レナ~107番が見た夢~ 補稿版

文字数 21,168文字

 中廊下を歩いて行くと、ドアが開いている部屋がある。
 と言うよりも、こんな場所に来るにしてもかなり遅い時間なので、ほとんどの部屋のドアが開いている。
 そして、それぞれの部屋には一糸纏わぬ姿の女がいる、いや、正確には女の姿をしたクローン人間がいるのだ。


 哺乳類のクローンは20世紀末には既に成功していたが、当初は核を埋め込んだ卵子を雌の子宮に戻して育てさせる方法でだった、その後、人工的に育成できるようになったのが2030年頃、そしてC国でクローンの軍隊が登場したのが2050年頃のことだ。
 クローンは新生児の状態で生まれる。
 いや、生まれると言う言葉は、人口育成クローンの誕生には少々そぐわない、生まれると言うよりそれまで浸されていた培養液から取り出されるのだ。
 だが、誕生したばかりのクローンも赤ん坊であることには変わりはない、その後兵士として使えるようになるまでは20年近くかかる、と言う事はC国では培養液実験が成功してすぐに量産を始めたことになる、一党独裁国家ならではの動きの速さだ。
 一方キリスト教圏ではクローン人間の誕生にはかなり慎重だった、神の領域に踏み込む所業だと反対する向きも多かったし、実際、程度の差こそあれ、キリスト教を信じる者の気持ちの中ではやはり抵抗があったのだ。
 だがC国がクローン軍を投入して来たとなれば、A国やR国も手をこまねいているわけにも行かない、世界中でクローン兵士が作られるようになった……だが……。
 クローン兵士ならば替えはいくらでも効くとは言っても、新生児から戦える年齢まで育てなければならない、また、兵士の数よりもハイテク兵器の性能と数が決め手になる今の戦争では兵士の数はそう大きな問題ではない、したがって結果的にはそれほど戦略的意味を持たなかった、それでも陸続きで陸軍の重要度が高いC国、R国では継続されたが、A国ではその後、クローン人間の軍事利用は衰退して行き、むしろ別な方面にその技術は利用された。
 女性のクローンだ。
 もっとはっきり言ってしまえば売春婦専用のクローン。
 いや、実際のところ、春をひさぐ側のクローン女には客が付くことのメリットはないので性奴隷に近いのだが、性的なこと以外は何一つ教えられずに育ち、外部との接点は客だけ、そして売春施設で生まれ一歩も外に出る事のないクローン女たちは、自分たちが性奴隷なのだとは考えていない、ちゃんとした食事と快適な寝床が提供されるだけで不満を抱くような事はないのだ。
 男たちはその施設を『C-イン』と呼んだ。
 性犯罪がはびこっていたダウンタウンにC-インを作ると、性犯罪件数は劇的に減少した。
 ごく安価に性欲を処理できるからだけではない、クローン女は揃って美女なのだ……何しろ元になる細胞を様々なタイプの美女から採取すれば良いだけの事、何も不美人のクローンを作る必要はさらさらない。
 ただし、クローン売春婦の登場に伴って持ち上がった問題もある。
 手軽に性的欲望を満たせるようになると、男性側の結婚願望が一気に下降線を辿ったのだ。
 無論、結婚するカップルが皆無になったわけではない、しかし、デートやプレゼントに費やす金をC-インにつぎ込めば、男は性欲の処理にはほとんど不自由しないで済む。
 C-インの料金は、1時間コースならちょっと奮発したランチを食べる程度、一晩を過ごしてもカジュアルなレストランでディナーを楽しむ程度で済む、そのくらいならば稼ぎがそれほど良いとは言えない男でも、それなりに充実したセックスライフを送る事は可能になる、しかも相手はよりどりみどりの美女揃い、お気に入りの娘に入れ込むのも良し、また毎回のように相手を替えるのもよし、そこはリアルな世界と違って自由なのだ。
 恋愛、結婚にまつわるあれやこれやを味わいと考えるか、厄介なことだと考えるか。
 自分の子孫を残す事を喜びと考えるか、重荷と考えるか。
 男と女の熱い関係が、長年連れ添う内に穏やかな夫婦関係に変わって行くのを是とするか否とするか。
 後者を選ぶ男が増えても不思議はない。
 
