1-2 元勇者、途方に暮れる

文字数 1,972文字

  †


 朝起きたら、布団の中に見知らぬ女が、しかも裸で。

 そう事実だけを羅列すれば非常に艶めかしい場面の様に思えるが、その女性が赤ん坊で、しかも双子となれば話は別だ。
 この時リオンは完全にフリーズしていた。
 頭の中は極度の混乱状態である。

 ――アイエエ!?ナンデ!?アカンボナンデ!?えまじで赤ちゃん?本物?幻覚じゃなくて夢でもなくてマジの赤ちゃん?二人?二人ってことは二人ってことか?つまり双子?ってどこから湧いたのこの子たち。入って来ちゃった?家の鍵閉め忘れてたかなぁっていうかそういう問題でも無くねだって山奥だせここほんとどこから湧いて来たのよきみたちは。
 
 とまあこのように、乱雑な思考の渦に溺れているリオンだったが、ふとあることに気が付いた。
 金色赤ちゃんの、頭に何か白いものが乗っかっている。

「これは――?」

「あう~」
「きゃあ~」

 赤ちゃんたちの柔らかい手でペチペチ叩かれながら、彼はその白く薄く、しかし硬さを有する何かの欠片を手に取った。
 しげしげと眺めて、ようやく気が付く。

「これ、卵の殻だ……――   あ。」

そうだ。
卵だ。

昨日地面から掘り返した、あの魔獣の卵。

赤ちゃん二人を両腕に抱えて飛び起きる。足で毛布を蹴飛ばすと、ベッドの上には卵の殻が散乱していた。

 その卵の欠片と、抱えている赤ちゃんズを何度も見る。

 ――俺はあの卵、何らかの魔獣の卵だと思っていたけど、そうじゃなかった。
 あの卵には、この赤ちゃんたちが入っていたんだ。それを温めたから、孵って、赤ちゃんが、

「卵から、生まれた……って、ことか……?」

 信じられないが、そうとしか考えられない。
 
 この丸太小屋の周囲は奥深い山だ。魔獣の他に人型の生き物の姿を見たことは一度も無いのに、今日に限ってその赤ちゃんがリオンの家のベッドに潜り込んだ可能性よりよっぽど説明がつく。

「だけど、そんな……翼が、生えてるぞ? 鳥人……にしては羽毛で覆われていないし……え、どういうことなんだ……」

 獣人系の中には翼を持つ、鳥人という種族が存在する。
 だが彼らはもうちょっと姿が鳥に近いというか、翼以外にも腕や腰などに羽毛を生やしているのだ。

それに卵生では無かったはずだ。

「一般的な人種と同じ様に女性の胎である程度育って、柔らかい膜に覆われて産まれるとか何とか……」

 翼のある鳥人種や角のある鬼人種は、他の人型とは少し違う出産形態だと聞く。突起部分が産道に引っかからないように、卵膜と呼ばれる薄い膜に覆われて赤ちゃんが生まれるのだ。

だが、それは膜であって殻ではないし、卵膜に包まれた状態で地面に埋めたりもしない。膜を破って直ぐに赤ん坊を取り出すからだ。

 翼を持っているのに、鳥人ではない?

「卵から産まれた君たちは、一体何なんだ……?」

 両腕に抱える赤ちゃんを見下ろして、リオンは困惑した。先ほどの混乱とは違った、もっと真っ当な『困った』だ。
 赤ちゃんたちは見られるのが恥ずかしいのか、手で顔を隠したり身じろぎしたりしている。

 そして右腕に抱える金色の方が、「あむ」と、リオンの乳首を口に咥えた。

「あひん」

 不意打ちに情けない声が出ちゃった。
 それを見た左の銀色の方も真似をしたのか、もう一つの乳首に吸い付いた。

「あひゃん」

 歴戦のツワモノらしからぬ情けない声が出た。
 っていうか、チュウチュウ吸い上げて来るし。
くそっ、破壊神討伐の戦いでもこんな攻めを受けたことなど無いぞ!?
なんか胸の奥がムズムズして来た。こう、込み上がるナニかが――ああ、ああ!

な、何かに目覚めちゃう!?

その感覚が頂点に達した瞬間、彼は確かにその音を耳にした。

ぐううぅぅ、という腹の音を。
 
「空腹が頂点に達したら、そりゃ腹もなるだろう……しゃあねぇ、先ずは腹ごしらえと行きますか」

 とりあえずこの赤ちゃんたちに関する、直近の危険性は無い、と判断する。

「はいはい、おいちゃんの乳首吸うの止めようねぇ」

 赤ちゃん抱えている腕を身体から離せば、ちゅぽんっと赤ちゃんの口が身体から離れた。

「あうー、うー、」
「ばぁー、ぁー」

 抗議するように赤ちゃんが手を伸ばすが無視。

「はいはい、吸っちゃ駄目だか……ら……ね」

朝食に何を食べようかなんて考えていたリオンは、再び硬直した。


Q:赤ちゃんの食事と言えば?
A:ママのおっぱい。
Q:この子たちがさっきから吸ってる乳首は?
A:俺の男っぱい。
Q:ミルクは?
A:出ねぇよ。
Q:どうする?
A:どうしよう?


「どうしよう……」

 破壊神すら討伐してのけた男は、途方に暮れた。


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