらあなた来るでしょう?
「来る?あんたんちにいるような言い方だな。」
ぎくりとした。自分が軽率に使った言葉に後悔した。
「あんたが認識している場所が、俺の知っている場所と同じかはわからないけど。チャキは男んとこにいる。」
え?どういうこと?
ユーヤがにやりと陰のある笑みを見せた。
「あんたにこの話したら面白いことになりそうだなぁ。」
わかりやすい挑発ではあるけれど、気になるキーワードがあった。
男?
千秋は母のところにいるはずだ。ユーヤはいつの話をしているんだろう。
「ほら、ここがそいつんち。102号室。あんたには教えてやる。ある意味同志だからな俺らは。」
すっとユーヤがスマホで地図を見せた。
ある街の団地だった。ここから電車で小1時間くらいの場所だ。
気になるのはなぜユーヤがそんなことを知っているのかだ。
「いつものようにチャキの背後をガードしてたんだよ。そしたらいつもと違う場所に着いてさ。しかも部屋から男が出てきたんだ…。流石に目を疑ったね。」
いつものようにチャキの背後をガードしてた…。
要はストーキングしてたんだな。
ストーキングを正当化しガードという言葉に置き換えているあたりが真のストーカー感を出していて薄ら寒かった。
そんなことよりその謎の男が気がかりだ。
でも、妹の異性関係について口をだすのはやりすぎだな。
「チャキは多分まだそいつんちいるぜ。気になるんだったら会いに行ってみたら。」
ユーヤがニヤニヤ笑う。
「もうあんなに騒ぐなよ。おねーちゃん。」