 当然ながら、当初は女性からの非難も多かったC-インだが、その女性向けバージョンである通称C-ルームが登場するに至って、非難も矛先を失った。

 そして……。
 この世から『恋愛』や『結婚』は急速に減退して行くことになる。


【幸男】
 その頃、俺は相当に落ち込んでいた。
 友達に言わせれば『バカバカしい』らしいが、俺には家庭を持ちたいと言う願望がある、一人の女性とパートナーシップを築き、家族を形成して子孫を残す……古い考え方だと言われようと現にそういう願望があるのだから仕方がない、だがそれは本来なら人間誰しも持っていたはずの願望、C-イン、C-ルームの登場が本来あるはずの欲求を奪ってしまっただけのことだ。
 そして同じ願望を持つ女性と知り合い、この一年、交際を重ねて来た。
 しかし、俺達はゴールには辿り着けなかった、現代では独身を通すことで生活上困ることはほとんどない、恋愛欲や肉欲もC-インやC-ルームで満たすことができる、男女が二人で生活する必要はないのだ、それ故に価値観、人生観、信仰、家庭事情……それら全てが合致しないことには結婚生活を続けて行くのは難しいとされている、少なくとも双方が、あるいはどちらかが歩み寄って合致させなければ結婚など出来ようはずもない、見切り発車で結婚しても破綻が待ち受けているだけだ。
 俺達は充分に話し合い……その結果として別離を決めた。
 結婚願望を持つ男女が急激に減少している現在、結婚に至らないと結論が出たならお互い綺麗に身を引くのがマナー、ぐずぐずと引き延ばして浪費できる時間などないのだ。
 彼女に未練はあったし、向こうもそうだと言ってくれたが、完璧なマッチングには至らなかったから別れた、そういうことだ……。
 
「よし、これでいい」
 俺は仕事を終えて時計を見る、時刻はすでに夜中の1時を回っていた。
 翌朝までにどうしても仕上げて置かなくてはならない仕事があったのだ。
 頭も身体もくたくたに疲れてはいたが、明日は休暇を取ってある、週末と併せて三連休だ、心は開放感に満ちていた。
 既に終電は出てしまっているが、明日から休みだと言うのに会社の仮眠室で夜を明かす気になどなれない、無駄な様でもホテルを取ろうかと考えていた時、ふと頭に浮かんだのがC-インだった。
 C-インで一晩を過ごす料金は、ビジネスホテルよりは高いがシティホテルほどではない。  
 宿泊施設と考えれば質素だが、ホテルなら独り寝、一方C-インならばクローン女付きだ、シティホテルで快適さを求めるのも悪くはないが、一本抜いて貰ってすっきりしてから柔らかな女体を胸に抱いてぐっすり眠る方が魅力的、そう考えると、俺の脚はためらいなくC-インに向かっていた。

