〇五・ 管理人:置田多恵子(おきた・たえこ)の観察。
文字数 2,520文字
とは、多くのかたからも御指摘を頂いております。
『敷地内諸施設安全管理運用責任者』というのが正式な肩書のはずですが。
たしかに、社長がいつも、とても嬉しそうな顔で
「オキタ館長~!」…と呼んで下さいますので…
この名字は、採用と配置先の選択において重要なポイントだったのかなとは思います。
漢字は違っておりまして、置田多恵子(おきた・たえこ)と申します。
『パペル塔』一階正面玄関脇の管理人室主任総括席に常駐しております。
白色灯の老朽化点滅時や水道栓のポタ漏れや凍結、ガス漏れ疑いや痴漢や泥棒の侵入時など、諸々の御用の際には、最寄りのインカムから遠慮なくお呼びつけ下さい。
より正確には、館長ではなく『管理人さん』と。
普通に呼んで頂ければというのが、唯一個人的な希望でございます。
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最初はきちんと毎朝〇七時ちょうどの五分前までには食堂に入室完了し末座に着席して待つようにしておりました。
しかしこれは失敗でしたね。
調理員の和子さんを慌てさせたり恐縮させたりしますので。
次には〇七時の五分後ちょうどを狙って入室するようにしてみたところ、今度は、ほぼ同じタイミングで美味賜香子社長を始めとして他の主だった重職スタッフの皆さんが次々に座って、それぞれが好みの主菜の注文を勝手に繰り出すので、やはり和子さんの仕事が立て込んでしまう時間帯に当たり、非常に大変そうで申しわけありませんでした。
そこで朝の館内見回り業務を一カ所先に片づけることにして、〇七時十五分を自分なりの定刻と定めましたところ、初日こそ美味賜社長に「あれ?」という顔をされた他は何の問題もなく。
その後はその定時を原則きちんと守るようにしております。
ご飯はとても美味しいですね。おかわりも自由なところが良いです。
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さて時間を少しずらして朝食を摂るようにしたところ、ひとつ気がついたことが。
美味賜社長は毎朝〇七時一〇分ころから食べ始める習慣のようですが、基本がかなりゆっくり食べる人で、さらに、食べ終わった後もかなり長い間、食堂から動かない。
まれに漫画家スタッフ一同が何故か〇七時台に勢ぞろいするという珍事が発生することがあって、おもに徹夜明けで原稿を編集者に渡した直後、という事例らしいですが、そうすると、想定外事態なため大食堂の普段使いの卓だけでは、席が足りなくなります。
気がつくと、そういう場合、美味賜社長はカウンター席のいちばん左側の隅っこという社長とは思えない末座の定位置から素早く離れて。
廊下との境目にある軽食談話スペースの丸椅子に、さりげなく移動をするわけです。
すぐ向かいの事務室エリアに入れば御自分専用の整えられた執務ブースと大きな接客ソファがあるし、あるいは上階の専用私室であるペントハウスに戻ったほうが、食後の一服という意味ではくつろいで過ごせるでしょう。
でも、食堂の隅がお好きなようなんですね。
食事が一通り終わった後でも、お茶を淹れてもらったり、デザートをおかわりしたりしながら、かなり遅れて来るスタッフが〇七時五〇分頃から慌てて食べ始めるのに寄り添って座り直して声をかけたりして過ごし、だいたいいつも〇八時一五分過ぎくらいまでは、食堂にいらっしゃいます。
なるべく、入寮者全員の顔を見て挨拶できるまで待つ、というお考えではないかと思います。
普段あまり管理職とか社長という肩書が似合う人のようには思えませんが。
できるところで、そうやって全体の空気とスタッフ各個人を観ている。
そういう、感じがしますね。
今朝もいつもの『校閲&社史編纂室』長が、毎度の徹夜明けらしい真っ赤な眼をしてよろよろと自室から這い出していらっしゃるまで、〇八時三〇分過ぎ頃まで、食卓の隅で、のんびりと待ち構えていらっしゃいました。
お二人はとても仲がよろしくていらっしゃるようですが。
どうも、仕事の内容からなのか、生活時間帯が、完全にずれていて。
なかなか直接に顔を合わせる機会がなく。
同じ寮内に棲みながら、普段はメールでのやりとりが主になってしまっている、というお話を社長から伺ったことがあります。
それもあって、いつもお待ちになっているのかもしれませんね。
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遵守せずとも怒られるわけではありませんが、基本のルールとしてはマルナナ…午前七時から八時までが、寮内在住スタッフの朝食時間、午前八時から九時までが通勤組で食事希望の社員の食事時間、と一応区分けされております。
午前九時には一旦『全社朝礼放送』が流され、食堂が簡単な朝礼の場となって、情報伝達と打ち合わせなども続けてこの場所で行われます。
食事をとりながら耳だけ参加している者も案外多いようです。
そのあとも午前十時までに来れば和子さんお手製の主菜をオーダーして作り立てを出してもらうことが出来ます。
昼食時間は住所の区分なく午前十一時から十三時まで。
その後十四時からがホットドッグや作り置き冷凍総菜などを使った簡単な軽食のみの『ハイヌーン・タイム』となっており、十五時が和子さんの退勤時刻になります。
交代で、こちらは日替わりの『夕夜食スタッフ』が敷地内併設レストランから派遣されて十四時五十分までに出勤して参ります。和子さんと簡単な在庫管理などの引継ぎと打ち合わせの後、十五時からが手作りジェラートや焼き立てホットケーキなどが食べられる『本格アフタヌーン・ティータイム』となります。
和子さんはこの時間帯に御自分の昼食を採られますね。
よく注文しているのが『フランス風ソバ粉のガレット』の『何とか風』です。
一度ご相伴に与かりましたが、大変美味でした。
あいにくフランス語の料理名が憶えられなかったため、自分では注文できないのが、目下唯一の不満事項です。