「やっと叶った」

文字数 3,432文字

 京都は衣笠。府の中でも指折りの有名御所に数えられる観光地のすぐそば。今年から通い始めた私立至誠館大学近くのマクドナルド(通称わらマク)の二階窓際席。現在、一時限目が終わった十時半。ここのマクドナルドは大学の生徒や周辺の高校生が利用していることが多く、あまり家族連れやご年配の方が利用することは比較的少ない。どちらかというと若者であふれているイメージが多いが、今日は平日のまだお昼前と言うこともあって人が少なかった。二階席でのお客様は僕以外に、男女のカップルが隅で乳繰り合っているのみ。
 授業を終えた足でここへ向かい、テリヤキバーガーの気分であったが店員のお姉さんから進められたフィレオフィッシュのセットとおまけで笑顔を貰い、腰を下ろしている今現在。
 窓の外では、同じ大学の学生と思しき若者たちが西大路通を下って行ったり、僕と同じ考えで向かいの寿司屋へ向かったり定食屋へ足を運んだりと多種多様。それとも反対に、早く着いてしまい遅めの朝食といったところなのだろうか。
 他人のことなんかどうでもいいけれど、僕以外全員、二人以上のペアかグループであった。

「…………」

 だからと言って物悲しい気持ちに陥ることはないけれど、なんだかこうしてみると一人でいる自分がちっぽけな存在に見えて来る。

「いや、一人だけだからちっぽけなのか」

 ボソリと呟きながらポテトを二つ摘まみ、口の中へ運びつつ、外を眺めながら通行人の観察をしていると、

「ん?」

 一人、見慣れた姿のリュックサックを背負った女性が視界に入った。
 黒色のプルオーバーパーカーが映えるほどの銀に近い白髪のボブカット。パーカーの丈が自身の合っているサイズより一回り上をチョイスしているせいか、ミニスカートがほとんど隠れてしまっており、まるで下を履いていないような見た目となってしまっている。加えてミニスカートということもあって健康的な生足が際立ち、赤色のラインが入ったスニーカーが大きく見える。
 少女と言うにはどこか大人びて、女性と言うにはどこかあどけなさが残る。なんとも言えないビミョーなラインが、彼女の特徴。
 彼女はどこか辺りを見渡している様子から、誰かを探しているみたいであった。
 ちなみに僕は、あの子のことを知っている。
 だからこそ、今現在、彼女の様子から人を探していることは見て取れる。それはもちろん、彼女を知らない人からしても探していることは分かるであろう。
 では、誰を探しているのか。
 それは、家族か?
 それは、彼氏か?
 それは、タクシーか?
 それは、この辺りを知っている住人か?
 大方、今までの選択肢は全てノーだ。違う。彼女が探しているのは、恐らく――

「……誰だろうなぁ」

 何気なく大きなリュックを背負っている家出少女へぼやくように口から吐き出すと、こちらの声が聞こえたのか――彼女がこちらへ振り向き、目が合った。

「――――っ」

 彼女はまるで主を見つけた番犬が如く、女であることの華々しさを捨てて一直線でマクドナルドへ向かって走り出した。
 さて、どうする。
 まだポテトは半分以上残っているし、出来立てのフィレオフィッシュにも手を出していない。コーラも炭酸が抜けきっておらず、ボトルからは結露した水滴が落ちずその場で意地している。しかし、刺客はこちらへ向かってきている現状。逃げるなら今の内だ。
 作戦としては、男子トイレに隠れてその場を過ごした後、不躾ながらその場にセットを残して一目散に逃げるが花。
 そうなれば今すぐにでも退散
「いた!」
 ――しようとした所で自分よりも先に行動していた彼女が、階段を駆け上がっており、こちらへ指刺しながら息を荒げて立っていた。
 まい、るーじんぐ。
 ここから如何にしてこの場を逃げ切るか、手段はただ一つ。
 お店側に多大なるご迷惑をお掛けすることを承知の上で、地面から天井まで続くこのガラスを打ち破るのみ。それしか考えられないし、それしか手段がない。二階へ通じる経路は階段のみで、その階段も封鎖されているとなると、どうしようもない。
 まあ、しないんだけど。
 半分だけ上げた腰を諦めて下ろし、背もたれへ身を預ける。男女のカップルが彼女を怪訝な目で追っていることを露程も知らず、彼女はこちらの白旗を確認したのか、こちらへスキップをするように軽い足取りで近寄ってきた。どうして遠足前の小学生並みに鼻歌交じりかは知らないけれど、店員のお姉さんに負けないくらいの笑顔を零しながら向かい側の席へ腰かけた。

