第1話 第5のポエム

文字数 1,823文字

深い森の中を二人きりで歩いた
君はピクニックのバスケットを持って
嬉しそうに微笑む

肩まで伸びた髪を風になびかせて
僕の顔を覗き込む
「君は楽しくないのかな?」
戯けて言う

僕は慌てて
嬉し過ぎてどうしたら良いのか
分からないんだよ
と言う

僕は優しく君を抱き寄せた
夢が叶ったあの瞬間


















誰もが心に純粋な雪の結晶を秘めている

本当は打ち明けてしまいた

つらくて溶けてしまうよ

でも言葉にした瞬間に

築いたものが一気に崩れていく

平静を装ったぎこちない笑顔の奥で

死にそうな幼子が泣いている

誰もが大人になると心も体も傷だらけ

ほんの少しのきっかけで人は死へと堕ちていく



















現実と私の心が乖離し始めた

幻覚は真の形を取り始めた

体から炎が吹き出している

怒りの炎は家を燃やし街を燃やし

人々を阿鼻叫喚のうちに焼き尽くす

理性という氷河に幽閉されていた心は

氷塊を打ち砕き狂熱の本性を露わにする

私を苦しめてきた人間たちよ

地獄の怒りが八つ裂きにする


















私には愛する人がいない
これは不幸なことだ

どうしたら人を愛することができるのか
忘れてしまった

何も私を魅惑しない
ただ若い頃に熱狂した憧れの人の映像や音楽を
聴くと昔の自分が思い出される

彼らはだんだんと年取って死んでいく
時の流れは無情だ

あの頃を思い出すたび涙が流れていく



















あなたは肝臓癌です、余命は半年ですね
医者は言った

私は愕然として目の前が真っ白になった
なんとかなりませんか

動けなくなる前に悔いない生活を送って下さい

私は全財産を慈善団体に寄付した
その後私の症状は回復した
医者は奇跡だと言った

一文無しの私はホームレスとなったが
幸せだった


















土曜の午後

静かに時間が流れていく

生命の砂が落ちていくように

愛した人はみんな死んでしまった

もう思い出すことさえ困難だ

無慈悲な時間はあらゆる人を殺害し

墓場の石は時間の風によって削られていく

私の痕跡など跡形もなく消え去るだろう

それでもなお意識は天空を天翔ると信じている



















私が死んでも誰も泣かない

みんな泣きまねをするばかり

死に顔は幸福をもたらし

乾いた骨は安堵をもたらす

月日が経てば痕跡は何も無くなり

誰も私のことなど思い出さない

しかし呪いのように 影のように

あなたのふとした空隙に気配としてやってくる

そのうなじに冷んやりとした死をもたらす

















生きるのはつらい

空しさのみ残る

いずれ死ぬものと分かっていても

それでもなお生きたい

私は私自身を生きたとは言えない

外界にさらされ私の自由は砕け散った

私は孤独に逃げ小さな幸せを作った

それが壊れないように必死に生きた

命はやがて尽きる

ただ呆然とし涙を堪える
















タイムスリップして両親の若い頃に会いたい

私は影も形もなく自意識の欠片もなかった

彼らにはその人生の夢や感情があった

それを知ることで謙虚になり自分を大切にできる

二人が出会った時に立ち会いたい

あの人があなたの愛する人になる

それを教えたい

父さん頑張って

母さんが待ってるよ















深夜独り起きていると
宇宙空間に漂っている気がする

蒼く光る地球を見下ろし
その雑多な営みを軽侮する

小さな惑星で故なき戦争を繰り返す
愚かな生き物を見透す

全てが消えればいいものを
存在とは罪深き囚人の鎖

なぜ始原の無に戻らぬか
永遠の夜こそが真理

神よ再びこの世を消してくれないか














もし今の記憶が保たれて
生まれ変わりができたなら

私は今度こそ失敗しない

物理学者になって宇宙の謎を追究する
生物学者になって癌を克服する
音楽家になって交響曲を発表する
小説家になってベストセラーを連発する
哲学者になって存在論の権威となる

綺麗な妻を娶って可愛い子供を3人つくる
















老年とは諦念を知る季節
私は何の真理を悟ったか

宇宙が無だということを
人智の無意味な空虚さを
人間の底無しの愚かさを
罪は死で償え無いことを
生命の根拠の無いことを
時間は今しか無いことを
生には救いの無いことを
そして惨めに死ぬことを

黄昏に空無を感じている

















なぜ男に生まれたのか
なぜ自分に生まれたのか
自分とは何なのか
宇宙とは何なのか
存在とは何なのか
神はいるのかいないのか
何も知らずに死ぬとは
思わなかった
大人になれば賢くなると
思ったが
子供の頃からの
疑問は一つも
解けていない
生死に値する
問題が謎の儘
それでも
生きていける
不思議

















恋の詩も愛の詩も馬鹿らしくなる
生存本能と繁殖本能の喘ぎ声に過ぎない

私は騙されない、女の嬌声にも心動じない
迷いはない、どんな誘惑も撥付ける

私の心は瞑想世界にある
我が解脱は達成され悟りが訪れた

何も食せず何も考えず何も詠わず何も無い
骨と皮になり心臓が止まるだけ
それだけのこと



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み