サボ

文字数 1,392文字


「サボ」と一言で簡単にいうけれど、実はあれの交換は、かなりの重労働だと思う。
 12連の113系が終点の駅に到着したとして、乗客をすべて降ろした後で係員がやってくる。
 たしか5、6人の班だったと思うが、左右のドアを全部開け、サボを一枚ずつ引き抜き、別のものと取り換えてゆく。
 場合によっては裏返すだけでよいこともあるが、旧型客車と違って、電車のサボは客ドア上の高い所にあるから、大きく身を乗り出しての作業になる。
 しかもホーロー引きの鉄製で、それなりのサイズがある。こんなものが軽いはずもなく、12連だから24枚。ガチャガチャと騒がしい。
 ついでだから、現在とは違う昔の駅の賑わいについて少し…。

 よほど小さな駅ではない限り、ホーム上には事務室があって、そこにはいつでも駅員がいる。
 もちろんこの部屋の中でずっと待機しているのではなくて、列車が到着するたびにホームに出て、マイクロフォンを持って案内放送をする。ドアを閉める時には、安全を確認して、車掌に合図を送る。

 大きな駅には、幅の広いひもで首から吊り下げるようになった平たい木箱を持って、駅弁を売っている人がいる。
 駅弁のほか、茶、酒、ジュースなど。季節によっては、ミカンやクリも扱う。

 SL時代の名残りで、大きな洗面台がホームにずらりと並んでいる光景も珍しくはなかった。
 下車した時や、長い停車時間を利用して、乗客は顔を洗い、SLのすすを落とす。
 年代がずれるので、私はSLをほとんど見たことがないが、洗面台はまだ残っていた。米原駅を思い出す。神戸駅にもあったかもしれない。

 マニやスニがやってきて小荷物を下ろすが、ホーム上では荷車が待ち構えている。
 鉄製で小さな車輪の付いた3輪のもの。たいがい赤く塗られていたように思う。
 これに小荷物を山と積み上げ(あまり丁寧な取り扱いではない)、人がゴロゴロと押して行く。
 押して行くのは、もちろんホームの上をですぜ。だから昔の駅ホームは、広くなくてはならなかった。
 駅によっては、オユやスユが停車して、郵便物を取り扱うが、郵袋も同じ荷車に乗せて運ばれていたように思うが、小荷物を積み下ろす人と、郵袋を積み下ろす人はもちろん異なる。
 小荷物は国鉄職員だが、郵袋は郵政省の職員。

 この荷車も、何台にもなると人力では大変すぎるから、大きな駅ではエンジン付きのトラクターで引っ張ることになる。
「ターレット」と呼ばれる変わった形の車両で、今でも大きな卸売市場などでは同じものが使われていると思う。
(駅で使われるターレットには、ナンバープレートはついていなかったと思うが、卸売市場のものにはついていることがある)

 しかし、荷車に積んだ小荷物にしろ郵袋にしろ、こちらのホームから隣のホームへ移動させる時にはどうするか。
 高架駅ならホームにエレベーターがあって、荷車ごと下の階へ下ろすことができる。
 昔の駅は、人間用のエレベーターがまだない時代でも、荷物用のはあったわけ。
 荷車のホーム間の移動だが、高架駅ではない場合にはエレベーターは使えない。
 そこで、昔の大駅にはよく「テルハ」があった。
 これは線路の上をまたぐ橋と、そこを走るウインチのようなもので、クサリをつけて荷車を引き上げ、グイングインと隣のホームまでゆっくりと移動する。もちろん人間は乗ることができない。

 すべて、失われてしまった昔の物語…
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み