後編
文字数 1,381文字
今、砂川茜は、夫の画家がこよなく愛した椅子に、愛猫を抱いて腰掛け、僕からのインタビューを受けている。
彼女は今年、四十七歳になる筈だが、一つ一つの輪郭がくっきりとした目鼻立ちに恵まれており、その印象的な容色は、少しも衰えているようには見えなかった。
それどころか、年月を経るにつれ、その価値と光沢が増していく紫檀(したん)の家具のように、美しい艶(つや)めきが滲み出していた。
そのことを感じ取った時、砂川がひたむきに彼女を愛し続けた理由が、分かるような気がした。
「砂川はね、スキャンディアジュニアを手に入れた途端、人物画も風景画も、一切描くのを止めてしまったの。
もっぱらスキャンディアジュニアを含めた静物画ばかりを、描くようになってしまったわ。
それであたしが、少し拗(す)ねて、だったら、スキャンディアジュニアに腰掛けた、あたしの姿を描いてくれたらいいじゃない? って頼んだら、砂川は暫く考えてから、こう言ったの。
きみが持つ美しさも、椅子が持つ美しさも、それぞれに違っていて、それぞれに素晴らしいと思っている。
そのことは、一番身近にいる僕が、充分に認めている。
しかしね、その二つが持つ美しさは、互いを引き立て合うようには、なっていないんだよ。
だから、それぞれを単独で描くことは出来るけれども、同じ構図の中に収めて描くことは、僕には出来ないって」
そのエピソードを聞き出せた時点で、インタビューを終了しようと考えた。
それは、砂川紫堂の独特の美的感覚とこだわりを、明快に伝えているエピソードだったからだ。
僕は、手許のICレコーダーのスイッチをオフにすると、砂川茜に対して、丁重な礼の言葉を述べた。
「本日は、インタビューのために、わざわざ時間を割いて頂きまして、本当にありがとうございました。
お陰様で、良い記事が書けそうです。
では、最後に、何枚か写真を撮らせて頂いてもよろしいでしょうか」
その後を、同行していたカメラマンに任せると、小気味良いシャッター音が鳴り響く中、撤収作業に取り掛かった。
やがて撮影が終了し、砂川茜が、愛猫と共に、椅子から立ち上がった。
僕も彼女に続いて、その部屋から出ようとしたところで、ふと立ち止まった。
その場で静かに振り返ると、スキャンディアジュニアと、目が合った。
その瞬間、彼女がふくよかに微笑んだような気がして、思わずチノパンツのポケットを探り、スマートフォンを取り出した。
そして、彼女に向かって、シャッターボタンを押した。
砂川紫堂がこよなく愛した椅子は、そこに佇んでいるだけで、平凡な日常を、美しく際立った日常へと染め上げていく。
このページの冒頭に掲げた一枚の写真は、スキャンディアジュニアのふくよかな微笑みを写し取った、貴重な記録である。
~~~ 完 ~~~
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☆参考書籍『ずっと使いたい一生もの 北欧の日用品』萩原健太郎 P76、77
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