第2話 既視感

文字数 1,159文字

 ファーストキスに夢を見るほど純粋じゃないけど、璃子に奪われるなんて思いもよらなかった。
 
 だけど、もし彼女が口にしたことが本当だったら……あたしの胸は張り裂けそうになる。
 一夜明けて、璃子のスマホに連絡を入れてみたけど通じなくて、メッセージも既読にならなかった。
 あたしのことなんか忘れて、自分の将来がかかった大事なコンクールに集中しているのかもしれない。
 でも璃子が帰国する来月まで、このまま真偽を確かめられないまま待つなんて、とても耐えられそうになかった。

 だから意を決して和真の部屋を訪ねたのだけれど、彼の顔を見たらとても無理だと思った。
 この口から「璃子と寝てる」なんて聞いたら、あたしは発狂してしまう。
「チカ、そんな顔してどうした?」
 寝乱れたベッドが目について仕方ない。
 小さいころから何度も遊びに来ているのに、見知らぬ男の部屋のようで……少しパニックになった。
「苦しくて我慢できないの」
 和真に正面から迫り、ぶつかるように押し倒して制服のネクタイをつかむ。
「チカ?」
 戸惑った顔であたしを見上げる和真に、なぜか腹が立った。
「……少しはドキドキしてよ」
 やや厚みのある和真の唇から白い歯がのぞく。
「なんで笑うの?」
「可愛いなって思ったから」
 上半身を起こした彼は、なだめるようにあたしの頭を撫でながら言った。
「チカ、俺のこと好きだろ?」
 唐突な質問に、心臓がはね上がる。
「俺もチカが好きだ」
「嘘……」
 信じられない。夢でもみてるの?
「嘘じゃないって」
 和真はあたしを抱きしめて、耳元で低音を響かせた。
「好きだよ、チカ」
「和真……好き、大好き」
 あたしは彼にしがみついて身を震わせた。
 夢見心地で、璃子のことなんてすっかり頭から吹き飛んでしまっていた。
「キスしていい?」
 和真の指が、あたしの唇にそっと触れた。
「いいよ」
 目を閉じるとすぐ、熱い吐息とともに和真の唇が触れるのを感じた。
 軽くちゅっと音をたてて離れ、また触れては離れる。
「やだ、もっとちゃんとして」
 もどかしくなってねだると、和真はちょっと笑って、今度はやや強く唇を押しつけてきた。
 思いがけず情熱的なキスに翻弄される。

――えっ?

 まぶたの向こうに璃子の気配を感じ、あたしはハッと目をあけた。
 だけど、そこにいるのは和真に間違いなくて、薄目をあけたままの彼と視線がぶつかり、恥ずかしくて目をとじる。
 そうすると再び、璃子の気配がするのだ。

「和真のキス、おしえてあげよっか」

 璃子の言葉が脳内で再生される。
 あたしは凍り付いたように動きを止め、次の瞬間、和真から逃れて床に転がった。
「チカ?」
 キスの続きをしたいとは、もう思わなかった。

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登場人物紹介

チカ

高校二年生。趣味はお菓子作り。見た目も成績もなにもかも平凡だと自覚していて、将来の夢も特にない。和真が好き。

璃子

高校二年生。クラシックバレエで将来を期待されている。見た目も才能にも恵まれ目立つ存在だが、チカにべったりで男子には目もくれない。チカのアップルパイが大好物。

和真

高校二年生。活躍ぶりと見た目の良さからバドミントン王子と呼ばれていて人気があり、次のオリンピックへの期待も大きい。厳しく食事制限しているがチカの手作り菓子だけはやめられない。

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