 C-インのそれぞれの部屋はごく狭い。
 概ね2メートル×3メートル、その2/3は造りつけのダブルベッドに占められていて、各室にトイレ、洗面兼用のシャワー室、そして客の生体認証で施錠、開錠が出来る、やはり造りつけのロッカーだけ。
 そしてクローン女たちはごく小さなパンティしか身につけていない、ブラジャーすら与えられないのは、裸体を看板にするためでもあるが、それで首を吊ったり客に危害を与えたりしないためでもある、客も荷物と衣服全てをロッカーにしまうことになっている、例外はパンツだけだ。
 もっとも、クローン女たちには客に危害を与えたり、自殺したりする気はないように思える。
 彼女たちは生まれた時から……培養液から取り出された時からと言うべきか……停止するまで……リアル人間と区別するために死をそう表現するのだが……をC-インの中で過ごす他はない、そのための手段が講じられている。
 この建物のどこかに厳重に保管されている発信機、その受信範囲から外れると心臓が止まってしまうように細工されている、もう少し科学的に説明するならば、クローンは生後間もなく心臓ペースメーカーを埋め込まれ、自律神経による鼓動は止められる、そして鼓動に必要なパルスと電源は発信機から送られているのだ。
 従って、彼女たちは外の世界の事を知らない、当然学校など通わせるはずもないので外界の情報源は客のみだが、1時間コースの客だと会話もする暇なくダッチワイフ代わりに使われて終わりだ、たまに泊まりで買ってくれる客がいても、クローンにはあまり外の世界の事を話さない、と言うのが社会常識になっているので当たり障りのないところまでしか話してもらえない。
 その一生をC-インで過ごさざるを得ないのだが、同僚はみな同じ境遇、そしてクローン女たちの身の回りの世話をするのも、年齢を重ねて客がつかなくなったクローン女、それが当たり前の世界しか知らないので特に疑問を感じることもない、それがクローン女たちの現実、彼女たちはいわばC-インの『備品』なのだ。

(さて、今日はどんな娘が良いかな……)
 俺は開いているドアから物色しながら廊下を進んだ。
 俺の好みはあまり一定していない、はっきり言って気分次第で変わる。
 そもそも、その夜限りの付き合いなので、あれこれ悩む必要もないのだ。
 ランチを例に取れば和食、洋食、中華などなど、街に出れば店はよりどりみどり、中には和食しか食べないとか、大抵は中華だ、なんて向きもいるだろうが、ほとんどの人はその日の気分でメニューを決める、クローン女選びも同じことなのだ。
 俺の場合、18~20歳くらいで大人しい感じ、太過ぎず細過ぎずと言った辺りを最も好むとは言えるだろうが、20代後半の水商売風とか包容力のある熟女系を選ぶこともあり、やはりその日の気分次第だ。

 その日、あるドアの前で、俺の足は吸い寄せられるように止まった。
(おいおい、マジかよ……俺はどうしちまったんだ?)
 俺は自分自身に驚いていた。
 そのドアの中にいたのは、まだ胸もろくに膨らんでいない少女だったのだ。
 ローティーンと思しきクローン女が出ている事自体は珍しいことではない、これまでも何度も目にはしている。
 そもそも、新生児状態からC-インの負担で育てなければならないのだ、需要が多かろうが少なかろうが性交可能な年齢になれば店に並べるのが当然、ただ、今までは目にはしても気に留める事はなかった……なのに、何故そのドアの前では引き寄せられるように足が止まってしまったのだ。
 前の客を送り出したばかりなのか、その娘はこちらに尻を向けてせっせとベッドを直している、その尻に、と言うより腰つきにかすかな『女』を感じ、一方でいかにも華奢な背中が愛らしい……その対比がなんとも新鮮に感じられたのだ。
 最後にポンポンと枕を叩いてベッドメークを終えたその娘は、初めて俺の視線に気付いたようで、きょとんとした顔つきで俺を見つめている、その顔を純粋に『可愛い』と思った……子供として可愛い、それもある、しかしさっき目にした、女らしさを示し始めている腰や腕の中にすっぽり納まってしまいそうな背中、それを腕に抱きたいと思った、剥き出しの性欲を感じたわけではないが、その儚ささえ感じさせる体を抱いてみたいと感じたのだ。

