第9話 五年後の二人 3
エピソード文字数 3,627文字
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これが演技なんて俺には思えなかった。
本当に俺のこと。忘れちまったのかよ……
まさかお前からそう言われるとは思わなかった。
その視線はとても冷ややかで、俺の知る聖奈とはまるで別人に見えてしまう。
しかし平八さんの提案を聞くなり、聖奈は強い口調で言い放つ。
お前……
マジで忘れちまったのか?
こんの野郎……
急に元気になったかと思えば、一人で勝手にキレまくりやがって。
だけどその方が妙に落ち着く自分がいた。
それでこそお前だと。聖奈だと思った。
そう言うと、聖奈は平八さんの胸倉を掴むのをやめた。
一安心する平八さんに笑顔を見せ、その横にいる聖奈を睨みつけていた。
聖奈が睨み返してくる。激しい怒りなのはすぐに分かった。
恥ずかしがったり、お前らしからぬ笑顔を見せられるより、よっぽどマシだ。
つまらん遊びなど、これが最後だ。
お前が思い出そうが、出すまいか、そんな事はどうでもいい。
平八さんを信じないお前にムカついてるんだ。
スマホを見ると午後四時すぎ。
入れ替わりサイクル的にもベストタイミングだ。
見せてやるよ。聖奈。
その怒り狂った顔がどうなるのか、見せてもらおうか。
※
俺は車の中で入れ替わりを行おうとした。
後部座席の窓はスモークになっており、外からは見えないだろうし、マジで信じていない聖奈には目の前で見せるのが一番効果的だろう。
ブレザーを脱ぎ、シャツのボタンは3つまで外す。
こうしないと入れ替わった直後にボタンがはち切れちまう。つまり女になると胸が出てくるからな。
ズボンも膝まで下げないと、股の部分からビリっと破れる可能性がある。男よりもやたら尻がでかくなっちまう。
聖奈は睨んだままだったがじっと俺を見ていた。その瞳は僅かに迷いが見えるようだ。
ったく……これから何が起こるのか分からないような、そんな面しやがって。
俺はシートに身体を横たえると、いつものように力を抜いてリラックスする。
他の人間に見られているというプレッシャーがあると中々成功しないが、それよりも聖奈に見せ付けたかったという気持ちがあったのか、あっさりと変化していくのが分かった。
ちょっと。平八さん。こ、こんな事で…… 大袈裟じゃないですか?
ちなみに麗華って言うのは親父の事で、女の時に使う名前だ。
聖奈も流石に認めざるを得ないだろう。
目の前で見せてやったんだからな。
案の定、聖奈は目を見開いたまま固まっていた。俺は思い出したように自分の鞄に入れてあるヘアゴムを取り出した。

長い髪を一括りにすると、いつものポニーテールが完成する。
小さい頃からずっと、楓蓮はこの髪型って決まってるんだ。
未だにこれしかできないって説もあるが
聖奈はそこまで言っておきながら、目開いた瞳が徐々に閉じてゆくと、小さな声で呟いた。
「やっぱり思い出せない」と。
これには平八さんもショックだったのか、聖奈お嬢様と一言漏らした後、先ほどのように顔を抑えてしまう。
聖奈も落胆し俺から離れると、車に乗り込んだ時のように下を向くのであった。そんな重い空気が漂う中、耐え切れずに声のトーンを上げて励まそうとした。
ん?
何かちょっとおかしくないか? 無二の親友?
そりゃまるで理想の友好関係のような言い方にやたら違和感を感じた。
思わずルームミラー越しに平八さんを見ると、何故か目を逸らしやがった。
無二の親友とか。そうじゃなくって……
女王様と奴隷みたいな関係だと思ってるんですけど。
こりゃ平八さんが悪いだろ。
あまりにも真実とかけ離れた話になっちまってたからな。俺達の関係は親友とは程遠い、主従関係にあったんだから。
聖奈にこってり絞られる平八さん。クールだった顔は崩壊し、頬は聖奈に抓られた跡がくっきり残ってやがる。
ボコボコにされる平八さんを見てると、ふと懐かしく感じてしまい、無意識にふふっと笑ってしまうのだった。
だけど無二の親友と言うのは……あながち間違っていないかもな。
俺達の正体を知り、内密にしてくれた点や、それを分かってて遊んでくれた事は、後にも先にもお前達だけなんだ。
おいおい。そんな事実は無かったかのような顔すんな。
忘れたからってチャラにしろとか言われても無理だから。
とにかく今から説明するけど、
平八さんにどう吹き込まれたのかは知らんが、真実を知ってショックを受けるなよ。