第5話 ミナ=ブルガナンの薬草店

文字数 1,157文字

「…それで、あんたはなぜここに?」
 少し、ほんの少しだけいらだちを表にだして、退魔師フォスター=リマムはそう訊いた。
 ここは、ミナ=ブルガナンの薬草店である。ミナの息子であるアーサーは、この店で退魔師たちの姿を見ながら育った。
 アルセア王国で薬草屋といえば、退魔師の溜まり場と相場が決まっている。薬草だけでなく、松明や携帯食料など退魔師に必要な品を売り、ときには祓いの依頼を取りついだりもする。
 この店はもと旅籠で、1階の、かつて食堂だった大きなスペースが、退魔師たちの打ち合わせや歓談の場となっている。広間に、六人がけの丸机が7つ、団体用の大きなテーブルが2つ。今は、アーサーたちのいる丸テーブルのほかはすべて空いている。
「夢を見たからです。」
 帯剣した大男にものおじもせず、ルナは静かにいった。
「予知夢を見たと?」
 アルセア・シティーに住むものであれば、『夢見の巫女』のうわさくらいは、誰でも知っている。
 信じるかどうかは、別の話だが。
「はい。彼、アーサー=ブルガナンが…」
 同じテーブルで、少し遠慮がちに席についているアーサーにちらりと目をやって、
「アルセア王となる夢を。」
 そう言われた瞬間、アーサーはさっと目を伏せた。
 そして、軽く息をついて、顔をあげたとき、
 フォスターは笑っていなかった。
「それで?」
 低い、つめたいくらいの声で、男は問い返した。
「おれが聞きたいのは、あんたは何がしたくてここに来たのかってことだ。」
「王の即位を手伝うために。」
 そう、とっさに口をしたが、実をいうとルナにはまだ迷いがあった。

 いや。
 そうではない。
 迷い、というわけではないが、ひとつ心にひっかかっていることはあった。

「そうか。」
 フォスターは、それ以上追求しなかった。
「つまり、こいつが名をあげるのに協力したいというわけだ」
 閑散とした店内に、かるく目をやって、それから、ルナの頭上の魔法球を数えるようにしてから、
「歓迎するさ。……夢見の巫女。あんたが、この街で退魔師をやると言うんならな」
 そういわれても、ルナはかすかにも表情をかえなかった。

 ただ、じっと考えていた。さきほどから、心にかかっていることを。

 あの夢に、
 自分の姿がなかったのはなぜか?
 


 退魔師とは、その名のとおり、魔を退けることを役目とする職業である。
 魔とは、人を惑わしおびやかすものの総称であるが、退魔師が対峙するものは大きく分けて3つある。

 人の間にひそむ魔。
 野外にて人をおそう魔獣。
 そして、闇王国の尖兵たる魔族。

 すなわち、退魔師とは、
 人の心に憑いた闇を祓う祈祷師であり、
 害獣を狩る猟師であり、
 魔王軍と戦う正義の使徒である。
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