「今から……いいかい?」
 本当はぐるっと一回りして品定めしてから今夜の相方を決めるつもりだったのだが、視線が合った途端、俺はそう口にしていた。
「あ、はい、大丈夫です」
 その娘はニッコリと笑い、俺は吸い寄せられるように部屋に足を踏み入れた。
 相手を決めて部屋に入ったら、壁掛けの内線電話でフロントに通知するのがC-インの利用法、プライバシー保護のために今だに有線でカメラも付いていない旧式の受話器だ。
 その向こうから言わずもがなのいつもの注意事項を聞かされ、滞在時間の予定を聞かれる……俺は12時間コースを告げた。
「107番を12時間ですね、明日の午後2時までになります、延長なさる場合は30分前までにフロントにご連絡下さい、予定より早くお帰りになる場合でも規定料金は戴きますがよろしいでしょうか?」
 受話器からは人工音声による事務的な説明が流れて来る。
 今まで自分にロリータ趣味があると感じた事は一度もなかった、こういう宿で裸のローティーンを見かけても、どうして胸も膨らんでない娘に興味を持つのか不思議に思っていたくらいだ。
 確かにここに来る時、女の身体を抱きながら眠るのは悪くない、と考えていた、だが、その時イメージにあったのはむしろ熟女寄りだったのに……。

「12時間コースですか?」
 彼女……107番はきょとんとしている。
「あ、もしかしてもう眠いのかな?」
「あ、いえ……滅多にないんでちょっとびっくりしただけです」
「そう? 実を言うと俺はちょっと眠い、忙しかった仕事が終わったんだけど終電もなくなっちゃったんでここに来たんだ、一回はさせて貰うけど、多分俺も寝ちゃうから、君も朝まで一緒に寝ててもいいよ」
「あ、そうなんですか? でも、何回されても……皆さんそうされますし」
「俺、別に金持ちでもなんでもないけど、来月は残業代もたっぷり入るはずだから、たまにはそんな贅沢もしてみたくてさ」
 俺がそう言うと、107番はニッコリ笑ってこくんと頷いた。

 トランクスだけ残して、荷物と着衣の全てをロッカーに放り込むと、俺は107番をシャワーに誘った。
 
「何歳?」
「12歳です」
 子供の平均的な身長・体重など知らないし、個人差も大きいから年齢を推察するのは難しい、もう2歳位下かなと思っていた。
 後で調べてわかったのだが、107番の体格は10歳としての平均に近い、12歳という事はだいぶ小柄な部類だ、ただ、体つきと言う点ではほんのりとだが丸みを帯び始め、女らしさも見せ始めている。
 いずれにせよ、実際に腕に抱いてみると140センチそこそこで40キロを大きく下回るであろう身体は見た目以上に小さく感じる。
 クローンはコピー元の人種に関わらず全て緑の髪になる様に遺伝子操作されている、リアル人間と区別するためだ、髪の毛以外の体毛も全て緑、と言っても107番には体毛と言える様なものは何もないが……。
 107番の小ぶりな顔にはその緑色の髪が良く似合っていて、触れてみるととても細くサラサラだった……髪を撫でた時、その頭の小ささも実感した、そして、見た目にはほんのりとした膨らみに過ぎない胸も撫でると思った以上に柔らかく、まだ陥没したままの乳首も固くなる、肌のキメの細やかさは成人とは比べ物にならない、掌が吸い付くような感触だ……そして性器……見た目には一本のスジに過ぎないが愛撫してやれば『あん』と小さく声を漏らす、こんなに小さくても客を取らされている身、性体験は豊富なのだ、そしてまだ演技を憶えるような歳でも無いから本当に感じてしまうのだろう。
 だとすれば……こんな子供を抱こうとしていることに少し後ろめたさも感じていたのだが、気にすることでもないだろう、小さくても性的には一人前の女なのだ、一本相手して後は寝ててもいいというなら、この娘にとっても良い仕事、楽な仕事だろうし……。
 迷わずこんな幼い娘を選んだのは、それも理由だったのかも……と思った、普段、C-インに来るときは『溜っている』場合がほとんど、今は疲れていて性欲もそう強く感じているわけではないから……。

