第31話 ミルキーウェイ⑥
文字数 1,737文字
集会室の近くまで来ると、中から聞こえてくる子供たちのはしゃぎ声がいっそう大きくなった。
野々花 にドアを開けてもらい、秀一 はクーラーボックスを持って室内に入った。
中にいた十数名ほどの女たちが一斉にこっちを見た。秀一を認めると「あら、坊ちゃん」と笑いかけてくる。
畳敷きの一画では、子供たちに囲まれる夏穂 の姿があった。
「アイスの差し入れです」と、秀一が近くのテーブルの上にクーラーボックスを置くと、子供たちが歓声を上げて飛びついてきた。
女たちも口々に礼を言う。
「オレからじゃなくて、野々花さんからです」言いながら秀一は、夏穂に近づいた。
畳の上をにじり寄り、「涼音 は?」と小声でたずねる。
夏穂も声を顰 めた。「探したんだけど、どこにもいないの」
そう夏穂が小さく答えたのと、女たちの集団から棘のある言葉が聞こえてきたのは、ほぼ同時だった。
「ご飯前なのに、こういうの迷惑なんだよね」
「アレルギーがあって、食べられない子もいるし」
「そうそう。みんなと同じじゃないと、可哀想よね」
何が起こったのかと、秀一は顔を上げた。
アイスに群がっていた子供を、それぞれの母親らしき女たちが、引き戻している。
(なんだ?)
急に始まった険悪なムードに、秀一は戸惑った。
アイスが食べたいと駄々をこねる子供。
子供を抱き上げながら、戸口に立つ野々花を睨 む女たち。
女たちからの視線を浴びている野々花は、ちょっと困ったような顔で、うっすら笑っていた。
突然、夏穂が勢いよく立ち上がった。
「よし! アイスは食後に食べるぞ! 食べられない子は夏穂ねえちゃんが、なんかいい物あげる!」
夏穂は、ずかずかとクーラーボックスに近づき、持ち上げた。
「秀ちゃん、事務所の冷蔵庫にアイス入れるの手伝って! 野々花さんも!」
秀一は慌てて夏穂に従った。
「ありがとう」部屋を出た野々花は小さく夏穂に礼を言った。「迷惑みたいだから、持って帰るわ」
「ダメです。私、アイス食べたいもん」夏穂はにっこり笑って、秀一にクーラーボックスを持たせた。
夏穂と野々花の後ろから階段を降りながら、秀一は首を傾げた。
(なんでみんな、急に怒り出したんだろ?)

受付事務所のドアノブを回した夏穂は不思議そうに秀一を見た。
「鍵がかかってるよ」
公民館の事務所は誰でも出入り自由だ。鍵がかかっていることはなかった。
「ガンちゃんが中にいるはずだよ」と秀一。
夏穂はドアを強くノックした。「おーい、ガンちゃん! 冷蔵庫使わせて!」
秀一はクーラーボックスを床に置いた。受付カウンターの小窓を開けようとしたが、こちらも中から鍵がかかっている。窓はすりガラスになっていて、中の様子を見ることも出来ない。
「ガンちゃん、いないの?」
秀一はガラス窓をたたきながら岩田を呼んだ。
だが、中からは何の反応もない。
「ガンちゃん、鍵かけて、どこかに行っちゃったのかな?」
秀一が言うと、夏穂も首をひねった。
「このガラス窓まで閉まってるの初めて見たよ。中に試合の景品があるから、サプライズしたいのかな?」
「やっぱり、持って帰るわ」と、野々花は身を屈めてクーラーボックスを持ち上げようとした。
「ダメですよ」すかさず夏穂がおおいかぶさった。「もらった物は返しませんよ」と笑う。
「一つ、もらっちゃおっかな」夏穂はクーラーボックスを開けて、中のアイスキャンデーを取り出した。「まずい。溶け出してるよ。早く冷凍庫に入れなきゃ!」
その時だった。
「おーい! 秀一! 大変だ! 大事件!」
大声をあげながら、凛 が走ってやって来た。
何やら紙を振り回している。
「コータが、やらかしたぞ!」
凛は手にした紙を秀一に渡した。
「町長がすごい怒ってて、真理子先生が困ってる」
「真理子さん、来たの?」と言いながら、秀一は凛から渡された紙を見た。
それはB5程度の大きさの紙に、ひどいクセ字で『ミルキーウェイ』とだけ書かれていた。
「何、これ?」
凛は秀一の手を引っ張った。
「早く、来い!」
夏穂が秀一の手元を覗き込んできた。「それ、涼音のカバンに入っていたやつ?」
「涼音ちゃんだけじゃないよ。あたしンとこにも、他の女の子のカバンの中にも入ってた!」
と、凛はなおも秀一の手を引っ張った。
中にいた十数名ほどの女たちが一斉にこっちを見た。秀一を認めると「あら、坊ちゃん」と笑いかけてくる。
畳敷きの一画では、子供たちに囲まれる
「アイスの差し入れです」と、秀一が近くのテーブルの上にクーラーボックスを置くと、子供たちが歓声を上げて飛びついてきた。
女たちも口々に礼を言う。
「オレからじゃなくて、野々花さんからです」言いながら秀一は、夏穂に近づいた。
畳の上をにじり寄り、「
夏穂も声を
そう夏穂が小さく答えたのと、女たちの集団から棘のある言葉が聞こえてきたのは、ほぼ同時だった。
「ご飯前なのに、こういうの迷惑なんだよね」
「アレルギーがあって、食べられない子もいるし」
「そうそう。みんなと同じじゃないと、可哀想よね」
何が起こったのかと、秀一は顔を上げた。
アイスに群がっていた子供を、それぞれの母親らしき女たちが、引き戻している。
(なんだ?)
