第87話 北野異人館巡り

文字数 2,976文字

 不動坂を登り始めた。やっぱり何だか何かが真ん中に挟まっているようで歩き難い。

「ねぇ、腕を組んで歩きたい」
「腕を組めて嬉しい! 脚は痛くない?」
「脚は大丈夫なんだけど、貴方がまだ私の中にいるみたいなの」
「愛し合い過ぎたのかなぁ」
「だって、未踏の花園だったんだもの」
「甘い蜜の森の桃源郷に分け入ったようだった」
「貴方が道を広げて、まだ居座ってるのよね」
「僕の分身だね」
「だめ~! 思い出しちゃう」
 ちょっと顔が火照ってしまい、組んだ腕をぎゅっと引き寄せた。何だか凄く愛おしい。

「イタリア館、寄ってみる? オーナーが実際に住んでるんだって」
「プラトン装飾美術館?」
「せっかくだから見ていこうよ。豪華な美術館みたい」
 メイドさんが案内してくれた。所狭しと美術品とか調度品とかが展示されている。美術館というより展示場みたい。
「カフェもあるね」
「ケーキでも食べようか? 朝食から時間が経ってるし、昼食までは時間あるし」
 1階のカフェからプールを眺めながら、美味しいケーキセットとコーヒーで、ゆったりと異人館巡りの始まりを楽しんだ。
「こんなことしてると、殆ど回れなくなりそうね」
 と言って笑った。

 更に坂を登ると『坂の上の異人館』。
「ここは少し雰囲気が違うわね。外観だけ見たら通過しましょうか」
「中国領事館だったみたいよ。全部は無理だから適当にスルーしよう」

 次はお隣にある『北野外国人倶楽部』。
「入り口は素敵ね。社交場だったみたい」
「オールドキッチンとかディナーテーブルとかが展示されてるらしい」
「ドレスを着て写真とかもあるみたいだけど、ここもスルーでいいわ」
 
 
 次は向かい側にある『山手八番館』。
「座ると願いが叶うという『サターンの椅子』が売りなのね」
「もう願いが叶ったけど、もう少し欲張ってみる?」
「あはは、そうね、この幸せが続きますようにって願えばいいよね」
「うん! じゃ、入ろう!」
 玄関前には狛犬ならぬ鬼の像が両脇に立っている。どこの国でも人間の考えることは同じなのかもと少し微笑む。館内には、ガンダーラやタイの仏像などのほかアフリカの原始的な木彫りマコンデ彫刻、そしてルノアール「裸婦」などもあった。
「悪魔のサタンと音が似てるけど、サターンは土星とか農耕と収穫の神様なのね」
 椅子は、向かって左側が男性で右側が女性だ。座って願い事を呟いた。知らない神様への神頼みだけど、お互いに写真を撮りっこした。

 次は『うろこの家』。八番館から少し先に行くと短い階段がある。門に「手前左側の正面入口からご入館ください」とプレートがある。「登録有形文化財」と大書したプレートに「異人館うろこの家(旧ハリアー邸)」と「文化庁」。受付で入館料を払って短い階段を上がると、『ガーデンハウス』が少し先にある。これはショップみたい。右を振り向くと一段高いところに『うろこの家』があった。八番館の隣の隣なんだけど、樹木や塀で囲まれているからぐるっと回るのよね。私は箱庭のような小さいところに住んでるから、お隣さんはすぐ側と思ってしまう。

 庭の中央付近に牙のない青銅の猪像が置いてある。鼻にタッチすると幸運があるというから、一応タッチしておく。それから、階段を上がって本館に入る。木造2階建て。順路が示されている。調度品や美術品が一杯。要するに、当時は日本人から見ると彼らは凄いお金持ちだったということよね。為替レートっていうか日本は不利な条件で開国したのだから仕方ないか。

 本館の隣に「うろこ美術館」があった。美術館にはマチスの絵などもあったり、神戸の街を一望できる。でも、昨夜六甲山から素敵な夜景を観たから、感激はしなかった。ぼちぼち坂を降りながら、レストランかカフェを探そう。

