第9話

文字数 853文字

 妹は屈託のない、明るい中学生になった。文章を書くのが得意で、小学六年のときは作文コンクールで金賞をとり、新聞社が発行する文集にその作品が載ったこともある。中学生になってからも才能を活かして、書いたものを校内弁論大会で発表した。テーマは『わたしの兄』。僕の新聞配達のことを述べたものだ。僕は高校に進んでいたので聴くことはできなかったが、後で読んだ。それの最後には、兄を誇りに思う、と結んであった。僕は恥ずかしい、と思うと同時に、妹を愛おしくなった。

 高校生活は楽しかった。生徒会の役員も引き受け、充実した三年間だった。良い友人も出来た。
 二年生の秋、修学旅行があった。僕は当初から参加するつもりはなかった。小学でも中学でも行かなかった。だが高校の友人達は、自分たちの小遣いを寄せ合うので是非一緒に行こう、と言ってくれた。
「おまえは俺たちの生涯の友人になるはずだ。一人だけ残しては行けない」   
 僕は断ったが聞き入れてくれない。そのことを母に伝えると、「いい友達をもって幸せだよ。行きなさい。お金のことは大丈夫だから、友達からは好意だけをもらっておきなさい」と、僕の心配をよそに平然と言った。その頃は経済もよくなり、以前より生活にゆとりも感じられるようになってはいた。だが、来春には妹も高校に入学する予定だし、修学旅行に行けるまでの余裕があるとは思えなかった。
 母は、僕が渡していた新聞配達の給料を貯金してくれていたのだ。
 修学旅行は楽しかった。というより、驚きだった。初めて体験するものばかりだった。新幹線、都会の繁栄、そして科学技術――。
 この経験は僕に向学意欲をもたらした。
 そして、貯金の残りは大学の入学金になった。
 地元の大学には夜間部がなかった。僕は母に「四年だけ夜間部のある大学に行ってくる。そのあと帰ってくる」と言った。
「今から自分の可能性を狭めては駄目だよ。自分の進みたい道を選びなさい。お母さんのことを考えているなら心配無用だよ。卒業後の人生はおまえのものだよ」
 母はきっぱりと言った。
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