 シャワーの後、いわゆるお姫様抱っこにしてベッドに運ぶ、小さく軽い身体ならではの楽しみ方、大抵の男はこれをやりたがるのではないだろうかと思う。
 そしてベッドに横たえ、時間をかけて愛撫すると……107番は俺を魅了した。
 かすかな胸のふくらみは掌にすっぽりと納まり、腰から尻にかけてのなだらかなラインもすべすべしていながら掌に吸い付くような肌とも相まって好ましい。
 その間、107番は小さく声を漏らし続ける、C-インの女たちの中は客を早く終わらせてしまおうと大げさな声を上げる者も少なくないが、107番の押し殺したような小さな喘ぎ声は俺の感性を刺激する。
 たっぷりと愛撫した後に脚の間のスリットに指を伸ばして豆粒のような花芯を刺激してやると、107番は大きく背中を仰け反らして達してしまった。
「ご、ごめんなさい……」
 客より先に逝ってはならないと教育されているのだろう、107番は自分だけ逝ってしまった事を謝ったが、俺は少しも気分を損ねてはいなかった。
「気にしなくて良いよ、俺がしたくてしたことだから、俺の愛撫は気持ち良かった?」
「はい」
「とても可愛い声で鳴くね、嬉しくなるような声だ」
「そ、そうですか?」
「うん、今までロリータ趣味はないつもりだったのに、君を見かけた時に思わず足が止まったんだ、なにか惹き付けられるものがあってさ、かいがいしくベッドを直してる姿が可愛かったんだ、顔も可愛いし、こうやって愛撫してみると体も未熟なりの魅力があるよね」
「え……ありがとうございます……でも、子供っぽ過ぎませんか?」
「子供っぽくないとは言わないよ、実際子供なんだしさ、でも、12歳でもちゃんと感じてくれれば女としての魅力もあるよ」
「あ……ありがとうございます……」
 107番はちょっと戸惑ったように、それでいて嬉しそうにほほ笑んだ。

 実は、俺は少しばかりコンプレックスを抱えている。
 俺は185センチ80キロとかなり大柄な方だ。
 しかしアレは少々小さめなのだ、そう極端に小さいわけではないとは思うのだが、身体が大きい分余計に貧弱に見えてしまうらしく、リアルでもクローンでも『あら?』と言う顔をされてしまうことがある、中には声に出してしまう女性もいるくらいだ。
 しかし、107番の小さな身体を前にすると、控え目サイズで良かったとすら思う、体の大きさに見合ったビッグサイズだったら、この儚ささえ感じさせる華奢な体を壊してしまいそうだ。
 107番も『あら?』と言うような顔はしない、むしろ少し安堵している風ですらある、それもそうだろう、この小さな身体で大人の男の相手を務めるのは決して楽ではないはずだ。
 そして……案の定と言うべきか、幸運にもというべきか、俺と107番の相性は抜群だった。
 107番は俺の分身を柔らかく包み込み優しく締め付けて来る、そして彼女の小さな体にも俺の控えめサイズがジャストフィットしたようだ、俺は彼女に、それ以上は苦痛になると言う一歩手前の、最適な刺激を与えられていたようだ。
 107番は絶えず喘ぎ続け、俺は夢中で腰を振った……。

