後編

文字数 2,014文字





 そのまま息を潜めて見守っていると、一歳児くらいの姿形をした小さな影が、どこからかよたよたと走ってきました。

 華奢な身体に比べると大きめの頭部を、左右に振りながら懸命に走っています。

 その奇妙な生き物は、一本の柿の木に辿り着くと、幹に取り付き、思わぬ敏捷さでするすると登っていきます。

 まるで手足に吸盤が備え付けてあるようでした。

 やがて目当ての枝に手を掛けると、そこに跨がり、ずりずりと枝先へとにじり寄っていきます。

 その先端にぶら下がっているのは、柿の実のランタンでした。

 いよいよ柿の実のランタンに手を伸ばし、それをもぎ取ると、その仄かな明かりの下、奇妙な生き物の全貌が浮かび上がってきました。

 蓬髪(ほうはつ)は殆ど抜け落ち、禿げた部分が目立ちましたが、頭のてっぺんには角が生えていました。

 妙にぎょろぎょろする落ち窪んだ大きな目は喜びに輝き、涎の垂れている口許からは、牙が覗いていました。

 顔の両側に大きく張り出した耳の先は禍々しく尖り、骨と皮ばかりの身体は棒切れのようで、汚れが斑になってこびりついていました。

 小鬼は暫し、とろけるようなマンダリンオレンジの輝きに、うっとりと見入っていました。

 醜悪な姿形をした生き物の中にも、美しい物を愛でる心は内在しているのです。

 しかも、私達人間のように、固定観念に縛られていない分、美しい物はより美しく、まざまざと胸に迫ってくるのかも知れません。

 そのことに思い至った時、私は小鬼が羨ましく思えました。

 小鬼は片腕に柿の実のランタンを抱えると、今度は後ろ向きの状態で、枝の上をずりずりと移動し、背中に幹が当たった時点で、そちらに腕を伸ばして移り、ヤモリのようにするすると伝い降りていきました。

 このように、樹上では機敏な動きを見せていた小鬼ですが、地上ではそうはいかないらしく、柿の実のランタンを重そうに抱えて、えっちらおっちらと歩いていきます。

 それでも途中で投げ出そうとは思わないらしく、線香花火のように滲むマンダリンオレンジの煌めきは、ちらちらと揺れ動きながら、闇夜の彼方へと、徐々に遠ざかっていきました。

 小鬼を見送った後で、私は改めて、柿の果樹園に向き直りました。

 果樹園の中には、もう一つだけ、柿の実のランタンが灯っています。

 ここでうかうかしていると、またどこからか、小鬼のような輩がやって来ないとも限りません。

 私は念のため、周囲に気を配りつつ、急いで柿の木に近寄りました。

 幸いなことに、柿の実のランタンは、手を伸ばせば届く辺りにぶら下がっていました。

 ところが、素手でもぎ取ろうとすると、思いの外強靭な小枝が、柿の実をなかなか離してくれません。

 私は仕方なく、薄手のコートのポケットに手を突っ込むと、そこから車の鍵を取り出しました。

 他に鋭利な物を持ち合わせていなかったので、小枝に鍵のギザギザした部分をあてがい、何度か擦らせ、強引にもぎ取ったのです。

 柿の実のランタンは、私の掌の中に落ち着くと、その輝き同様のほんのりとした温かみを伝えてきました。

 実は固く締まっていて、心地好い持ち重りを感じます。

 私は、闇夜から小さなランタンを奪ってしまったことを、やや申し訳なく思い、その場で深々と一礼しました。

 けれども次の瞬間には、珍しい柿の実のランタンを手に入れられた喜びが込み上げてきて、居ても立ってもいられなくなり、小走りで車へと向かいました。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 あれから一月ほどが経ちましたが、柿の実のランタンは、今でも私の部屋の片隅で、温かな灯(ともしび)を投げ掛けてくれています。

 けれども一日中、その状態でいるわけではありません。

 柿の実のランタンの興味深い生態を観察してみたところ、陽が昇り始めるのと同時に光を収束させ、陽が沈み始めるのと同時に、光を拡散させるようでした。

 私が思うに、柿の実のランタンはそう珍しいものではなく、店頭に並んでいる柿の中にも、しばしば紛れ込んでいるものなのでしょう。

 残念ながらそうと気付かないのは、買ってきても陽が沈む前に食べてしまうか、部屋の照明が昼間のように明るくて、陽が沈んだことに、柿の実自身が気付けないことにあると思うのです。

 ですから、今度庄内産の柿を購入する機会がありましたら、陽がすっかり落ちるまで、ご賞味頂くのをお待ち頂くか、部屋の照明を灯すのをお待ち頂くことを、お勧め致します。

 次第に暗さが増していく台所のテーブルの上で、温かなマンダリンオレンジのまあるいランタンが目覚める瞬間に、出逢えることでしょう。



      ~~~ 完 ~~~



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


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