第9話   五年後の二人 3

エピソード文字数 3,627文字


 ※



もういいわ。もうやめよう平八。

やっぱり何も思い出せない。私……この人を見てても何も……何も感じない

これが演技なんて俺には思えなかった。

本当に俺のこと。忘れちまったのかよ……

ごめんなさい黒澤君。私からのお話はそれだけだから。時間を取らせてしまってすみません
聖奈。お前……
今日の事は誰にも言わないし、学校でもあなたに過剰に接したりしない。それでいいでしょう?

 まさかお前からそう言われるとは思わなかった。


 その視線はとても冷ややかで、俺の知る聖奈とはまるで別人に見えてしまう。

もう、あなたの事なんて……覚えていないのだから
待ってくださいお嬢様! もう一つだけ……平八のお願いを聞いて下さいませ
平八さんがこちらを向いてまで制止すると、今度は俺に向き直る。すると平八さんはこんな事を言うのだ。

蓮ぼっちゃま。お願いがございます!

聖奈お嬢様の前で……楓蓮お嬢様に……なっていただけませぬか?

 平八さん……

 しかし平八さんの提案を聞くなり、聖奈は強い口調で言い放つ。

あのね平八。ずっとおかしいと思ったのよ。

昔の親友が男だったなんて聞いてないし。私はずっと女の子だって聞いてたのに!

 お前……

 マジで忘れちまったのか?

男が女になる? そんなふざけた事ができる訳ないじゃない!

ありえないわっ! バカじゃないの?

 俺の事を……全然覚えていないのかよ。
お願いします! 蓮ぼっちゃま!
もういいって言ってるのよ! お話は終わり。あんたもさっさと降りなさいよ!


 こんの野郎……

 急に元気になったかと思えば、一人で勝手にキレまくりやがって。



 だけどその方が妙に落ち着く自分がいた。

 それでこそお前だと。聖奈だと思った。


分かった。女になってやる。だから大人しくしろ

 そう言うと、聖奈は平八さんの胸倉を掴むのをやめた。


 一安心する平八さんに笑顔を見せ、その横にいる聖奈を睨みつけていた。

いいか? 俺は平八さんが頼むからやるんだ。お前の為じゃねぇ。勘違いすんなよ

 聖奈が睨み返してくる。激しい怒りなのはすぐに分かった。


 恥ずかしがったり、お前らしからぬ笑顔を見せられるより、よっぽどマシだ。

入れ替わってやるからちゃんと見とけ

 つまらん遊びなど、これが最後だ。



 お前が思い出そうが、出すまいか、そんな事はどうでもいい。

 平八さんを信じないお前にムカついてるんだ。




 スマホを見ると午後四時すぎ。

 入れ替わりサイクル的にもベストタイミングだ。



 見せてやるよ。聖奈。

 その怒り狂った顔がどうなるのか、見せてもらおうか。





 ※



平八さん。ちょっとだけ向こう向いててもらえます? やっぱ恥ずかしいんで
了解です

 俺は車の中で入れ替わりを行おうとした。


 後部座席の窓はスモークになっており、外からは見えないだろうし、マジで信じていない聖奈には目の前で見せるのが一番効果的だろう。



 ブレザーを脱ぎ、シャツのボタンは3つまで外す。

 こうしないと入れ替わった直後にボタンがはち切れちまう。つまり女になると胸が出てくるからな。



 ズボンも膝まで下げないと、股の部分からビリっと破れる可能性がある。男よりもやたら尻がでかくなっちまう。





…………

 聖奈は睨んだままだったがじっと俺を見ていた。その瞳は僅かに迷いが見えるようだ。



 ったく……これから何が起こるのか分からないような、そんな面しやがって。

……本当なの? すぐに女に変わるっていうの?
そうだよ。聖奈ちゃん。これを見てさっさと思い出せよ
あの頃と同じようにちゃん付けで呼んでいた。

お前は入れ替わる間も見てろ。

俺はお前に……何度も見せてきたんだからな。今更恥ずかしくも何とも思わない

 俺はシートに身体を横たえると、いつものように力を抜いてリラックスする。



 他の人間に見られているというプレッシャーがあると中々成功しないが、それよりも聖奈に見せ付けたかったという気持ちがあったのか、あっさりと変化していくのが分かった。

そんな。信じられない……


男が女に変わるなんて……

平八さん。いいですよ
 ルームミラー越しに見える兵八さんは、俺を一目見たと思えばこちらに振り返ると、女になった俺の姿に目開いてしまっていた。

楓蓮お嬢様。とても……とてもお美しゅうなられましたな。


この平八、とても感激いたしております!

