思い、出戻り、恋の行方。:繰り返す恋の2000字

文字数 2,306文字


 私は魔女である。魔女であることは世の中には秘密である。
 そしてモテモテである。これまで何百人もの男と付き合った。なぜだか男と別れてもすぐまた新しい男ができるのだ。モテモテなのは私のせいで、魔女であるせいではない。決して怪しげな秘薬を使って他人をトリコにしたりするわけではないのだ。ここは大事なので強調しておく。つまり健全な人間としてのお付き合いをする。魔女だと言うと、とかく全ての都合の悪いことを魔法に関連付けようとする輩が多すぎるのだ。まったく。

 けれども私はどうにも飽きっぽくて癇癪持ちである。
 これも別に魔女であるせいではなく、生来の私の性質である、念の為。
 それでその帰結として、私は恋愛体質で、惚れっぽくてすぐ付き合うけどすぐに別れてしまうのだ。魔女といっても必ずしも強じんな精神を持ち合わせているわけではない。だから別れるときはだいたい相手のことをぶっ殺したいほど憎んでいることが大半なのだけど、そのような苛つきをずっと心のなかに保管しているのも不健康である。そんなものはとっとと自分の中からポポイと追い出してしまうのが吉。

 そこで取りい出したるのがこのリング。じゃじゃん。そういう時にとても便利なリングなのだ。お別れリングと名付けた。
 これは私が開発したとても細いリングなのだが、相手の薬指につけて術を発動して一晩寝ればお互いのことをすっかり忘れてしまうのだ。そして術が発動するとリング自体は透明になって物を透過する性質が付与されるから生活に支障はない。誰も指輪の存在に気づくことはできない。ステルス機能も完璧だ。
 それで私は過去の男などすっぱりきっぱり忘れ去り、新しい恋にダイヴすることができるのだ。

 今日は記念すべきお別れ前夜。
 この古い恋は明日の朝にはすっかり忘れているはずだ。

 隣で寝っ転がっている男を足蹴にした。
 顔がとてつもなく好みだ。ほどよく高い鼻梁とそこから繋がる少し分厚目の唇。弓を描くように細い眉の下には今は閉じられているがキラキラと煌めく瞳が隠れている。うーん、本当に好みだな。
 けれどもだらしないところが好かん。そのへんに靴下を投げたりするのだ。最初は許せたのに時間がたつと許せなくなるのだ。だが憎たらしい気持ちもこれで最後だ。すっかり寝こけている顔を最後にじっくり堪能したら私は出ていくのだ。
 そして私には次の恋が待っている!
 新しい男が!
 祝おう!
 新しい出会いを!
 ……でももうちょっと見ていこう。

 未練たらしく眺め回してそそくさと荷物を纏めて最後に男の指に細いリングをはめようとした。そしてなぜだかうまく入らないことに気がついた。こんなことは初めてだ。エイエイと力を込めても上手く行かず、突然パキリという音がして頭がチリリと傷んだ。
 なんだ、これ。
 見ると手元で指輪が砕けていた。そして男の指の周りにも破片が散らかっていた。この指輪は細いけれどもそれなりの強度はあったはずだ。そして次の瞬間、何週間か分の記憶が突然流れ込んできた。それは代わり映えせず目の前のこの顔の素晴らしく美麗な男を足蹴にしている記憶。

 あれ?
 何故だ。
 よくわからないぞ。
 ……。
 …………。
 ……………………。 

 まさか、まさか私がこの男と付き合うのは2度目なのか?
 いや、確かにこの男の顔は好みではあるのだが。うーん。
 そこで嫌な予感がした。このリングはとても細い。そうそう入らなくなるという自体は考えがたい。まさか……。

 ごくりと喉がなる。おそるおそる、怖いもの見たさで私はこれまで使用したお別れリングのステルス機能をオフにする呪文を唱えた。シュパという光が指と指の間を放電のようにたゆたい、そして霧散してこれまで使用したリングに向かって飛び立ったりはせず、隣に眠る男の指に集約された。
 私は悶えた。

 男の薬指にギチギチにハマったリングを見た。
 うわぁ。これ、いくつあるのさ。
 1,2,3……駄目だ、数え切れる量じゃない。そして私は無数の光が『飛び立たなかった』ことを思い起こした。
 ひょっとして、まさか。
 私はひょっとして、何百人もの男と付き合ったという記憶はあったがその詳細についてはお別れリングの作用で忘れてしまっていた。ひょっとしてそれは『何百人』という人数ではなく『のべ何百人』というだけで、全てはこの男一人と付き合っていただけというのか?

 慄く。確かに顔はものすごく好みではあるのだけれど。
 本当に恐る恐る、主には怖いもの見たさで全てのお別れリングの効果を解除した。1回も2回も同じだろ、そんな軽い気持ち。けれどもその途端、『のべ何百人分』ものこの男の出会いと暮らしと記憶喪失が頭に去来し、あまりの脳みそへの負荷がもたらす痛みにのたうち回った挙げ句、ほとんど同じ経緯で出会ってほとんど同じ暮らしをして、ほとんど同じところでブチ切れて飛び出すことを繰り返しているということを理解した。
 私……別にモテモテじゃなかったのか。ひどく落ち込んだ。

 落ち込んで……それでなんかもうどうでもよくなった。
 生まれ変わったらまた会いたい、という男女はまま聞くが、私たちは全ての記憶を失ってなお、何百回もめぐりあい直し、付き合い直してぶっ殺したいと思いながら別れているのか。
 そうするとなんだかこの出会いが奇妙に運命的なものに感じ、何百回もブチ切れ続けると彼の欠点は飽和しすぎてもはやどうでもよくなってきて怒りも淡雪のように溶け、相変わらず好きすぎるその美しい顔の唇に口づけをした。

 きっと私とこの男は明日の光を一緒に迎え続けるだろう。何百回も別れても何百回も出会い直したくらいなのだから。

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