第37話 幹子の昔語り・参
文字数 1,444文字
朝永の城に入った日、早速婚礼が執り行われた。
しかし、私の旦那様となる鬼頭貞臣 様は式の場になかなか姿を現さず、列席した家臣たちもぽつんと座る私をちらちらと見ながら困った様子で囁きあっていた。
暫くして、大きな足音を響かせながら「旦那様」がやって来た。
私より齢が十程上の旦那様は、羽織袴姿ではあるもののそれは到底婚礼の場に座るような着物ではなかった。
そして、顔を赤らめ据わった目で私を見るなり、
「お前が嫁か。来い」
といきなり私の白無垢の奥襟を掴んで引き上げた。
その時酒の臭いが鼻を突いて、私は旦那様が酔っている事に気付いた。
「何をなさるのですか!」
イネが声を上げたけれど、旦那様は彼女を足蹴にした。
「お止め下さいませ」
私は旦那様を止めようとしたけれど、直後視界に星が散った。
「姫様!」
イネの叫び声で、私は旦那様に頬を叩かれた事に気付いた。
きぃん……と耳鳴りがして、口の中に鉄錆の味が広がった。
何が起こったのか、何故このような仕打ちをされたのか、何も分からないまま列席している家臣たちを見るけれど、彼らは気まずそうに視線を逸らすだけだった。
「女の分際で生意気な口を叩くな!」
旦那様は怒鳴り、私を無理やり寝所まで引きずっていった。
褥に転がされた私を見下ろしながら、旦那様は何の前触れもなしに部屋に飾られている脇差しを取ると、
「その長ったらしい髪は何だ。まるで庭の柿をつつく烏のようだな」
と私の髪を掴んで引っ張った。
「痛っ!」
思わず小さな悲鳴を上げると、旦那様の赤い顔は益々赤くなった。
「俺のやる事がそんなに不服か!お前は黙って俺の言う事を聞けばいいのだ!」
「お止め下さいませ!」
脇差しを抜き、私の髪に刃を当てる旦那様。
私は咄嗟に首を振って逃れようとして……。
左の耳の後ろで、さくっと音がした。
ばさっと落ちた髪の毛と共に、紅がぱっと白い褥に散った。
今は伸びた髪に隠れて見えないけれど、この時の傷痕は私の左耳の後ろに残っている。
傷の痛みと、髪を刈られた絶望。
このまま殺されてしまうのではないかと思った途端、恐怖で勝手に涙が溢れた。
旦那様は、声の一つも出せず震える私の着物に手を掛けると、力づくで帯を解き次々と剥いでは投げ捨てた。
両親が想いを込めて用意してくれた白無垢が無造作に投げ捨てられていく様が悔しくて悲しくて、私は
「……何故っ、何故このような……!」
と泣きながら訴えた。
けれど、それは旦那様の暴虐に拍車を掛けるだけで……。
「黙れ!」
旦那様は私の襦袢の襟に手を掛け乱暴に開いた。
首根っこを押さえつけられ、露わになった胸を強く鷲掴みにされ、息苦しさと屈辱に足をばたつかせれば旦那様が馬乗りになって私の動きを封じた。
満足に息が出来ないせいで頭はだんだんぼんやりしていって、手足の先も痺れて感覚をなくして……私は抵抗する力を奪われた。
……それからの事は、覚えているようで覚えていない。
意識が遠のく度に何度も平手打ちされ屈辱を植え込まれ、気付けば外は空が白み始めていて。
ただ、大きないびきをかきながら褥の上で大の字になっている旦那様を恐る恐る見つめながら廊下に這い出た時の全身の痛みは覚えている。
「ここは……地獄だ」
何度も呟いたその言葉と共に。
あの日から、私には眠れぬ夜が続いた……朝永のお城を出る前の晩まで。
しかし、私の旦那様となる
暫くして、大きな足音を響かせながら「旦那様」がやって来た。
私より齢が十程上の旦那様は、羽織袴姿ではあるもののそれは到底婚礼の場に座るような着物ではなかった。
そして、顔を赤らめ据わった目で私を見るなり、
「お前が嫁か。来い」
といきなり私の白無垢の奥襟を掴んで引き上げた。
その時酒の臭いが鼻を突いて、私は旦那様が酔っている事に気付いた。
「何をなさるのですか!」
イネが声を上げたけれど、旦那様は彼女を足蹴にした。
「お止め下さいませ」
私は旦那様を止めようとしたけれど、直後視界に星が散った。
「姫様!」
イネの叫び声で、私は旦那様に頬を叩かれた事に気付いた。
きぃん……と耳鳴りがして、口の中に鉄錆の味が広がった。
何が起こったのか、何故このような仕打ちをされたのか、何も分からないまま列席している家臣たちを見るけれど、彼らは気まずそうに視線を逸らすだけだった。
「女の分際で生意気な口を叩くな!」
旦那様は怒鳴り、私を無理やり寝所まで引きずっていった。
褥に転がされた私を見下ろしながら、旦那様は何の前触れもなしに部屋に飾られている脇差しを取ると、
「その長ったらしい髪は何だ。まるで庭の柿をつつく烏のようだな」
と私の髪を掴んで引っ張った。
「痛っ!」
思わず小さな悲鳴を上げると、旦那様の赤い顔は益々赤くなった。
「俺のやる事がそんなに不服か!お前は黙って俺の言う事を聞けばいいのだ!」
「お止め下さいませ!」
脇差しを抜き、私の髪に刃を当てる旦那様。
私は咄嗟に首を振って逃れようとして……。
左の耳の後ろで、さくっと音がした。
ばさっと落ちた髪の毛と共に、紅がぱっと白い褥に散った。
今は伸びた髪に隠れて見えないけれど、この時の傷痕は私の左耳の後ろに残っている。
傷の痛みと、髪を刈られた絶望。
このまま殺されてしまうのではないかと思った途端、恐怖で勝手に涙が溢れた。
旦那様は、声の一つも出せず震える私の着物に手を掛けると、力づくで帯を解き次々と剥いでは投げ捨てた。
両親が想いを込めて用意してくれた白無垢が無造作に投げ捨てられていく様が悔しくて悲しくて、私は
「……何故っ、何故このような……!」
と泣きながら訴えた。
けれど、それは旦那様の暴虐に拍車を掛けるだけで……。
「黙れ!」
旦那様は私の襦袢の襟に手を掛け乱暴に開いた。
首根っこを押さえつけられ、露わになった胸を強く鷲掴みにされ、息苦しさと屈辱に足をばたつかせれば旦那様が馬乗りになって私の動きを封じた。
満足に息が出来ないせいで頭はだんだんぼんやりしていって、手足の先も痺れて感覚をなくして……私は抵抗する力を奪われた。
……それからの事は、覚えているようで覚えていない。
意識が遠のく度に何度も平手打ちされ屈辱を植え込まれ、気付けば外は空が白み始めていて。
ただ、大きないびきをかきながら褥の上で大の字になっている旦那様を恐る恐る見つめながら廊下に這い出た時の全身の痛みは覚えている。
「ここは……地獄だ」
何度も呟いたその言葉と共に。
あの日から、私には眠れぬ夜が続いた……朝永のお城を出る前の晩まで。