幸せなゴール

文字数 1,542文字

 ウエディングマーチが高らかに流れ、目の前のドアが開くと、大勢の人たちの笑顔。そして父に導かれて歩く先には、まばゆく光り輝くステンドグラス。その前には、私を待ち受けるタキシード姿の男性。そしてその顔は……その顔は作りはイマイチだけど、柔和な笑顔を浮かべた愛すべき純平だった。
 
 
 披露宴でも、純平は持ち前の気遣いを発揮し、誰もが心地よく過ごせる空間をつくった。特に、私の親族や友人たちには細やかに気を配ってくれた。
 最初はそのルックスを疑問に思ったであろう友人たちも、打ち解けるにつれ、私の選択を納得してくれているように見えた。そして考えようによっては、私を実際以上に美しく引き立ててくれているとも言える、そう思えばむしろありがたい。
 純平の人柄そのもののような、とても温かい結婚式だった。自分たちはもちろん、その場にいた人みんな、列席者のみならず式場スタッフまでもが笑顔がこぼれる、そんな楽しい時間が流れた。純平には笑顔の神が宿っている、きっとそうに違いない。
 
 
 そしてスタートした結婚生活。純平は変わらず、やさしく、私を心から愛し、とても大切にしてくれた。まさに最高の夫だった。
 そして、めでたく妊娠。もちろん、純平に似た子どもを私は覚悟した。きっと愛せるという自信もある。四十二歳にいう年齢から、この子だけを懸命に育てようと思った。できれば男の子を望んだが、生まれてきたのは女の子だった、それも見事なまでに純平そっくりの。
 そして、その娘、美智佳が中学生になると、春菜とよく出かけるようになった。従姉妹同士のふたりは、歳は離れているが姉妹のようにとても仲がいい。私と春菜がかつてそうであったように、ふたりが共通の悩みを共有し合っていることは、私にはわかっていた。思春期の女の子特有の美智佳の苦悩を春菜が癒してくれている、そう気づいていたが、私は知らないふりをしていた。
 
 
 やがて、父が逝き、後を追うように旅立った母の葬儀の日。年老いた母の兄弟たちが話していた。
「姉さん、ちゃんと義兄さんに会えたかしら?」
「あっちで必死に探しているだろうさ」
「そうよね。若い頃は相当な二枚目だったから、結婚してからもいつも浮気の心配をしていたわよね、姉さん」
「そうそう、必死に若作りをして、見ていて気の毒なくらいだったな」
 そうだったんだ……母も容姿という化け物に振り回されていたんだ。それでよく私に、中身が大切だなんてアドバイスできたものだ。でも、自分の経験から出た言葉だったのかもしれない。自分の様にはならないようにという。
 
 父の遺伝子を受け継ぐか否かの違いで、姉妹でありながら雲泥の差があることに私はずっと思い悩んできた。同じように春菜も、両親の美の遺伝子を受け継がなかったことで乙女心は深く傷ついた。そしてまた私の娘、美智佳も父親に似たことで、多難な思春期に突入していることだろう。でも、純平の心の遺伝子も受け継いでいるのだから、きっといい娘に成長し、幸せな人生を歩んでくれると私は信じている。
 葬儀に列席した姉夫婦を見て、歳をとったなあと私はしみじみ思った。いつのまにか、どこにでもいる年寄り夫婦になっていた。美貌やルックスなんて若き日の幻にすぎないのかもしれない。 
 私はそれに散々振り回されたが、母の言った通り、歳をとれば何の価値もない。いまだ変わらず純平はやさしく温和だし、そして還暦を迎えた今では、見た目も周囲の同年代の男たちとなんら変わりはない。 
(お母さん、ずいぶん心配かけたけど、私、本当に幸せな結婚ができたわ)
 火葬場の煙突から立ち上る煙を見上げ、私は旅立つ母にそう報告した。


              完

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