第4話 処刑される!
文字数 1,776文字
アウグスト王は黄金に関してむき出しの執着を示しており、ヨハンの前にも何人か錬金術師を抱えては失敗してきた。ヨハンが何人目だったか私の記憶にはないが、王が彼に寄せる期待の度合いは格別だったと思う。
王はとにかく貴族たちの前で豪語していたものだ。
「余は今度こそ、本物の錬金術師を抱えたぞ!」
ヨハンは王宮内に建てられた「黄金の館」で贅沢な暮らしを始めたが、いかにも胡散臭く成り上がり者といったその風情は、本当に陛下に黄金を捧げられるのかという疑念を招いたものだった。
国王の期待が高いだけに、ネーミッツが快く思わなかったのは当然である。隙あらば錬金術師を蹴落としてやろうと、ヨハンの粗探しに躍起になっていたようだ。
つまりネーミッツにとって、本人が国王を裏切ってくれたのはまことに好都合なのだった。ヨハンを処刑に追い込めば、ついでに彼と親しくしていた私の失脚まで視野に入ってくるのだから、もううれしくてうれしくて笑いが止まらないだろう。
自分の置かれた状況に思いを馳せると、私自身、つま先立ちで崖っぷちにいるようである。
絶望的な状況なのに、ヨハンはこの期に及んで弁明をする気のようだった。ぶるぶると震えながら上体を起こし、彼は焦点の合わない目を国王の方へと向けた。
「おれは、神に選ばれた男なんだ……」
うわ言のように言いつつ、ヨハンはよろめきながら王の足元にひざまずいた。
「陛下、嘘ではありません。わたしは必ずや賢者の石を手に入れ、秘法によって黄金を生み出してみせます。でも、そのためには時間が必要なんです」
「まだそのようなことを申しておるのか。このペテン師め」
また別の貴族が叩きつけるように言った。もちろんこの男もネーミッツ派である。
「嘘でないのなら、さっさと黄金を作れば良いではないか。どうせ秘法など知らんのだろう? 最初から陛下を騙す気だったのだ」
そうかもしれない、と私も思う。
今はヨーロッパのどの国に行っても、君主は錬金術を信じてその研究に巨費を投じているものであり、仮に誰かが疑念を抱いたとしてもそれを口にはできない。ネーミッツ達も錬金術そのものを否定すると国王を否定することになりかねないため、ここではヨハンの個人攻撃というやり方を取っている。
それでも多くの者が、錬金術というものに一種のいかがわしさを感じているのも事実だった。きちんと科学的知見に基づいたものなら精査する意味もあろうが、錬金術師を名乗る一部の人々の手法は明らかに疑わしいのである。
「さあさあ、お立ち会い! 投資は十倍になって返ってきますよ」
彼らはまず派手な話術で王侯貴族の興味を引き、その中で本当に投資した人間だけを招いて錬金術の実験を披露するという。実験とは名ばかりで、インチキ手品に等しいという話も聞くが、彼らも生活がかかっているのでなかなかうまくやるらしく、その場で見破られることはまずないそうだ。
錬金術師たちはしばらくの間、美女と美食に囲まれた贅沢な暮らしを堪能するが、やがて頃合いを見計らって脱走する。最初から逃げ切れる自信があってやるのだろう。
もちろん捕らえられたら後はない。錬金術師の処刑は最も残酷な方法で行われると決まっていて、例えばプロイセン公国では、ご丁寧にもニセの金でできた鎧を着せられ、ニセの金でできた絞首台で命を奪われた者がいたそうだ。
そうした騒ぎに巻き込まれたくなければ、錬金術師とは付き合うべきではない。これはまともな貴族にとって常識であり、侯爵に忠告されるまでもないことだった。
なのに、なぜだろう。私はどうしても、ヨハンだけは放置しておけなかった。
彼と陛下とが決裂したと聞くたび、私はいても立ってもいられず王宮へ飛んで行き、ヨハンが不器用なだけで決して人柄は悪くないこと、そのうち成果を上げるだろうということを必死に訴えてきた。いけないと思いながらも、そうせずにはいられなかったのである。
今回も危うく、やってしまうところだった。侯爵が止めに入ってくれて良かったというものだ。
やはり逃亡は大きかったというべきか、事態はもはや取り返しのつかない所にまで来てしまったように感じる。
