第5話

文字数 2,707文字

希死念慮
おまけ②【再会】


 おまけ②【再会】



























 「なんとか逃げ切ったか?」

 「多分・・・」

 2人の男が、息を切らせながら草陰に隠れていた。

 1人は青く長い髪を後ろで1つに縛っており、女性のような綺麗な顔立ちをしている。

 もう1人は茶色の癖毛で、目は細く、どちらかというと男らしい顔つきだ。

 ただ、2人とも両腕がなく、義手などといった部類のものも身につけていない。

 アンバランスな感じもするが、2人は両腕がないのに慣れているのか、特に転ぶこともなく走りだした。

 「どっかで水飲もう」

 「そうだな」

 腕がない2人は、片方ずつ水を飲むのだが、片方が足で胴体を下から支え、タイミングを見て身体を起こす。

 それを交互にすると、今度はご飯を探しに歩き出した。

 人目につかないように、人が通らないような道を歩いていると、丁度、ゴミ集積場があった。

 「よし、あっちが生ごみか?」

 「おい、先客がいるぞ」

 2人の前に、小さな子供が2人いた。

 どうやら兄弟か何かなのだろうが、弟の方は目が見えないらしく、兄が手を握っていた。

 「手伝ってやるか」

 「俺達、腕がないのにか?」

 「気持ちの問題だろ」

 「・・・そうだな」

 2人が兄弟のもとへ行こうとしたとき、複数の人影が見えた。

 思わず身を隠した2人が目にしたのは、今は見たくもない、警察の制服を着た男たちだった。

 「なんだ、このガキは」

 「不法侵入だな。捕まえよう」

 「こんな汚ねぇところで何してんだ?」

 「此処で殺してもバレねんじゃねえか?」

 「確かに。最近ストレス溜まってんだよな」

 男たちは腰から剣や銃を取り出して、小さな子供たちに向ける。

 兄が逃げようとしたのだが、弟は転んでしまい、兄を探しているが見つけられない。

 兄は兄で捕まってしまい、弟が目が見えないことに気付いた男たちは、まるでその様子を楽しむかのようにして見学している。

 弟の行く先で、膝を曲げて銃を構え、弟が銃口に触れるのを待っている者までいる。

 「おい!助けねぇと!」

 「静かに。分かってる!・・・でも、あれだけの人数、俺達でなんとか出来ると思うか!?俺達だって逃げてきてるんだ」

 「わかってるけど・・・!!」

 どうすれば良いのかわからないままの2人だったが、そのとき、別の男が現れた。

 男は黒い髪に黒いシャツ、白い手袋をしていて、赤いネクタイが目立つ。

 口には身体に悪そうな煙草を咥え、なんとも気だるげな様子で男たちに近づいて行く。

 「あ?なんだてめぇ」

 「・・・・・・」

 「おい、誰だっつってんだよ」

 「・・・・・・」

 「おい!!!何か言えよこの野郎!!」

 男の1人が、後から来た男に向かって行くと、煙草を咥えた男は、咥えていた煙草を口からプッ、と男に向けて吐き出した。

 「あっち!!!この野郎!!」

 男たちがたった1人に向かっていく。

 そして、簡単に倒れて行く。

 多勢に無勢などと、誰が言ったのだろうか。

 平然と新しい煙草に火をつけた男は、まずは近くにいた弟をひょいっと片手で抱っこすると、兄の方へ近づいて行く。

 怯えた状態の兄は、ただ目の前の男を見て震えていた。

 「・・・・・・」

 男は両膝を曲げて弟を下ろすと、弟と兄の手を握らせる。

 そして、ポケットから潰れた何かを取り出して兄弟に渡した。

 「悪いな。さっきので潰れちまった。でもまだ喰えるはずだ」

 兄がなかなか受け取らないため、男は自らその中身を取り出すと、それは魚の形をした和菓子だった。

 買ったばかりなのか、白いものがたち上っている。

 「・・・たい焼き嫌いか」

 そこじゃないだろうと、物影から見ていた2人は思ったが、それと同時に、なんだか懐かしい感じもした。

 男はどうしていいのかわからないのか、煙草を吹かしながら、後頭部をかいた。

 仕方ないので、男は弟の手にたい焼きを持たせると、兄弟の保護を求める電話をかける。

 電話を切ると、何やら目の辺りをおさえていた。

 「いて。ちゃんと目ぇ洗うやつしなきゃダメだな。いてぇ」

 そう言うと、男は目をいじりだした。

 「「!!!」」

 男の目の色は、あの日見たときと同じように、黄金に輝いていた。

 「おい!あいつだ!声かけ・・・」

 「だめだ」

 「なんでだよ!」

 「・・・・・・」

 懐かしい。懐かしい。会いたい。

 会って、沢山謝りたい。

 でも、それは出来ない。

 「あいつが生きててくれた。それがわかっただけで、俺達は逃げ出した意味も甲斐もあった」

 「そうだけど・・・」

 「見ろ。今のあいつは、正義を背負ってる。今俺達があいつに会ったら、迷惑をかける」

 「・・・・・・あいつは迷惑だと思わないと思うけど」

 「あいつが変わったなんて思ってないよ。これは、あいつがどう思うかじゃなくて、俺達の問題だ。あのとき、俺達はあいつに逃げるよう言ったんだ。あいつに沢山背負わせたままだ」

 「・・・・・・」

 「行こう。あいつならきっと、正しい正義を導いてくれる」

 「・・・だな」

 2人は、誰にも気付かれないように、そっとその場を後にした。







 「なあ、橆令」

 「なんだ、悠都」

 「あいつ、俺達のこと憶えてっかな」

 「憶えてくれてるさ、必ず」

 呼吸がしにくくなった。

 多分、傷口から悪い何かが入ったんだ。

 医者に診せる金もないし、頼れる大人もいなかった。

 「あいつが憶えててくれるなら、俺達、生きてた意味、あったよな」

 「ああ。あったさ」

 「いつか、あいつら捕まるよな」

 「ああ。あいつが捕まえてくれるさ」

 「あいつが死なねえぇように、見守ってやらねえとな」

 「そうだな。今度は俺達が、あいつを助けよう」

 身体は徐々に冷たくなり、声を出すのも辛くなってきた。

 それでも、最期まであいつの話をしていたかった。

 「ごめんな」

 助けようとしてくれたのに。

 「ごめんな」

 その手を振り払うような真似をして。

 「ごめんな」

 気付いていたのに、目も合わせなかった。

 「ごめんな」

 二度と戻れないと諦めたんだ。

 「ごめんな」

 心が弱くて、すぐに壊れた。

 「ごめんな」

 絶望させたのは、俺達だ。

 「ごめんな」

 それでも、お前は生きててくれた。

 「ありがとう」

 それだけで、俺達は希望が見えた。

 「ありがとう」

 お前はお前の道を、生きてほしい。

 「ありがとう」

 お前に出会えて、俺達は救われた。

 「ありがとう」

 いつかまた、会おう。

 「将烈」







 「・・・・・・」

 どこからか、懐かしい匂いがした。

 「・・・・・・」

 いや、気のせいだったのかもしれない。

 「・・・・・・」

 声も聞こえた気がした。

 「・・・・・・」

 耳に心地よく残る、いつかの声たち。





 「・・・眠ィ」




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