第29話

文字数 2,832文字

 明けた火曜日に島村瑠璃の告別式が武蔵野市の葬儀会館でひっそりと行われた。喪主である島村瑠璃の母方の祖父母の意向は家族葬で行いたいとのことであった。後見人的立場になっている栗林最愛(モア)は大々的な告別式を考えていたのだが、仙台から来た瑠璃の祖父母はひっそりとしめやかに行いたいと強く希望したのである。月曜日の夜から通夜が行われた。出席したのは祖父母と栗林のほかは、轟太、柚木クリスティーン、早川仁美以外は大学関係者であった。そして明けた火曜日の朝おそらく大学関係者から情報が漏れたのであろうか、式場には多くの弔問客が訪れ、メディア各社も葬儀社の前で報道し始めることになったのである。そして午前八時を回ったころ、黒塗りの車が二台現れた。中から出てきたのは都知事の福島百合子と警視総監の渡辺文彌である。二人は無言で会場へ現れ喪主の二人に会釈をすると祭壇に上り弔問した。遺族にはお悔やみの言葉を述べたのみで謝罪等の言葉が発せられることはなかった。そしてメディアの前を無言で通過し車に乗って去って行った。都知事と警視総監の弔問は即座にネットで流されることになり、葬儀が始まる十時には多くの参列者が昨夜から続いた雨の中、訪れることとなった。その中で葬儀は厳かに行われて瑠璃は荼毘に付されたのであった。瑠璃の祖父母とも話し合った結果、遺骨は瑠璃が高校まで過ごした長崎の実家の島村家の墓に納めることとなった。祖父母は高齢のために納骨は轟太が行うことに決まった。瑠璃の死後すっかり憔悴しきっていた轟であったが、この役目については自分から申し出て瑠璃の祖父母から感謝の意を述べられている。人のよさそうな祖父母と在りし日の瑠璃の思い出を語っていると両親がいなくなっても健気に生きてきた幼い瑠璃が偲ばれて、落ち込んでいる自分のことが瑠璃に対して申し訳なく思えてきた。瑠璃が最後に言おうとしていたように強く生きなければならないと心に刻み付け、瑠璃を長崎に、彼女が好きだったじいちゃんとばあちゃんの元へ返してあげようと考えたのである。外を眺めると冬の雨はみぞれ交じりになっていた。その中に瑠璃を慕う多くの人たちがまだ帰り切らずに佇んでいる。みぞれ混じりの雨は次第に雪へと変わり様々な色に開いていた参列者の傘を白く染めて行くのであった。

「こんばんは、柚木クリスティーンです。今夜は思うことがあり皆さんにぜひお伝えしたく自宅から緊急配信しております。今回起きた島村瑠璃さんの死亡事件についてです。大変敏感な内容です。いつ当局により消されるかわかりませんので視聴者の皆さん、録画して拡散していただくことを希望します。島村瑠璃さんとは取材を通して知り合いました。彼女は星城大学で江戸時代の庶民の風俗を研究している研究員です。とてもまじめで素敵な女性でした。彼女が京都でのお坊さんたちの日本文化を守れといった趣旨のデモに強く賛同していたのは事実です。天台宗の僧侶の下で修行し、大きな影響を受けていました。私自身彼女が修行を始めてから、変って行く彼女を目の当たりにして大変驚きもしました。皆さんも配信ニュースでご覧になられたように彼女は光り輝く存在となっていったのです。それでも素顔の彼女は研究に直(ひた)向(むき)でボーイフレンドにのろける普通の女性だったのです。今回の彼女の死は、悲劇的な事故でした。しかし単なる事故だったのでしょうか。私たちが調べたところ、皇居に乱入しようとした男は十九歳の都内の私立大学に通う大学生です。彼は大学入学後に大学内の民主革命連合関係のサークルに入部し、民革連の影響を強く受けていたようです。なぜ彼だったのでしょう。皆さんもニュースでご覧になったように彼の挙動は明らかに自分が行おうとしていることに対して委縮している不慣れなものでした。彼とは別に皇居前広場で発砲した男についても素性がわかりました。その男は別の大学に通う二十歳の学生で民革連のメンバーです。そのほかにも多くの過激派グループのメンバーが皇居前広場に集結していたことが判明しています。しかし彼らからの犯行声明は今のところ出ていません。この十九際の学生は利用されたのではないのでしょうか。もう一つ不可解な点があります。私たちの取材によりますと第一機動隊へは前夜に過激派グループによる皇居襲撃の情報が入っていたようです。彼らは過激派グループがデモを利用して皇居襲撃することを事前にわかっていたようです。それではなぜデモを中止するように警視庁から警告が出なかったのでしょうか。このデモの主催者に確認したところ警視庁からは一切そのような情報は流れてこずに、注意事項として皇居前広場では一切の抗議活動は禁止されているので厳守するようにとの話しか出ていなかったというものです。過激派グループによる皇居襲撃計画については何ら警告もなかったとのことでした。また島村瑠璃さんの葬儀には福島都知事と渡辺警視総監が弔問に訪れ、ご遺族に対しお悔やみの言葉は述べましたが、機動隊のテロ容疑者への発砲により、そのテロ容疑者の皇居侵入を必死で止めようとしていた島村瑠璃さんの命を犠牲にしたことへの謝罪の言葉は一切ありませんでした。私たちは現場で何が起きたのかを目撃しています。それに加えて私たち都民は今まさに福島都知事に対してリコール請求を行っているところです。仮に行政が保身のために事実を曲げようと試みるのであれば、それは行政が民主主義の根幹を揺るがす重大な背反行為を行うことになると認識しなければなりません。その時には私たちは声を大にして立ち上がらなければならないのではないでしょうか。そのような行政に対してNOと言うのです。そのことが命を犠牲にしてまで最後まで戦った島村瑠璃さんの意思を尊重することであり、また彼女に対して私たちができる弔いなのではないでしょうか。私からは以上です。長い話になりましたがご視聴いただき大変ありがとうございました。柚木クリスティーンが緊急に自宅から配信いたしました。それでは皆さん、おやすみなさい」

 轟太は島村瑠璃の部屋にいた。彼女の遺骨を部屋に戻して一緒に一夜を明かそうとの思いからだ。エルに頼んで彼女の実家の住所と菩提寺の場所、そして彼女の祖父の弟の連絡先を調べてもらう。納骨と彼女の遺産の整理の相談をしないといけないためだ。彼女の母方の祖父母は高齢のために瑠璃の遺産の処分についてはすべて轟に一任するとのことであった。瑠璃との関りはあまり深くなかったようである。轟太は部屋の明かりも付けずに瑠璃の遺骨をソファーおいて一緒に井の頭公園の夜景を見ていた。午後に振り始めた雪はすでに止んでいるが、辺り一面を白一色の世界に一変させている。ごちゃごちゃしたものを覆い隠して美しい世界になっている。街灯の明かりが雪に反射して普段よりも明るい夜景である。太はこの景色を瑠璃と一緒に見たかったと力なく思った。
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