 ここに来る時は、軽く一本抜いてもらって後はぐっすりのつもりだったのだが、この部屋に入ってから2時間あまり……すっかり弾を撃ち尽して満足した俺は、ごろんと107番の横に寝転び、腕を差し出した。
 きょとんとする107番、その表情も可愛らしい。
「腕枕……しないの?」
「いいんですか? 腕、痺れませんか?」
「俺がそうしたいんだよ」
「それなら……」
 107番は俺の腕を頭に敷いてニッコリと微笑んだ。
「すごく良かった」
「本当ですか? 私もすごく感じちゃって、ちゃんとできたかどうか……」
「ちゃんとも何も、俺、こんなに興奮したこと初めてだし、あんなに女の子を乱れさせたのも初めてだよ」
「私も……」
「相性が良いのかな」
「だと嬉しいです」
 107番の小さな身体にジャストフィットすると言う事は、やっぱり俺のは小さめだと言うことでもあるが、そんな事はもうどうでも良い、相性ばっちりの相手を見つけられたのだから。
「君は可愛いね」
 俺は傍らの107番の身体をゆっくりと撫でながら言った。
「え?……」
「言われない?」
「言われたことないです」
「そんなことないだろう?」
「頭をぽんぽんと叩かれながらなら何度かありますけど」
「ああ、まあ、それだと子供扱いだな」
「実際、まだ子供ですから」
「まだ身体が小さい事は確かだけど、俺が今まで抱いた中では一番だったよ」
 リアルでもクローンでも、と付け加えかけて、やめた。
 なんとなく107番をクローン扱いしたくなかったのだ。
「ありがとうございます」
 クローン女は世辞を使わない、客に失礼のないようにとは教育されてはいるが、客の歓心を煽る必要はないのだ、なぜなら、沢山客が付いても彼女たちに取って何も良い事はないから、まあ、あまり少ないと罰を受けたりすることはあるのかもしれないが……。
「ここ、ぬるぬるになっちゃったね……犯人は俺なんだけどさ」
「うふ……」
 その笑顔に嬉しくなって、俺はさらさらした緑色の髪をゆっくりとなでた、すると107番はうとうとし始める……もう夜中と言うよりも明け方、疲れが出たのだろう、にもかかわらず全身全霊で俺の相手をしてくれた……俺はその幼い笑顔を眺めながら髪をなで続け……いつしか眠りに落ちて行った。

「う……うん?」
 目が覚めると、隣にはちゃんと107番が居た、俺の胸を触れるか触れないかのソフトさで撫でている。
「あ……起こしちゃいました?」
 107番が俺の顔を覗き込む。
「ん? ああ……いいんだ……今何時?」
「もうすぐ12時です」
「ああ……そうか……」
「何か予定が?」
「いや、今日はオフなんだ、明日と明後日もね」
「良かった……」
「君は? だいぶ前から起きてた?」
「いいえ、つい15分位前です」
「そうか……よく眠れた?」
「はい、ぐっすり」
「昨日は無茶しちゃったね、悪かった」
「いいえ……」
 107番ははにかんだような顔を見せて言った。
「あと1時間半あります、よろしければもう一度……」
「君は? 大丈夫なの? 身体はきつくない?」
「大丈夫です……もう一度……抱いて……欲しいんです」
 そんな言葉を聴いて奮い立たないのは男じゃない。
 俺はじっくり愛撫してやり、ゆったりと穏やかに107番と交わった。

 出来ることならば後二日まるまる延長したい位だったが、C-インには連続で同じクローン女を買えないと言うルールがある、クローンの安全を確保するために……以前、無茶しすぎてクローン女を死なせてしまい、時間延長でそれを誤魔化そうとした客がいたのだ。
 そして、クローン女が特定の客に過度に入れ上げるのを防ぐと言う意味合いもあるのだろう。
 後ろ髪を引かれる思いで俺は身支度を始めた。
「また来るよ、次はまっすぐこの部屋に来るけど、良いかな?」
「はい!」
 翳っていた107番の顔に灯りがさしたかのようだ。
「俺は幸男って言うんだけど、君は?」
「私は……107番……」
 迂闊な質問だった、クローンに名前などない。
「それじゃ呼びにくいな……う~ん、そうだな……レナはどう? 107の0と7でレナ」
「レナ……私の……名前…………はい! 素敵な名前です」
「じゃあ、レナ、必ずまた来るよ」
「待ってます」
 
 俺は最後にレナとキスをして部屋を出た。
 
 フロントで支払いをしている時、ふと思った。
 これがレナを買った料金ではなく、レナとディナーを共にした代金だったらどんなに良いか……。
 もう俺の頭の中はレナの事で一杯だった。


