#2 プロット(※原文:2845文字)
文字数 2,845文字
起)大分県杵築市 。街の過半数が森で覆われ、往来する人影もまばらで穏やかな街。その人里離れた木々が生い茂る辺境の。田舎くさそうなランキングなんてものがあれば間違いなく首位独占間違いなしのド田舎な一角から物語は始まる。
世間では"ゆうちゅーばー"なんて言う"ばーちゃる"な新しい生業が注目される中、良くも悪くも昔ながらが息づくそんな森中の高校に通い始めた常世真示 。彼もまた何の夢も希望も趣味も、もちろん彼女もいない。平凡が受肉したかのような気力どころか生気もない男子がいた。
ただ唯一、普通と異なる点と言えば、その家柄か。
縫付神社 。縁結び"ぶーむ"にあやかろうと改名し、代々巫女の供元 として付き合いのある珠照家 と共闘するも全く波にのれず仕舞い。今となっては何の御神体を祀 っているのかさえご近所はおろか、神主である父親でさえ覚えていない。なんとも仰々しく哀れな神社だ。
その無駄に広いだけの敷地の一応跡取りとして生まれた彼は、いよいよ土地を切り売りする前支度だとして、その蔵の整理にこき使われていた。
「神頼みしたって参拝客なんか来やしないんだから、全部売っぱらってしまえばいいだろうに。せっかくの夏休みにどうして俺が……」
承)しかしその日。そんな本殿裏の蝉の鳴き声が暑苦しい平凡な日常も、ついに終りを向かえる時期 がきてしまう。
文句を垂れながらも素直に蔵のガラクタと戯れる真示の傍ら。これまた仰々しい札だの印だので封をされた骨壷大の古箱から突然赤い光りが溢れ出し、少年に忌まわしげに語りかけてきたのだ。
「おのれ許さぬぞ。源 の……。許さぬ……。許さぬぞおおお……!!」
不意に聞えたその異形の声に真示は慌てふためく。そして、あろうことか片付けていた荷物を盛大にぶちまけ、見事にその禍々しい蓋を開けてしまったのだ――。
「うわああああ!! た、助けてっ!! お願いだからたっ食べな……い……? ん? ……犬っころ?」
『誰が犬畜生じゃ! この戯 けめ!! この世全ての怨恨の権化。俗世の全てを焼き尽くす悪災に畏怖せよ! 我が名は――ぬあなんじゃこりゃあああ!!!?』
などと喚 き散らす"赤い犬っころ"が飛び出てきた。
体型はずんぐりむっくり。手足は短く、おそらく威嚇しているようだが目も小さい。米粒だ。申し訳ない程度に尻に付いた尾は短く、どう頑張っても威厳のいの字も似合わない。モグラ? イタチ? 小腹の出たなんとも締まらない風体の、赤みがかった犬っころが少年の頭上に浮いていた。
曰く、自身はそれはもう恐ろしい呪術の化身で、遥か平安時代に封印された異形の神だと言う。
一見すると"ゆるきゃら"かと見間違えるほどには愛着のある自称邪神に取り憑かれてしまった真示。
曰く、自由になりたくば失われてしまった四大の力を取り戻せ。さもなくば、懐 に刻まれた呪印をもって末代まで呪い殺されてしまうだとかなんとか。
そう短い指で指された胸元にいつの間にか刻印されていた奇妙な痣 に驚かされつつも、どうも胡散臭い。というかただただ――。
「ああ、これ面倒くさいやつだ……」
考えるほどに頭が痛くなる。
話し半分にあしらつつ、口やかましく付きまとう犬畜生の厄介ごとに真示は巻き込まれることとなったのだった。
転)そして事は早くもその晩に蠢 き始める。
昼間の出来事から終始、耳わきで小言をもらす赤い小姑 に心身も疲れ、いつもよりも早めに横になる真示。その時、なんの前触れもなく胸元の呪印が赤く光だし、凄まじい痛みが真示の安眠を襲った。
『ほう、近いようじゃな。運がいい。おい小僧、起きろ!仕事 の時間じゃ』
そういって鼻息あらめの邪神様に引っ張られ、拝殿横の御神木まで連れてこられた少年。
すると、真示が口応えする間もなく普段から見慣れた御神木が禍々しく光り出し、それはこちら に顕 れた。
傍らに浮かぶ小太りタヌキとは明らかに違う。
