第8話 カルナー=メンサ

文字数 1,496文字

「なぜ、あなたたち2人が、街に残ったのですか?」
 あらかた、必要なものを買い込んだあと、最後に寄った狩猟用具店で、ルナはあらためてそう訊ねた。
「……ぼくら二人は、カルナー=メンサの派閥に属しているんだ。だから、ルパード=ケナルス率いる討伐隊には参加しなかった。」
「どういう意味です?」
「カルナーはフォスターの師匠だ。そもそも、今回、狩りに参加したやつらの半分くらいは、本来カルナーの弟子筋にあたるはずだ。だけど、やつらはルパードについた。」
「カルナーという人も、討伐隊に参加したのでしょう?」
 ルナは首をかしげた。アーサーはいまいましげに続けた。
「カルナーは、この作戦には反対だったんだ。別の策があったんだと思うけど、詳しくはわからない。とにかく、決戦を急ぐのは危険だといっていた。それで、ルパードとは意見が対立したんだ。ルパードだって、カルナーの弟子の一人なのに。」
「偉大なかただったのですね?」
「もちろん。……いや、君にはわからないよ。」
 思わず、いら立ちをぶつけていた。
「結局、カルナーはルパードと決闘することになった。……そして、負けたんだ。ルパードが意見を通すことになり、カルナーもやむなく討伐隊に参加した。でも、他の退魔師が参加するかどうかは自由意志に任されていたから、ぼくとフォスターは、カルナーの意をくんで残ることにした。」

 思わず、漏れ出てしまったという様子で──
 アーサーは、ルナの目をにらみつけて、訊いていた。

「ぼくたちを卑怯者だと思うか?」 
「いいえ。」
 あっさりと──まるで、あたりまえのことのように、ルナは答えた。
「己の信ずるところをなすのが、当然です。天もそう言っておられます。」
「天だって?」
「私は、天教の巫女ですから。……たとえ死しても、己の信ずるところに従うのが、天の教えです。あなたがたは、あなたがたが正しいと信じることをした。それでいいではありませんか。」
「それなら……」
 もう、やつあたりだ。わかっていたが、止められなかった。
「決闘に負けたために、ルパードの部下になって狩りに出たカルナーは? 正しくないと?」
「そうですね……」
 たまたま、手を触れたとでもいうように。
 棚の上にあった短剣を、ルナは無造作に抜き放って、刀身をかざした。
「……私なら、自分が正しいと思うことができなくなるような決闘は、いたしません。あるいは──」
「あるいは?」
「──どうしてもするのなら、死ぬまで、負けを認めずに戦うでしょう。」

 曇りひとつない、鉄の刃。海のむこうからの輸入品らしい。
 巫女が短剣など使い慣れているはずもないが、なぜか、やけに似つかわしく見えた。
 刀身に銘文が刻んである。

『刃にて鬼神悪鬼を祓う可し』

 アーサーが黙っていると、ルナはすとんと短剣を鞘におさめて、
「これ、買います。自費で。」
「……必要な装備だろ。フォスターにもらった金で買えばいい。」
「いえ、──これは、自分で買いたいんです。」
 本当に──、何を考えているのか。
 アーサーはもう、理解するのをあきらめて、
「これを。」
 入り口近くにあった、長い木の棒をルナに放った。
「刃物もいいが、こっちのほうが必要だと思う。持っておきなよ」
「……まじない用ですか?」
 魔法を使うのに、道具など必要ない。アーサーも魔法使いである以上、そんなことは知っているはずだが。
「山歩き用の杖だよ。……きみは、狩りを甘くみてる。」
 そう言って、アーサーはわざとらしくため息をついてみせたが、すこしも溜飲は下がらなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み