【レナ】
 あたしを選ぶお客さんは大きく分けて2種類。
 一方はいわゆるロリータ・コンプレックス、小さな女の子にしか興味を持てない人。
 そういう人はたいてい優しくしてくれる、夢中になってちょっと乱暴になっちゃう人もいるけど、乱暴に扱った後でも『大丈夫だった?』とか聞いてくれる、そんな時、あたしはちょっと辛かったなと思っても『大丈夫でした』って言っちゃう。
 もう一方は征服欲の強い人。
 あたしみたいに小さくて力も弱いと思うように扱える、持ち上げたり押さえつけたりするのも楽、だから小さい子を選ぶの。
 そんな人はたいてい乱暴、あたしが痛がったり苦しがったりするのを見て興奮するみたい。
 前のお客さんはあとの方。
 それも1時間コースだったから、最初から最後まで時間をおしむように責め立てられてぐったりしちゃった。
 体が空いてればドアも開けとかなくちゃいけないんだけど、開けてあれば寝てても怒られないの、多分1時間くらい寝てたと思う、少し寝たら元気が出て来たからベッドを直してたの、1週間ごとにどれくらいのお客さんを相手にしたかチェックされて、少ない方だと怒られちゃったり、ご飯をもらえなかったりするから……。
 そしたら、廊下を歩いてたお客さんと目が合ったの。
 あたしに興味を持ったみたいだけど、その人は他の人とちょっと違ってた。
 なぜだかわからないけど、ちょっとびっくりしたみたいな顔をしてたの。
 ロリータ・コンプレックスの人にも征服欲の強い人にも見えなかった……そう、ごく普通の人、そういう人はたいていあたしのドアの前は通り過ぎて行くんだけど……。
 でもその人はスッと部屋に入って来たの、『今から……いいかい?』って言って。
(きっと良い人なんだろうな)ってすぐに思った、だってそんなこと聞く人いないもん、ドアが開いてるってことは体も空いてるってことだから 体が空いてさえいれば、あたしたちクローンはお客さんを拒んだりできないから。
 で、そのお客さん、部屋に入って来るとフロントに12時間コースを告げたの。
 ちょっとびっくりした。
 だって12時間コースは一番長いコースだから料金も高いの、だから12時間コースを選ぶ人はたいていもう何度かあたしを選んだことがある人ばっかり、最初から12時間コースって初めてだった。
 それから『一回はさせて貰うけど、多分俺は寝ちゃうから、君も朝まで一緒に寝ててもいいよ』とも言われたの、正直、疲れてたからうれしかったけど、そんな風に言われるとかえってちゃんとしなきゃって思っちゃう。
 その人、ずいぶんと背が高くて180センチくらいあったから、シャワーを浴びながら向き合うとあたしの顔はその人の胸の辺り、そんなにたくましい胸でもないし、スリムでもない、でもその胸に顔をうずめてるとなんだか安心したの、体をくまなくなでられたけど少しもいやじゃなかったし、これからこの人に抱かれるんだと思うとなんだかドキドキしちゃった……。
 ベッドに入ってもいきなりのしかかってなんか来ないで、あたしの体をやさしくなでまわしてくれた……だれでもそうしてくれるわけじゃない、1時間コースなら時間を惜しんですぐにのしかかって来る人がほとんど、正直言うとまだ充分に濡れてないのに挿れられると辛いの……。
 たっぷり時間をかけてくれたのは12時間コースだからかな、とも思ったけど、本当に気に入ってくれてるんだって思えた。
 その人は思った通り、ロリータ・コンプレックスの人でも征服欲の強い人でもなかった、『子供には興味がなかったはずなんだ』と言っていたし、『小さくても感じてくれれば女としての魅力もあるよ』って言ってくれた。
 あたしが男の人のお相手をするのは、そのために造られて、それしか生きる術がないから、だから気に入ってくれてもそうでなくてどっちでもいい、ずっとそう思ってたんだけど、あたしをありのままに受け入れてくれたんだなって思うとうれしかった。
 それとね、あたしは体が小さいからやっぱり大人の男の人のお相手するのって大変なの、まだ痛くされちゃうことも多いし……でもその人のはそんなに大きくはなくて、痛くはなかった、それでも少しだけ苦しかったんだけど、なんかそれも良くって……最初に一回だけで良いって言われたけど、結局2時間くらい抱かれてた……でも全然いやじゃないって言うか、もっと抱いて欲しいって思った……そんなの初めてだったな……。