トグロを巻いた少年の背丈を優に越す巨体。むしり取って付けたような幾つもの人の腕。その顎には鋭く大きな牙を携え、兇悪な目が四つ月光に怪しく揺らめいている。
妖怪などの伝承に詳しくなくとも解る。これは関わってはいけない類のものだと。
「(――動けない!?)」
その場に釘付けにでもされてしまったのか。
恐怖のあまり石のように動けなくなった真示に、醜悪な神が問いかける。
『さあ、小僧。どうする? 目の前の恐怖にむざむざ喰い殺されるか。それとも、己が魂を賭けて これを退けるか。選ばせてやろう』
唐突に訪れた生死の選択。まだ青臭さの抜けない少年の脳裏は瞬く間に一情に塗 れ、思考が奪われる。息ができない。怖い。こわい。コワイコワイコワイコワイ。
少年は無我夢中で息苦しい胸元を握りつぶした。その瞬間――。
『ほう。どうやら見込みはあったようじゃな』
すると今度は少年の胸元。そこに刻まれた呪印が眩く輝きだし、やがてそれは手の内で形を成した。
「何だ……これ……? 円盤?」
『さあさあ、勝てば表 ! 負ければ裏 ! 御魂賭けた一世一代の大博打!! 己が本能 の赴くまま、眼前の不浄 をひっくり返してみせろっ!!』
威勢の良い掛け声と共に、辺りに光の陣が張り巡らされ、大蛇のバケモノを中心に土俵 がそそり立つ。
魂? 博打? 何がなにやら全く事態を理解できぬまま、真示は手にしたそれを力の限り投げ放った。
結)そして青鈍色に輝く一撃が彼の化物を天槌のごとくなぐりつけ、その巨体を土俵際まで弾き飛ばした。
『ほほう。なかなか業物のようじゃな。それ、もう一投お見舞いしてやれ! それで表裏決別じゃっ!』
呆気にとられる少年の手元にひらりと舞い戻る光の円盤。そして催促されるままに投げた第二投。
瞬きも許さぬ凄まじい閃光。
その暁光のあとには、土俵の外 で雄叫びを上げて土塊に還る敵の姿があった。
『大義、大功、大漁じゃないか小僧! よいせっと……』
そう言って上機嫌に真示の傍らから離れた赤い犬っころは、地面に散らばる残骸のもとへと駆けていった。
「(なんだ、供養でもしてやるのか? 口の割に案外思――!?)」
"喰っている"
少しの気後れも哀れみも、迷いもなく。無遠慮に猥雑 に貪っている。
『ぷはあ、喰った喰った。ん? 何を怯えておるんじゃ? 打ち負かしたのであれば、己が力にせずしてなんとする? お主も我の腹に収まりたくなくば、精々精進するのじゃな……ゲップ』
その時、一瞬。敵の死骸を頬張る獣 の尾が二つに割け、それに目が光ったようにも見えた。
それがこの犬畜生の本当の姿を、悪鬼羅刹がこの街を憑代 に原初の厄災を呼び覚ます目論みを、知る手がかりだったことなどその時の少年は知る由もない。
「(マジ食うのかよ……)てか、食いっぷりの良い割に、お前さん小さいのな……」
『だから! だあれが豆大福じゃっ!! 我こそ威風凜然 、邪知暴虐 。悪名高き、かの犬神様なるぞ!!』
「なんだ、やっぱり犬っころじゃん……」
世間では"ゆうちゅーばー"なんて言う"ばーちゃる"な新しい生業が注目される中、良くも悪くも昔ながらが息づくそんな森中の高校に通い始めた
ただ唯一、普通と異なる点と言えば、その家柄か。
その無駄に広いだけの敷地の一応跡取りとして生まれた彼は、いよいよ土地を切り売りする前支度だとして、その蔵の整理にこき使われていた。
「神頼みしたって参拝客なんか来やしないんだから、全部売っぱらってしまえばいいだろうに。せっかくの夏休みにどうして俺が……」
承)しかしその日。そんな本殿裏の蝉の鳴き声が暑苦しい平凡な日常も、ついに終りを向かえる
文句を垂れながらも素直に蔵のガラクタと戯れる真示の傍ら。これまた仰々しい札だの印だので封をされた骨壷大の古箱から突然赤い光りが溢れ出し、少年に忌まわしげに語りかけてきたのだ。
「おのれ許さぬぞ。