そんな。改まって言われると恥ずかしいっすよ
 俺がそう言う間にも眼鏡を外してしまった平八さんは「うっ」と漏らし、顔を手で押さえ、前に向き直ってしまう。

あの楓蓮お嬢様が……こんなに立派になられるとは……


まるで麗華(れいか)さんの生き写しのように……

ちょっと。平八さん。こ、こんな事で…… 大袈裟じゃないですか?


ちなみに麗華って言うのは親父の事で、女の時に使う名前だ。

聖奈。平八さんの言う事は正しかっただろ?

 聖奈も流石に認めざるを得ないだろう。
 目の前で見せてやったんだからな。




 案の定、聖奈は目を見開いたまま固まっていた。俺は思い出したように自分の鞄に入れてあるヘアゴムを取り出した。

ここまでやらねぇと思い出さないか?

 長い髪を一括りにすると、いつものポニーテールが完成する。


 小さい頃からずっと、楓蓮はこの髪型って決まってるんだ。

 未だにこれしかできないって説もあるが

……あっ
ん? 何か思い出せそうか?
わ、わかんない……でも……

 聖奈はそこまで言っておきながら、目開いた瞳が徐々に閉じてゆくと、小さな声で呟いた。


「やっぱり思い出せない」と。



 これには平八さんもショックだったのか、聖奈お嬢様と一言漏らした後、先ほどのように顔を抑えてしまう。





 聖奈も落胆し俺から離れると、車に乗り込んだ時のように下を向くのであった。そんな重い空気が漂う中、耐え切れずに声のトーンを上げて励まそうとした。


まぁ。そんな簡単に思い出せりゃ苦労しねぇよな。


もう……別にいいじゃないか? 忘れちまったんならしょうがねぇだろ?

 自分で言っておきながらあんまり励ます感じじゃなかったか?


 こういう場合、どう答えていいのか考えていると、聖奈が少しだけ顔を上げて、声を震わせながら喋り出した。 

あなたの事は平八から聞きました。


小学生の頃とても仲が良くていつも一緒に遊んで……唯一無二の親友だったと。


それなのに……何も思い出せないなんて……

ん?


何かちょっとおかしくないか? 無二の親友?
そりゃまるで理想の友好関係のような言い方にやたら違和感を感じた。



思わずルームミラー越しに平八さんを見ると、何故か目を逸らしやがった。



ちょっと待った。それはちょっと違うぞ
えっ?

確かにお前とはよく遊んでた。

遊んでたとは思うが……そんな関係じゃなかったぞ。ねぇ? 平八さん

 無二の親友とか。そうじゃなくって……

 女王様と奴隷みたいな関係だと思ってるんですけど。

どういうこと? 平八?

いや、この平八にはお二人の関係が、理想の関係であり親友だと。


そう見えておりましたゆえ……

いやいやいや。違うって!
それは言いすぎでしょ? ちょっと昔話を美化しすぎですよ

どういうことよ。


……平八? もしかしてあんた嘘ついてんの?

ちゃんと正直に話しなさい! どういう事なの?

 こりゃ平八さんが悪いだろ。

 

 あまりにも真実とかけ離れた話になっちまってたからな。俺達の関係は親友とは程遠い、主従関係にあったんだから。

あだだだだだっ。お許し下さいお嬢さ、いでででで!