「私たち、皆さんと逆に回っているのかしらね? 案内標識が逆だわ。観光案内の標識なら、両方を示しておくべきよね」
「そうみたいね。だからこそ、駐車場が空いてたのかもねぇ」
「あはは。怪我の功名かしら。取り敢えず、うろこ坂を降りたらいいのよね」
「更にオランダ坂も降りる感じかな」
 うろこ坂を降りてくると、『ウィーン・オーストリアの家』とカフェがあったけど、ワインのお店みたいだったのでパスして、オランダ坂へ。左右に『オランダ館』がある。どちらも素敵だが西側は香りの家になっていて香水を売ってるのかな? ここもスルー。オランダ坂の突き当りは少し狭いが綺麗な石畳が東西に繋がる『石畳の小径』になっていた。東に行くとフランス料理やイタリア料理の大きなレストランがあり、ここで食事。女性向けの可愛い店内装飾だった。結構歩いたからちょっと疲れたけど、まだ半分しか回ってないのよね。ランチとデザートで、ちょっと休憩。ここまでで3館入っただけ。

「克矩さん、疲れてない? 大丈夫?」
「僕は大丈夫だよ。日頃、例え僅かでも走ってるからね」
「ああそうか。私は通勤でちょっと歩く程度だものねぇ。ちょっと疲れてきたかも」
「この後どうする?」
「予定どおり行くわよ。休憩したら大丈夫。歩くのも慣れてきたしね」
 石畳の小径を西へ真っ直ぐ行くと『風見鶏の館』。木造2階建ての赤レンガ張りの建物で、如何にも洋館というイメージで素敵だった。1階も2階も広いベランダに大きなガラス戸があり、ちゃんとした部屋になっているのには驚いた。台風の時は大丈夫なのかしらと思ったくらい。
 少し下ると『萌黄(もえぎ)の館』。これは薄緑色の木板張りで如何にもアメリカンな住宅だ。室内も他の異人館と比べると親しみ易い感じ。ドラマのロケ地にもなったらしい。

 萌黄の館を左へ折れると北野通りに出て、東へぶらぶらと歩いていくと駐車場に着くはずだ。その途中、左に『不思議な領事館』があった。でも、もう疲れてきたからお遊び館はパス。向かい側に『英国館』『仏蘭西館』が続いているが、ここもパス。
 道路の北側にある階段を上がっていくと『ラインの館』がある。何となく落ち着いた感じの建物で、やはり木造2階建て板張りの館だ。ここは、通路部分にはレンガを敷いてありちょっと素敵。内部は高級感がなくって、親しみが持てて落ち着くわ。
 続いて『ベンの家』があるが、ここもパス。向かい側に『神戸北野美術館』(ギャラリーWhite House)があるけど、ここもパス。午後も3館だけ入った。
「もう、何だか疲れたわね。駐車場に戻って帰りましょうか」
「そうだね。観光地を巡るのも一度に回ると飽きてくるよね。合計6館入ったのか。まぁ、こんなもんだよね」
 少し予定より早めに車へ戻ってきた。
「出発して、途中でコーヒー休憩したほうがいいわよね」
「うん。脚も疲れたよね。歩き難いのは、もう気にならなくなった?」
「あ、そう言えば、いつの間にか克矩さんの影が薄くなったかも」
「え? 寂しいことない?」
「うふふ。どうかしらね」

 車に乗り込むとほっとした。岡山向けにナビをセットして出発。
「ありがとうございました。とても楽しい新婚旅行だったわ。一生の想い出になった」
「こちらこそ、凄く楽しかったよ。ありがとう」
「居眠り運転しないように、気を付けて帰ろうね」
「龍野SA辺りでコーヒー飲んで、ゆっくり休憩しようか?」
「うん。予定より1時間以上早く出たから、仮眠してもいいよね」
「眠たかったら仮眠するよ」
「うん。運転頑張ってね」

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登場人物紹介

矢野 詩織 《やの しおり》

大学准教授

近藤 克矩 《こんどう かつのり》

大学教授

天野 智敬 《あまの ともたか》

ソフトウェア会社社長

森山 結心 《もりやま ゆい》

パン屋さんの看板娘

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