不意に聞えたその異形の声に真示は慌てふためく。そして、あろうことか片付けていた荷物を盛大にぶちまけ、見事にその禍々しい蓋を開けてしまったのだ――。
「うわああああ!! た、助けてっ!! お願いだからたっ食べな……い……? ん? ……犬っころ?」
『誰が犬畜生じゃ! この
などと
体型はずんぐりむっくり。手足は短く、おそらく威嚇しているようだが目も小さい。米粒だ。申し訳ない程度に尻に付いた尾は短く、どう頑張っても威厳のいの字も似合わない。モグラ? イタチ? 小腹の出たなんとも締まらない風体の、赤みがかった犬っころが少年の頭上に浮いていた。
曰く、自身はそれはもう恐ろしい呪術の化身で、遥か平安時代に封印された異形の神だと言う。
一見すると"ゆるきゃら"かと見間違えるほどには愛着のある自称邪神に取り憑かれてしまった真示。
曰く、自由になりたくば失われてしまった四大の力を取り戻せ。さもなくば、
そう短い指で指された胸元にいつの間にか刻印されていた奇妙な
「ああ、これ面倒くさいやつだ……」
考えるほどに頭が痛くなる。
話し半分にあしらつつ、口やかましく付きまとう犬畜生の厄介ごとに真示は巻き込まれることとなったのだった。
転)そして事は早くもその晩に
昼間の出来事から終始、耳わきで小言をもらす赤い
『ほう、近いようじゃな。運がいい。おい小僧、起きろ!
そういって鼻息あらめの邪神様に引っ張られ、拝殿横の御神木まで連れてこられた少年。
すると、真示が口応えする間もなく普段から見慣れた御神木が禍々しく光り出し、それは
傍らに浮かぶ小太りタヌキとは明らかに違う。
トグロを巻いた少年の背丈を優に越す巨体。むしり取って付けたような幾つもの人の腕。その顎には鋭く大きな牙を携え、兇悪な目が四つ月光に怪しく揺らめいている。
妖怪などの伝承に詳しくなくとも解る。これは関わってはいけない類のものだと。
「(――動けない!?)」
その場に釘付けにでもされてしまったのか。
恐怖のあまり石のように動けなくなった真示に、醜悪な神が問いかける。
『さあ、小僧。どうする? 目の前の恐怖にむざむざ喰い殺されるか。それとも、己が
唐突に訪れた生死の選択。まだ青臭さの抜けない少年の脳裏は瞬く間に一情に
少年は無我夢中で息苦しい胸元を握りつぶした。その瞬間――。
『ほう。どうやら見込みはあったようじゃな』
すると今度は少年の胸元。そこに刻まれた呪印が眩く輝きだし、やがてそれは手の内で形を成した。
「何だ……これ……? 円盤?」
『さあさあ、勝てば
威勢の良い掛け声と共に、辺りに光の陣が張り巡らされ、大蛇のバケモノを中心に
魂? 博打? 何がなにやら全く事態を理解できぬまま、真示は手にしたそれを力の限り投げ放った。
結)そして青鈍色に輝く一撃が彼の化物を天槌のごとくなぐりつけ、その巨体を土俵際まで弾き飛ばした。
『ほほう。なかなか業物のようじゃな。それ、もう一投お見舞いしてやれ! それで表裏決別じゃっ!』
呆気にとられる少年の手元にひらりと舞い戻る光の円盤。そして催促されるままに投げた第二投。
瞬きも許さぬ凄まじい閃光。
その暁光のあとには、土俵の
『大義、大功、大漁じゃないか小僧! よいせっと……』
そう言って上機嫌に真示の傍らから離れた赤い犬っころは、地面に散らばる残骸のもとへと駆けていった。
「(なんだ、供養でもしてやるのか? 口の割に案外思――!?)」
"喰っている"
少しの気後れも哀れみも、迷いもなく。無遠慮に
『ぷはあ、喰った喰った。ん? 何を怯えておるんじゃ? 打ち負かしたのであれば、己が力にせずしてなんとする? お主も我の腹に収まりたくなくば、精々精進するのじゃな……ゲップ』
その時、一瞬。敵の死骸を頬張る
それがこの犬畜生の本当の姿を、悪鬼羅刹がこの街を
「(マジ食うのかよ……)てか、食いっぷりの良い割に、お前さん小さいのな……」
『だから! だあれが豆大福じゃっ!! 我こそ
「なんだ、やっぱり犬っころじゃん……」