記3 ファラオ・胸の恨みは七十七倍返し
文字数 2,164文字
翌日の放課後、俺はモーゼに引っ張られて生徒会長室に向かった。
エジ校の生徒会は、小中高で一つ組織になっている。当然、役員も初等部、中等部、高等部から選ばれ、構成されている。
現在の生徒会は、生徒会長の軽井沢さんを筆頭に、副会長に高等部一年小諸ポティファル君、書記に中等部三年生の浅科アセナテさん、会計と庶務に初等部六年生の望月ポティ君、フェラさんの双子の兄妹、合計五人で運営されている。全校生徒の数、構成から考えると少ないが、それぞれのクラス、学年など、五十人、百人といった単位で代表者がいるため、裁定などに生徒会が出て来るのは、全校に関わるような大きな問題だけだ。
そう。
今回のような。
「構いませんわ」
軽井沢さんはしかし、あっさり答えた。
「エジ校は生徒の自治を重んじる校風です。川南の皆さんが地元に帰りたいなら、生徒会として、その気持ちは尊重しなければなりませんし、反対する立場にはありません」
ほら見ろ。
軽井沢さんがそう言うのは目に見えてたよ。
「ただ、野辺山君はともかく、川上さんはまだ義務教育中ですから、そのあたりは協議が必要になると思いますが」
「……ていうか」
軽井沢さんの隣に立った小諸君が遠慮がちに言った。
「その、お二人の隣にいる方、どなたですか?」
「クダンです」
「違います」
モーゼが断言するが、クダンが即座に否定する。
「私は」
「あなたが何者かなんてどうでもよすぎるし」
浅科さんがボソッと言う。いわゆる無口キャラ、というか毒舌キャラだ。
「部外者が勝手に生徒会室押し掛けるとか、あり得ないし」
「ちょっとアセちゃん」
小諸君がたしなめるが、浅科さんは返事をしない。クダンも気にしない。
「部外者でもありませんが、今はそこは問題でありません」
「そうですか。とにかく、中等部以下の生徒の皆さんの今後の教育課程については相談が必要ですが、とにかく、皆さんが川南村にお帰りになるのを、生徒会として止めることはできません」
「すみません、お騒がせしました」
俺は軽井沢さんに軽く手を上げ、それからモーゼに声をかけた。
「だってさ。良かったね、モーゼ」
でも、モーゼはその場から動かない。
「モーゼ、行くよ?」
「陰謀は?」
モーゼがぶつぶつ言っている。
「戦う気満々で来たのに、なんで? どうして?」
焦点の合わない目で、隣のクダンを見やる。クダンが慌てて軽井沢さんに言う。
「ほ、本当にいいんですか?」
「いいんですか、とは?」
軽井沢さんが優雅に答える。
「この少子化の現在、せっかく増えた生徒数が突然減るんですよ?」
「何か勘違いしていらっしゃるのかもしれませんが」
軽井沢さんが髪をかき上げる。
「そもそも、生徒をここにとどめおく権利も、退学や転出の許可を与える権利も生徒会にはありませんから」
「は?」
「生徒会を何だと思ってらっしゃるんですか? 我々だってまだ未成年。子供にそんなことを決める権利などあるはずもないでしょう」
……まあ、そりゃそうだ。
ここは公立の教育機関。生徒会に何でもかんでも任せるなんて、ラノベやアニメみたいなことはあり得ない。
「子供にそんな重要なことを決めさせるのか?」とマスコミに叩かれ、ツリッターで炎上するのは目に見えている。
「で、でも、さっき構わないと……」
「生徒会は一応全校生徒で構成されています。生徒会が許可できるのは、せいぜい、川南の皆さんが生徒会所属を辞めることくらいです」
軽井沢さんの全くの正論。
でも、モーゼがやばい。焦点がますます合わなくなっている。
何か言おうか、と考えていた時、クダンが「フン」と鼻で笑った。
「子供、ね」
腕を組み、首を傾げて軽井沢さんを見下ろす。
「何か?」
「いえ、別に」
その視線は、軽井沢さんの目ではなく、その下方を見つめている。
「何ですか」
「まあ、確かに子供ですよね」
そして腕を組みかえる。
見ないようにしても、ついつい揺れるそれが視界に入る。
「まあ、子供だからしょうがないですよね?」
「何をおっしゃりたいんですか?」
軽井沢さんの表情が引きつり始める。クダンはもう一度鼻で笑う。
「な・に・を・おっしゃりたいんですかっ……!?」
クダンがもう一度腕を組みなおし、「別に」と答える。
「やばい」
ポティ君が呟く。
「いけない」
フェラさんが囁く。
「会長の難点」
ポティ君。
「会長の弱点」
フェラさん。
「雄牛でも雌牛でも、火で焼いて粉々に砕くべし」
浅科さんが吐き捨てる。
「前言撤回します」
軽井沢さんの、普段からは想像できない低い声。
「か、会長?」
「川南村の人たちは、ずっと生徒会に所属し、奴隷のようにエジ校に尽くすことを、生徒会長の権限でここに命令します」
「いや、会長。そんな権限ないじゃないですか?」
「小諸君は黙ってて!」
軽井沢さんが怒鳴り、そして立ち上がった。
