第1話

文字数 1,998文字

『知らないおじさんが、自分の部屋にいる。8千円もらう』

「うっわ。想像するとめっちゃ嫌だな。
 っていうか、この8千円は、そのおじさんからもらったってことか?」
「知らないおじさんが8千円を手渡して、穏便に帰ったんじゃない?」
「いる時点で穏便じゃねえよ」



『布団を干そうとしたら、寝たきりのおじいちゃんごと干しちゃう。2千円はらう』

「ごと、って何? おじいちゃんごと干しちゃうって」
「おじいちゃんに気づかず、布団と一緒にって意味でしょ。
 ベランダの柵で布団の上に、くの字型で、おじいちゃんが干されてるだろ」
「寝たきりのおじいちゃん、死んじゃうじゃん」



 放課後、ボードゲーム部室。
 棚の奥から出てきた、「人生」というタイトルの手作り風スゴロク。
 俺と友達は、ジュースを賭けて、それで遊んでいた。
 そこでは、ふざけたイベントが毎回起こっていた。



 俺がサイコロを振ると、とあるマス目に止まった。
『おじいちゃんの遺品のハゲカツラを、おばあちゃんから毎日つけるように言われる。5千円もらう』

「ちょま。ハゲカツラって何?」
「ハゲてるように見えるカツラのことでしょ」
「ハゲを隠すためにカツラ被るんじゃないの?」



 友達がサイコロを振ると、とあるマス目に止まった。
『よく見たら、彼女のヘアゴムがきしめんだった。1千円はらう』

「きしめん、って平たいうどんだっけ」
「そうそう。ワンチャンばれないな」
「いや、普通に分かるだろ」



 俺がサイコロを振ると、とあるマス目に止まった。
『男漁り盛んな同じクラスのギャルの女子に、「おまえだけはムリ」と言われる。8千円はらう』 

「これ、きっつすぎだろ」
「いや、おまえはムリだろ。さっきから、ハゲカツラ着けてるんだから」
「え、俺ずっとつけてんの? ハゲカツラ」




 友達がサイコロを振ると「ハローワーク」と書かれたマス目に止まった。

「なにこれ? 特別なマスみたい」

『いよいよ、職業を選択しなければなりません。
 現実では、自分自身で選ぶことができますが、
 ここはそんなに甘くありません。
 サイコロを2回振って、その合計の数で職業が決まります』

 1:『上級国民』
 2:『親の七光りでテレビ出演する、俳優かぶれの2世タレント』
 3:『値引きシール付き惣菜ハンター』
 ……



 友達がサイコロを2回振ると、とある職業に決まった。

『エグゼクティブ・アルティメット・スーパープログラマー』

 とにかく、エグゼクティブで、アルティメットで、スーパーなプログラマーだよ。
 キーボードを速く叩く。音の大きさじゃ、地元一!
 でも、同窓会で、「サルでもできる10億稼ぐ投資術」という情報商材で稼いでいることは、みんなに内緒。
 自分の番に、出た目と1千円をかけたお金がもらえるよ。



 俺がサイコロを2回振ると、とある職業に決まった。

『アラフォー革命団 参謀長官』
 社会に革命を起こすと言っていた十代の君も、もう四十代。
 普通のことができなければ、革命を起こすこともできないということを、未だに分からない模様。
 でも、参謀長官だよ。あと、革命団を名乗ってるけど、もちろん一人だよ。
 無給。

「詰んでんじゃん。俺の人生」
「大丈夫。革命、起こせるから」




 俺たちはサイコロを振ると、色んなマス目に止まった。

『義理の母親が、義理の娘になる。8千円もらう』

『縄文人を弥生人と間違えて、小一時間怒られる。5千円はらう』

『地元に帰ると、ポセイドンと戦うことになる。3千円もらう』

『ネッシーを見つけたと思ったら、曲がった大根だった。5千円もらう』

『床屋で働いていると、一人分の料金でヤマタノオロチが来店する。2千円はらう』




 友達がサイコロを振ると「ゴール」と書かれたマス目に止まった。

「これで、終わりか。
 オレの方が早いし、お金もあるから、オレの勝ちなのか?」
「そこになんか小さく書いてない?」
「ほんとだ。メッセージが書いてある」

 友達は、メッセージを読んだ。
『さて、この文章を読んでいるということは、キミが一番最初にゴールをしたということだろう。
 でも、そんなキミに問いたい。人生において一番早く進むのが一番良いのだろうか。
 一番お金を持っているのが、一番偉いのだろうか。

 わたしは、それを否定する。
 なぜなら、否定したいからだ。
 人生はね、ほどよく生きるのが一番だよ。
 どのくらいかって?
 2番目ぐらい?
 じゃあ、いま2番目にいる人が優勝ってことで』
 
「え、じゃ俺の勝ち?」
「うわー。最後、めっちゃ革命されたわ」

 そう言って、俺と友達は笑い合った。
 それにしても、このスゴロクで遊んだ時間は、自分の人生の素敵な一コマになるだろう。







「あれ? もう一つ隠しメッセージがあるみたい」
「え、そうなの? 読んでみて」

『このスゴロクで遊んだ時間は、自分の人生の素敵な一コマになるだろう、とか思ってるやつ、
 寒すぎるから、自分のセンス見直した方がいいよ』
(了)
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