か、堪忍でございますゆえ……

 聖奈にこってり絞られる平八さん。クールだった顔は崩壊し、頬は聖奈に抓られた跡がくっきり残ってやがる。


 ボコボコにされる平八さんを見てると、ふと懐かしく感じてしまい、無意識にふふっと笑ってしまうのだった。





 だけど無二の親友と言うのは……あながち間違っていないかもな。


 俺達の正体を知り、内密にしてくれた点や、それを分かってて遊んでくれた事は、後にも先にもお前達だけなんだ。

もうその辺にしてやれよ

だって酷いじゃない! 私はずっと……信じてたのよっ


凄く仲の良い友達だって、そう思ってたのに!

待てってば。じゃあ今からちゃんと話してやるから
……分かったわよ
ってかさ、マジで赤裸々に語っちゃっていいの?
どうして?
俺の中でのお前の存在とは……
存在とは?

思いっきり。いじめっ子なんだが 。


事あるごとに、ボッコボコにされた記憶しかないんだけど

へ?

おいおい。そんな事実は無かったかのような顔すんな。


忘れたからってチャラにしろとか言われても無理だから。



とにかく今から説明するけど、


平八さんにどう吹き込まれたのかは知らんが、真実を知ってショックを受けるなよ。



―――――――――――――――――――

 登場人物紹介


 平八 (へいはち) 


 美神聖奈の専属運転手。身の回りの世話やボディガードでもある。


 黒澤家とは旧知の仲であり、入れ替わり体質にも理解のある人物。



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登場人物紹介

キャラのプロフィールは、章の始まりにも記載しています。


ここに記載されているのは主要人物です。

その他の登場人物は章の始まりなどに記載しています。


読者視点は神視点。

物語の中の人達が知らないことを全部見る事ができます


また、二章からはキャラの心の声まで聞こえます(フキダシが灰色)

 ★ 黒澤 蓮 くろさわ れん


 本編の主人公。高校一年


 男女入れ替わり体質。
 
 弟の凛と共に、新天地で新たに生まれ変わろうと、楽しい学校生活を送ろうとする。友人作りに重きを置き、人との付き合いにはとても慎重である。


 とても弟思いの良いお兄さん(お姉さん)

 ★ 白峰楓蓮 しらみねかれん


  蓮の女性の姿。白峰というのは偽名。

  黒澤家とは繋がりを見せないように演じる。


  心の中は男の子なので、女の子のファッションやらに興味が無い。

  とても美人なのにあまり自覚がなく、女性の姿はオマケだと思っている。

 ★ 黒澤 凛 くろさわりん


 小学校六年生


 男女入れ替わり体質。

 

 兄である蓮を慕い、とっても素直で女の子のような性格。
 ことある毎に兄に甘えてしまい、いつまで経っても、子供のままなので、蓮は凛の将来をとても心配している。



 ★ 白峰 華凛 しらみねかりん


 凛の女性の姿。

 外部との接触が無いので、彼女の存在を知るのは家族だけ。

 楓蓮と違い、おしゃまさん。


 ★ 美神聖奈 みかみせいな


 高校で蓮と同じクラスとなる。実は小学四年生までの幼馴染。


 容姿端麗。成績優秀。運動神経抜群。リーダーシップ抜群。お金持ち。

 など、全てを兼ね備えている人。


 二人目の主人公。

 ★ 白竹 美優 しらたけ みゆう


 蓮と同じクラスとなる。ピンクの髪が目立つ美人。

 自分の家の喫茶店で働いており、メイド服で接客をこなす。


 学校と喫茶店では、雰囲気がまるで違うのには理由があり……

 

 三人目の主人公。 

 

 ★ 白竹魔樹 しらたけまき


 蓮の隣のクラス。美優は双子の姉弟。


 学校ではとてもクール。喫茶店では男の娘?

 双方を知る蓮にとっては、非常に疑問な人物。


 四人目の主人公

 ★ 染谷龍一 そめやりゅういち


 蓮と同じクラスとなり、前の席という事で付き合い始める。

 わりと積極的。学校ではいつも笑顔で誰にでも優しいが……

 

 五人目の主人公

 ★ 平八 へいはち 


 聖奈専属の運転手。

 黒澤家の秘密を知っており、蓮の親である麗斗(れいと)とは旧知の仲



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