急に始まった険悪なムードに、秀一は戸惑った。
アイスが食べたいと駄々をこねる子供。
子供を抱き上げながら、戸口に立つ野々花を
女たちからの視線を浴びている野々花は、ちょっと困ったような顔で、うっすら笑っていた。
突然、夏穂が勢いよく立ち上がった。
「よし! アイスは食後に食べるぞ! 食べられない子は夏穂ねえちゃんが、なんかいい物あげる!」
夏穂は、ずかずかとクーラーボックスに近づき、持ち上げた。
「秀ちゃん、事務所の冷蔵庫にアイス入れるの手伝って! 野々花さんも!」
秀一は慌てて夏穂に従った。
「ありがとう」部屋を出た野々花は小さく夏穂に礼を言った。「迷惑みたいだから、持って帰るわ」
「ダメです。私、アイス食べたいもん」夏穂はにっこり笑って、秀一にクーラーボックスを持たせた。
夏穂と野々花の後ろから階段を降りながら、秀一は首を傾げた。
(なんでみんな、急に怒り出したんだろ?)

受付事務所のドアノブを回した夏穂は不思議そうに秀一を見た。
「鍵がかかってるよ」
公民館の事務所は誰でも出入り自由だ。鍵がかかっていることはなかった。
「ガンちゃんが中にいるはずだよ」と秀一。
夏穂はドアを強くノックした。「おーい、ガンちゃん! 冷蔵庫使わせて!」
秀一はクーラーボックスを床に置いた。受付カウンターの小窓を開けようとしたが、こちらも中から鍵がかかっている。窓はすりガラスになっていて、中の様子を見ることも出来ない。
「ガンちゃん、いないの?」
秀一はガラス窓をたたきながら岩田を呼んだ。
だが、中からは何の反応もない。
「ガンちゃん、鍵かけて、どこかに行っちゃったのかな?」
秀一が言うと、夏穂も首をひねった。
「このガラス窓まで閉まってるの初めて見たよ。中に試合の景品があるから、サプライズしたいのかな?」
「やっぱり、持って帰るわ」と、野々花は身を屈めてクーラーボックスを持ち上げようとした。
「ダメですよ」すかさず夏穂がおおいかぶさった。「もらった物は返しませんよ」と笑う。
「一つ、もらっちゃおっかな」夏穂はクーラーボックスを開けて、中のアイスキャンデーを取り出した。「まずい。溶け出してるよ。早く冷凍庫に入れなきゃ!」
その時だった。
「おーい! 秀一! 大変だ! 大事件!」
大声をあげながら、
何やら紙を振り回している。
「コータが、やらかしたぞ!」
凛は手にした紙を秀一に渡した。
「町長がすごい怒ってて、真理子先生が困ってる」
「真理子さん、来たの?」と言いながら、秀一は凛から渡された紙を見た。
それはB5程度の大きさの紙に、ひどいクセ字で『ミルキーウェイ』とだけ書かれていた。
「何、これ?」
凛は秀一の手を引っ張った。
「早く、来い!」
夏穂が秀一の手元を覗き込んできた。「それ、涼音のカバンに入っていたやつ?」
「涼音ちゃんだけじゃないよ。あたしンとこにも、他の女の子のカバンの中にも入ってた!」
と、凛はなおも秀一の手を引っ張った。