第35話

文字数 4,085文字

 内閣情報調査局の調査員玉木大輔が元統合幕僚長の荒木昇の世田谷にある私邸を訪れたのは都知事選告示日の夜であった。すでに福島百合子と柚木クリスティーン他五名の立候補届け出がなされている。玉木は自衛隊入隊時に荒木の班でしごかれている。玉木にとっては鬼のような上司であったがまた頼もしくて面倒見の良い上司でもあった。荒木の退任時に一度挨拶して以来だから三年ぶりの再会である。荒木は玉木を出迎えるとすぐに自分の部屋のある二階へと向かった。
「この部屋には盗聴器やカメラなど置かれてないから自由に話してくれ。でも久しぶりだな。内調では十分に活躍している様じゃないか。推薦人としてはとても喜んでいる」
「荒木幕僚長、ご無沙汰しています」
「荒木でいい。で、用件は何だ」
「荒木さん、大沼元総理からの極秘指令です」
「うむ、大体察しはつくな」
「いや、それ以上かと思います。大沼さんは本気で東京都独立を考えているようです。その際に自衛隊の協力が必要とのことです」
「何だ、それは。面白そうじゃないか」
 玉木の話によると大沼の草案では柚木クリスティーンの都知事当選をもってその場で東京独立を宣言し、自衛隊は全体を東京都国軍として柚木クリスティーンの指揮下に迎え入れるという計画である。その上で日本国との安全保障条約を結び東京都国軍として日本国の安全保障に従事するとの計画である。大沼はそのために制服組の指揮官として荒木昇を将軍職に要請したいとのことであった。荒木はその話を真剣に受け止めた上で玉木に向かって話した。
「面白い話じゃないか。しかし将軍職については断る。俺はすでにリタイアしている。現職の権藤が適任だろう。あいつは根っからの軍人で政治色に染まっていない。五代礼三との関係も表面的なもんだ。まず断ることはないだろうがいざとなれば俺の方から彼を説得することはできる。それよりも俺たちにとって大切なのは陛下の意向だ。陛下は東京都の独立をどうお考えなのか知っているか」
「まだです。陛下への内奏は大沼元総理が行う予定です」
「陛下にご了承いただかなければ国軍として動けないだろうが。その辺はしっかりと詰めてもらわなければいけないと大沼さんに伝えてくれ」
「大沼元総理もそのことは十分に理解しています。今回の件も青木総理か次の総理の了承の下であくまでも平和裏に権限の移行を行う計画です。クーデターなどは計画しておりません」
「平和裏に行うのか武力による制圧を行うのかは軍人としてはどちらでもいいことだ。あくまでも陛下や総理大臣の命令により軍人は動くだけだ。それも大沼さんには伝えてくれ」
「わかりました」
「今夜は時間あるのか。久しぶりに飲みながらもう少しその計画を聞かせてくれないか」
 玉木は元上司と旧交を温めることになるのだが結果としては深夜まで荒木から説教されることになった。元統合幕僚長が相手であったので仕方がないことではあった。

