フルムーン

文字数 669文字

 修道院に滞在して三週間。
 夜半にセトは目を覚ます。アリーアがいない。匂いを頼りにアリーアを捜す。そして、アリーアの匂いを辿るうちに、最近嗅ぎなれた匂いもまた、セトの鼻孔をついた。
 アヌビスの匂い。だが、アヌビスの匂いに、獣の臭いが混じっていることに、セトはようやく気付いた。
 なぜ、今まで気づかなかったのだ。胸騒ぎが、セトを急かす。
 修道院から五百メートル離れた滝つぼ。そこにアヌビスはいた。十字架に、アリーアを磔にしている。アリーアは気を失っているのか、ピクリとも動かない。
 もう少しで終わるところだったものを。アヌビスはそう言った。ゆっくりと、セトのいる方向へ振り向く。セトはすでに唸り声をあげていた。
 満月。対峙するセトとアヌビスを照らす。すると、アヌビスの様子が変化した。月光を受けて、アヌビスが変異する。
 ジャッカルの獣人。人に化けた獣人だった。満月の光を受けると、月の眷属はさらなる力を授かる。そして獣人の姿となることで、最大の力を発揮できるのだ。セトもまた、獣人の姿へと変身した。
 アヌビスこそ、アポピス配下最強の魔神。アリーアを喰らうことでさらなる力を得て、光の精霊ベンヌの絶望を、アポピスに捧げようとしていたのだ。
 そうはさせない。満月のもとで、セトとアヌビスの闘いが始まる。
 爪と牙を突き立て、数々の術を駆使して、セトはついにアヌビスを打ち破った。
 息も絶え絶えのアヌビスが、最期にこう言い残す。人と獣人の恋など、実らない。たとえ人になろうとも。
 セトはアリーアを磔から降ろした。
 満月の夜。セトの咆哮がこだまする。
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