ヨハンは処刑される。間違いない。
皆が視線を泳がせ、今か今かと判決の瞬間を待っている。
私も目を閉じ、必死に心の準備をするしかなかった。
王はとにかく貴族たちの前で豪語していたものだ。
「余は今度こそ、本物の錬金術師を抱えたぞ!」
ヨハンは王宮内に建てられた「黄金の館」で贅沢な暮らしを始めたが、いかにも胡散臭く成り上がり者といったその風情は、本当に陛下に黄金を捧げられるのかという疑念を招いたものだった。
国王の期待が高いだけに、ネーミッツが快く思わなかったのは当然である。隙あらば錬金術師を蹴落としてやろうと、ヨハンの粗探しに躍起になっていたようだ。
つまりネーミッツにとって、本人が国王を裏切ってくれたのはまことに好都合なのだった。ヨハンを処刑に追い込めば、ついでに彼と親しくしていた私の失脚まで視野に入ってくるのだから、もううれしくてうれしくて笑いが止まらないだろう。
自分の置かれた状況に思いを馳せると、私自身、つま先立ちで崖っぷちにいるようである。
絶望的な状況なのに、ヨハンはこの期に及んで弁明をする気のようだった。ぶるぶると震えながら上体を起こし、彼は焦点の合わない目を国王の方へと向けた。
「おれは、神に選ばれた男なんだ……」
うわ言のように言いつつ、ヨハンはよろめきながら王の足元にひざまずいた。
「陛下、嘘ではありません。わたしは必ずや賢者の石を手に入れ、秘法によって黄金を生み出してみせます。でも、そのためには時間が必要なんです」
「まだそのようなことを申しておるのか。このペテン師め」
また別の貴族が叩きつけるように言った。もちろんこの男もネーミッツ派である。
「嘘でないのなら、さっさと黄金を作れば良いではないか。どうせ秘法など知らんのだろう? 最初から陛下を騙す気だったのだ」
そうかもしれない、と私も思う。
今はヨーロッパのどの国に行っても、君主は錬金術を信じてその研究に巨費を投じているものであり、仮に誰かが疑念を抱いたとしてもそれを口にはできない。ネーミッツ達も錬金術そのものを否定すると国王を否定することになりかねないため、ここではヨハンの個人攻撃というやり方を取っている。
それでも多くの者が、錬金術というものに一種のいかがわしさを感じているのも事実だった。きちんと科学的知見に基づいたものなら精査する意味もあろうが、錬金術師を名乗る一部の人々の手法は明らかに疑わしいのである。
「さあさあ、お立ち会い! 投資は十倍になって返ってきますよ」
彼らはまず派手な話術で王侯貴族の興味を引き、その中で本当に投資した人間だけを招いて錬金術の実験を披露するという。実験とは名ばかりで、インチキ手品に等しいという話も聞くが、彼らも生活がかかっているのでなかなかうまくやるらしく、その場で見破られることはまずないそうだ。
錬金術師たちはしばらくの間、美女と美食に囲まれた贅沢な暮らしを堪能するが、やがて頃合いを見計らって脱走する。最初から逃げ切れる自信があってやるのだろう。
もちろん捕らえられたら後はない。錬金術師の処刑は最も残酷な方法で行われると決まっていて、例えばプロイセン公国では、ご丁寧にもニセの金でできた鎧を着せられ、ニセの金でできた絞首台で命を奪われた者がいたそうだ。
そうした騒ぎに巻き込まれたくなければ、錬金術師とは付き合うべきではない。これはまともな貴族にとって常識であり、侯爵に忠告されるまでもないことだった。
なのに、なぜだろう。私はどうしても、ヨハンだけは放置しておけなかった。
彼と陛下とが決裂したと聞くたび、私はいても立ってもいられず王宮へ飛んで行き、ヨハンが不器用なだけで決して人柄は悪くないこと、そのうち成果を上げるだろうということを必死に訴えてきた。いけないと思いながらも、そうせずにはいられなかったのである。
今回も危うく、やってしまうところだった。侯爵が止めに入ってくれて良かったというものだ。
やはり逃亡は大きかったというべきか、事態はもはや取り返しのつかない所にまで来てしまったように感じる。
ヨハンは処刑される。間違いない。
皆が視線を泳がせ、今か今かと判決の瞬間を待っている。
私も目を閉じ、必死に心の準備をするしかなかった。