 都知事選告知があった日曜日の夜TNNは福島百合子と柚木クリスティーンという二人の候補者に絞って討論会を行いその模様をライブで配信した。局内ではほかの立候補者に対して失礼との声もあったが世論の支持としては圧倒的にこの二人でありそのほかの候補者の支持は一パーセントにも満たなかったためである。その代わりというのでもないだろうが久富幸太郎がゲスト・コメンテイターとしてまねかれた。MCは立花香織である。
「こんばんは。立花香織です。今夜は前都知事の福島百合子さんと右斜め四十五度の女、柚木クリスティーンさんという都知事候補をお招きしてお二方の政策についてお聞かせいただく予定です。ゲストとしてジャーナリストの久富幸太郎さんにもお越しいただいております。久富さん、いよいよ都知事選が始まりました。現実的に考えてこちらにいらっしゃるお二人の候補者の一騎打ちと考えられますが久富さんはどのようにお考えでしょうか」
「うん。あのね、これはもう日本国始まって以来の一大事ですよ。東京都が日本から独立してどうやるのかを今日はじっくり聞かせていただきたいですね」
「はい、番組としても突っ込んだ政策の討論を期待しています。ではまず初めに前都知事の福島百合子さん、都知事に立候補するにあたり抱負をお聞かせください」
「はい、ご紹介いただきました、前都知事の福島でございます。都民の皆様に少々お灸をすえてもらいましたが、それでも福島がんばれっと言う声も多いんですね。私はその声に勇気づけられて今日この場におります。政策につきましては都民の暮らしを守る政治ですね。より身近に都民に寄り添い、特に差別や虐めの撲滅、家族で経営されている個人経営の業者さんへの支援政策などが今後の都政の課題となっていきます、都民が都の政策の利便性を実感できる政治を目指してまいりたいと思います」
「世論調査では柚木候補者に大きく差をつけられていますが、その点についてはいかがでしょうか」
「都民の皆様も今は、東京都独立といった浮ついたプロパガンダに乗せられていらっしゃいますけど選挙が近づくにつれて現実的な課題に目を向けてくれるんじゃないかしら。下手な芝居によるプロパガンダに騙されるような都民は少ないと思いますけど、どうかしら」
「柚木さん、今回初めて政治に取り組むことになるかと思いますが、キャスターと政治とではやり方が違うと思います。例えば私が言うのもなんですが報道は批判だけしていればいいけれど政治家は結果を出すことが重要なんだという言葉はよく聞きます、それについてどうお考えでしょうか」
「まず初めに申し上げておきたいことは前知事の福島さんもキャスターをやっていらっしゃったということですね。前任者にキャスター出身の方がいらっしゃいますのでそのいい点も悪い点も含めて都政の参考にさせていただきたいと思います。私の考える都政ですが、やはり地方自治の独立性というものは必要だと思います。なんでも国に頼っているのであれば都知事は必要ないのではないでしょうか」
 それに久富が敏感に反応した。
「あなたが言っているのは地方自治の独立とかいうものではないでしょう。東京都の日本からの独立という噴飯物のプロパガンダなんだよ。ごまかすんじゃないよ」
「ええ、おっしゃる通りです。でも私の最初の考えでは地方自治の独立でした。しかしそれを突き詰めていくと、どうしても官僚主体だったり既得権益だったりが大きな壁となって行政改革が一向に進まない国の政治の現実が見えてきます。それで地方自治というよりは東京から日本を変えていきたいと考えるようになりました。東京が模範となるような国づくりをすることにより日本国はその後からついてきていただければよいのではないかと。そのための東京独立です」
「税金はどうするんだ。そして安全保障は。外交だってやらなければならない。とてもじゃないけど都の税収だけでやっていけるはずがない」
「外交は日本国に外注します。東京は日本国さえその独立を承認していただければほかの国からの承認を必要としません。国連への参加も日本国に外注する予定です。安全保障については現在の自衛隊全対を東京都国軍として再配備します。その上で日本と安全保障条約を結んで東京都国軍による日本の安全保障を行う計画です。安全保障についてはいわば東京都国が日本の安全保障を外注で受けるという形式になります。税金は現行のシステムでやっていけます。むしろAIによる最適化を図りますので減税すら可能と考えています」
 福島前知事が反論した。
「都税だけでやっていけるとはとても信じられません。まして減税なんて、行政サービスを犠牲にして減税を行うつもりかしら」
「お言葉ですが福島さんも税金を半分にするとおっしゃられていましたよね。それは国のAIマザーに業務委託することで行政の効率化を図ると理解していましたけど違いますか。私たちの考え方も同じです。違う点は国のAI管理に頼るのではなく既存の民間のAIシステムを有効に活用していくことです」
「国会議事堂や日本銀行はどうするの?追い出すつもり?」
「出ていきたいのなら止めませんが引き続き設備を使用していただく計画です」
「それなら何が違ってくるのかしら。あなたの言う独立は詭弁としか受け取れないわ」
「東京として国民に対して責任のある行政を行うことです。既存の国の在り方で考えていらっしゃるのであれば詭弁としか受け取れないのかもしれませんね」
 久富が興味深そうに口を挟んだ。
「柚木さん、僕はいまだに理解できないのだがね。あなたの言う独立とは何なのですか」
「国民による民主的なプロセスを経て自治を行うことです」
「それだと今と同じじゃないか」
「そうでしょうか。今、日本国の政治は国会で話し合われているのでしょうか。久富さんもよく非難していらっしゃるじゃないですか。密室政治は止めろと。私たちはその様な誰が責任をもって政策を決めているのかわからない密室政治から国民に開かれた政治を行うことを目指しているんです」
「よくもまあ、政治のいろはもわからないお嬢ちゃんだことね。そのような事では政局を乗り越えられませんよ」
「政局のことしか考えてないことに都のそして日本の政治の弱点があるのだと思います」
 白熱した議論が続いたのであるが柚木は久富と福島の容赦ない攻撃に現行の国政や都政を例に挙げてひとつ一つ反論していった。その実直そうな姿に視聴者の多くは柚木クリスティーンに対して好印象を持ったのであった。
「時間の方が迫ってまいりましたので最後に久富さんに再来週に迫った都知事選について視聴者へ提言していただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「僕はね、正直言って柚木さんが訴える東京都国の構想が全く理解できないんだ。でも言えるのは彼女が行おうとしているものはこの国の形を大きく変えていくことになるということ、都民の皆さんにその覚悟がありますか、と問いかけたいですね。都民の皆さんには賢明な判断をしていただいてより多くの人に投票していただきたい、以上です」
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