「ちょっとばかり乳が大きいからって調子に乗って。この屈辱、七倍どころか七十七倍にして返して差し上げますっ!」
エジ校の生徒会は、小中高で一つ組織になっている。当然、役員も初等部、中等部、高等部から選ばれ、構成されている。
現在の生徒会は、生徒会長の軽井沢さんを筆頭に、副会長に高等部一年小諸ポティファル君、書記に中等部三年生の浅科アセナテさん、会計と庶務に初等部六年生の望月ポティ君、フェラさんの双子の兄妹、合計五人で運営されている。全校生徒の数、構成から考えると少ないが、それぞれのクラス、学年など、五十人、百人といった単位で代表者がいるため、裁定などに生徒会が出て来るのは、全校に関わるような大きな問題だけだ。
そう。
今回のような。
「構いませんわ」
軽井沢さんはしかし、あっさり答えた。
「エジ校は生徒の自治を重んじる校風です。川南の皆さんが地元に帰りたいなら、生徒会として、その気持ちは尊重しなければなりませんし、反対する立場にはありません」
ほら見ろ。
軽井沢さんがそう言うのは目に見えてたよ。
「ただ、野辺山君はともかく、川上さんはまだ義務教育中ですから、そのあたりは協議が必要になると思いますが」
「……ていうか」
軽井沢さんの隣に立った小諸君が遠慮がちに言った。
「その、お二人の隣にいる方、どなたですか?」
「クダンです」
「違います」
モーゼが断言するが、クダンが即座に否定する。
「私は」
「あなたが何者かなんてどうでもよすぎるし」
浅科さんがボソッと言う。いわゆる無口キャラ、というか毒舌キャラだ。
「部外者が勝手に生徒会室押し掛けるとか、あり得ないし」
「ちょっとアセちゃん」
小諸君がたしなめるが、浅科さんは返事をしない。クダンも気にしない。
「部外者でもありませんが、今はそこは問題でありません」
「そうですか。とにかく、中等部以下の生徒の皆さんの今後の教育課程については相談が必要ですが、とにかく、皆さんが川南村にお帰りになるのを、生徒会として止めることはできません」
「すみません、お騒がせしました」
俺は軽井沢さんに軽く手を上げ、それからモーゼに声をかけた。
「だってさ。良かったね、モーゼ」
でも、モーゼはその場から動かない。
「モーゼ、行くよ?」
「陰謀は?」
モーゼがぶつぶつ言っている。
「戦う気満々で来たのに、なんで? どうして?」
焦点の合わない目で、隣のクダンを見やる。クダンが慌てて軽井沢さんに言う。
「ほ、本当にいいんですか?」
「いいんですか、とは?」
軽井沢さんが優雅に答える。
「この少子化の現在、せっかく増えた生徒数が突然減るんですよ?」
「何か勘違いしていらっしゃるのかもしれませんが」
軽井沢さんが髪をかき上げる。
「そもそも、生徒をここにとどめおく権利も、退学や転出の許可を与える権利も生徒会にはありませんから」
「は?」
「生徒会を何だと思ってらっしゃるんですか? 我々だってまだ未成年。子供にそんなことを決める権利などあるはずもないでしょう」
……まあ、そりゃそうだ。
ここは公立の教育機関。生徒会に何でもかんでも任せるなんて、ラノベやアニメみたいなことはあり得ない。
「子供にそんな重要なことを決めさせるのか?」とマスコミに叩かれ、ツリッターで炎上するのは目に見えている。
「で、でも、さっき構わないと……」
「生徒会は一応全校生徒で構成されています。生徒会が許可できるのは、せいぜい、川南の皆さんが生徒会所属を辞めることくらいです」
軽井沢さんの全くの正論。
でも、モーゼがやばい。焦点がますます合わなくなっている。
何か言おうか、と考えていた時、クダンが「フン」と鼻で笑った。
「子供、ね」
腕を組み、首を傾げて軽井沢さんを見下ろす。
「何か?」
「いえ、別に」
その視線は、軽井沢さんの目ではなく、その下方を見つめている。
「何ですか」
「まあ、確かに子供ですよね」
そして腕を組みかえる。
見ないようにしても、ついつい揺れるそれが視界に入る。
「まあ、子供だからしょうがないですよね?」
「何をおっしゃりたいんですか?」
軽井沢さんの表情が引きつり始める。クダンはもう一度鼻で笑う。
「な・に・を・おっしゃりたいんですかっ……!?」
クダンがもう一度腕を組みなおし、「別に」と答える。
「やばい」
ポティ君が呟く。
「いけない」
フェラさんが囁く。
「会長の難点」
ポティ君。
「会長の弱点」
フェラさん。
「雄牛でも雌牛でも、火で焼いて粉々に砕くべし」
浅科さんが吐き捨てる。
「前言撤回します」
軽井沢さんの、普段からは想像できない低い声。
「か、会長?」
「川南村の人たちは、ずっと生徒会に所属し、奴隷のようにエジ校に尽くすことを、生徒会長の権限でここに命令します」
「いや、会長。そんな権限ないじゃないですか?」
「小諸君は黙ってて!」
軽井沢さんが怒鳴り、そして立ち上がった。
「ちょっとばかり乳が大きいからって調子に乗って。この屈辱、七倍どころか七十七倍にして返して差し上げますっ!」