第1話 初めまして、みいこです。

文字数 1,981文字

 教習所の教習課程で初めてS字カーブに入った時に、運転とは全く関係のない雑談を教官に振ってしまった時のような間の悪さ。教習所に行ける年齢ではないのだけれど。
 私はなんてタイミングの神様に愛されていないのだろう。

 開いた掌の中には、くしゃくしゃになった水羊羹。
 腰には昨日まで優しかった蛇が巻き付いて私を威嚇する。
 踏んだり蹴ったり引っ掻いたり。
 
 私たちはジャンケンをしていた。グーとチョキとパーで勝敗を分かつあれだ。私にはジャンケンをする人たちがいる。そこには感謝をしなければならない。しかし、それとは別の問題が現在進行形で発生している。
 カラスが泣いていた。私だって泣きたいけど、カラスが泣いてくれるなら涙を我慢できると思った。私は泣かない虫だ。
 一体何が起きているのだろう。おそらく読者の方々もそう聞きたいだろうけど、先に疑問を口にした私の勝ち。今の瞬間話し手は貴方に変わる。主導権を譲ろう。






 なんだかこの場面見たことがある気がする。
 学校で授業中に活発な男の子たちが騒いでいると、それを見ていた先生が板書をする手を止める。それから、こう言うんだ。
「そんなに喋りたいなら、お前が授業するか? ほら先生は見ているから前に立って授業始めてくれ」
 そう言うと、その男の子たちは急に黙っちゃって、塩をかけられたほうれん草みたいになる。
 今まさにそんな感じのような気がする。
 ごめん。意地悪をしたいわけじゃないんだ。ただ正確に心情を描写したいだけなんだ。

 ジャンケンしていた話をそろそろした方がいいかな。
 要は私と他三人で昼食をどこで食べるか決めあぐねていたんだ。そこで、四つの候補を出した。ファストフード店、ファミレス、パスタ、ラーメン屋。それぞれ担当する店を決めて、ジャンケンで勝った人の担当する店に全員で行こうということになった。私が担当したのはラーメン屋。正直、誰も彼もラーメン屋に行きたいとは思っていなかった。だけれど、候補は四つ出さなければいけない掟みたいなものが形成されつつあったから、仕方なく出したんだ。そして、担当する店を決めるジャンケンをして、負けた私はラーメン屋担になった。
 次の試合、私は時間が止まったような気がした。
 なぜかって、私から見て、右上方からバスケットボールが飛んで来たからだ。勿論、相変わらずカラスも飛んでいたよ。
 つまり、私は身の危険を感じたから、脳が普段よりも何倍もの速さで回転して、危機回避しようとしたってことだと思う。そして時間が止まったと錯覚した。実際には止まっていないけど、止まっているかも、と思った瞬間、一旦変顔しちゃったんだ。それがいけないことだってことは私が一番よく分かってるし反省してるんだから、あんまり責めないでよ。
 そんなことして時間を無駄にしている間に、皆の手の形が見えて、三人ともチョキを出そうとしてるのが明らかだったんだ。
 だから私はパーを出して負ければ良かったんだ。
 だけど、私は運動神経悪いから、そんなに冷静になれなかった。

 当事者じゃない貴方には分からないよ。
 それにバスケットボールをかわす余力と時間だって残しとかないといけなかった。
 私は呪った。ジャンケンは勝った方がいい、という幼き頃に植え付けられた固定概念を。
 恨んだってもう遅いのにね。

 私はグーを出してたよ。ギュッとね。私のはグーっていう力強いものじゃなくてクーって感じの未熟で自立できてないみたいな拳だったけど。でもクーでもチョキには勝てる。皆にはグーに見えていたのかな? 

 結局、バスケットボールは避けられなかった。私に当たったバスケットボールは数回バウンドして、近くにあったブラックホールに吸い込まれた。バスケットボールは罰を甘んじて受ける覚悟だったみたいだ。何にも言い訳しないから冤罪だったんじゃないかなんて考えた。残ったのは顔面に傷を負った私と顔面に傷を負っていない三人と一つのクーと三つのチョキだけだった。
 私は勝負に勝って、勝負に負けた。やびっ。試合に勝って、勝負に負けただった。
 ラーメン屋に行くことは別にいいんだ。明日から食事量を減らして調節すれば太ることはないんだから。一つ心残りなのは、バスケットボールを投げた人が心を病んでいないか、ということだ。
「ボールに当たる奴が悪い」
 と言ってしまえるほど、相手が幼ければ、私は距離を置いてその人と月を見ればいい。
 けれど、大変申し訳ないと、その日の夜考え込んでしまうような人だったら、私は何をしていいか分からない。心の絆創膏の具体物を用意しようか。
 私はボールを投げたまだ見ぬその人を想った。

「そんな人の心配ばっかりして、優しんだね」
 貴方がそう思ったんだったら、優しいのは貴方だよ。
 今までの語りは、人の優しさに憧れてしまう貴方の優しさを肯定するためだけの作り物。


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