「やっと見つけたよ、傾くん」
「やっと見つかっちゃったよ、真心ちゃん」

 ビー玉のようなくりくりとした丸い赤みの入った瞳に肌色の健康色。加えて赤いリップと赤い頬との役満。体格は少し小さめではあるが、誰しもが彼女を不健康と表することなく、健康一番の代表格に選抜されそうなオーラを放っている。性を安心院、名を真心という。
 高校からの知り合いで、しつこいくらいの過保護。僕の恩人とも言える数少ない友人の一人。対する彼女は友人が多く、周囲の人は好意を持って『あじむん』と呼んでいたりいなかったり。
 真心ちゃんはたった数十メートルの距離を全力で走ったのか、動悸を抑えながら僕のコーラへ指さし「飲んでいい?」とご注文。下で買ってこい、と言ったらどれだけ面白いことかは目に見えるが、そこまで鬼ではない僕は首を縦に振った。
 感謝の言葉を述べながら手に取り蓋を開け、空いた手を腰へかけて一気飲み。
 コマーシャルに抜擢しても過言ではないくらいいい飲みっぷりを見せた後、笑顔から一変し、頬を膨らませてボトルを強くテーブルへ叩きつけた。

「そんなことより――何で何も言わずに学校を出ちゃうのさ」
「そんなことも何も、何で僕はオタクに一言声をかけて出なきゃいけないのさ」
「友達じゃない!」
「友達じゃない」

 残りのコーラを飲み干そうとボトルへ手を伸ばし、持ち上げたが……中身が空だった。
 氷ナシで頼むんじゃなかった。
 渋々諦めてとっととこの場を乗り切って立ち去ろうと決心し、フィレオフィッシュへ手を伸ばし、一口頬張りがら首を傾げる僕。

「で、そんな息を荒げて何か御用でも? 結婚の手続きなら婚姻届けを持ってきてからにしてくださいね」
「大丈夫。する気はないから」
「……否定から入る人って嫌われるらしいよ」
「大丈夫。傾くんだけは私を嫌わないでいてくれるから」
「その自信はどこから?」
「うーん……喉?」
「恐らくその症状は、頭からですね。是非とも内科ではなく脳神経外科へ行くことをオススメします」

 僕は女運が悪いのだろうか。それとも、そもそもの人層が悪いのだろうか。どうしてこうも僕の周りの奴らはああ言えばこう言うのだろう。類友ではないと信じたい。
 だって僕は、ツッコミ役なのだから。

「それで、真心お嬢様が何の用で」
「何の用って、もうすでに分かり切っているでしょう?」

 真心ちゃんは二度も言わせないで、と言わんばかりにグイと顔を近づける。

「いい加減、怪奇現象研究会に入ってよ!」

 元気な女の子らしい勢いが混じった告白。
 いやぁ、いいね。これが愛の告白じゃないってのがなかなか悔しいけれど、こんなネクラな僕に勧誘してくれるとは嬉しい限りだ。一回生の人たちは六月でもまだまだサークルや部活の勧誘をしている中、僕には一切目もくれずに素通り。
 決して勧誘してくれなくて構ってほしいアピールをしたいわけではない。
 こうやって知り合いで、しかも身近な人間が今年からサークルを作ろうと奮闘しているのだ。しかもまだ部員数は彼女を含めて一人。その出来立てホヤホヤの研究会へこうして第二号として誘われるなんてなんだか歯がゆいと言うか、少しだけ照れくささを隠せない。
 いやいや、本当に構って欲しいなんて微塵も思っていない。
 しかし、正直な話をすると怪奇現象研究会なんてサークル名を聞いたときはドン引きした。ええ、傾くんドン引きでしたよ。そんないかにも宗教染みたサークルを身近な人間が作ろうとしているなんて重いもよらなかったからね。何なら止めるレベルにまで来ていたけど、彼女は本気だ。その本気をむげに扱うなんてことはしたくない。だから僕は、設立に関しては全力で背中を押してあげたい。
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