 でね、寝る時に腕枕してくれたの、それも初めてだった、腕を差し出された時はどういう意味か分からなかった、でも、実際に腕枕してもらうとなんだか安心した。
 その人ね、結婚して家族を持ちたいって思って女の人と付き合ってたんだって、結局そこまで行き着かなかったって言ってたけど……だからなのかな、自分だけ気持ち良くなれば良いって感じじゃなくて、あたしも気持ち良くさせてくれようと思ってくれてたみたい、そういう人には初めて会ったの……あのね、あたしたちクローンの女の子って、リアルの男の人のお相手をする為だけに造られたんだからお客さんのお相手するのは当たり前なんだけど、その人とはただお相手するってだけじゃなかった、なんだかよくわからないけど、体を重ねて繋がっていられることが嬉しくて……そんな気持ちって初めてだった……。
 腕枕してもらってぐっすり眠って、目が覚めたらその人はまだ眠ってた、その顔を見てたらまた抱いて欲しいなって思った、あたしを抱いて気持ち良くなってくれたらうれしいなって……そしたらね、その人も目を覚まして、前の夜よりもっと優しく抱いてくれた、『今までで一番気持ち良かった』とも言ってくれた、それってすごくうれしかったの。
 でね、帰る時に名前を教えてくれた、幸男さん……その名前はぜったい忘れないって思った、それからあたしの名前も聞かれた……でも、あたしに名前なんてない、あたしはただの107番……そしたら『107の0と7でレナってどう?』だって……レナ、レナ……すごく気に入った、ううん、気に入るとか気に入らないとかじゃなくて、名前を付けてもらって、その名前で呼んでもらえるって、なんて素敵なんだろうと思った。
 でもね、あたしは幸男さんのお相手だけしてればいいわけじゃないの……体が空いていればドアを開けておかなきゃいけないし、ドアが開いていればだれでも部屋に入って来てあたしを抱く……それってなんだかいやだなって思った……今までなんとも思わなかったのにね……。
 幸男さんがあたしに名前を付けてくれてよかった、だって他の人に抱かれる時、あたしはただの107番、でも幸男さんの時だけはあたしはレナなんだもん……そう思わないとなんだか辛いけど……。


【幸男】
「レナ、また来たよ」
「幸男さん!」

 俺は三日と空けずにレナの元へ通った、そして週末ともなれば一晩を一緒に過ごした。
 その料金は給料では賄いきれずに、結婚資金にと積み立てていた貯金を崩すことになったが、レナとの時間は金には代え難かった。

 レナはいつもぱっと顔を輝かせて俺を迎えてくれる、そして俺達は時間が許す限り肌を重ね合い、快楽を貪り合った。

 でも時々はレナの部屋、107号室のドアが閉まっている事もある、そんな時はフロントでレナが空く時間を尋ねて出直した。
 C-イン側ではそれを快く思わない事は知っていた。
 クローンの女とリアルの男があまり深い仲になって欲しくはないのだ、クローンにC-インにとっては無用な知恵がつく恐れがある。
 だが、俺はそうしないではいられなかった。

 そして、レナの身体が空くのを待って部屋に入る時、俺もレナも少し気まずい思いをする。
 それまで別の男に抱かれていた事は明らかだからだ。
 そんな時、俺はいつもより激しい劣情に駆られるのだ。
「レナ、レナ、レナ……」
 俺はレナの名前を何度も呼びながらレナを激しく求める。
 「幸男さん、幸男さん、幸男さん……」
 レナもそれを全身で受け止めて、俺に全てを委ねてくれる。
「あああっ……ああっ……」
 俺はレナの唇をむさぼり、その華奢な体を抱きしめ、滑らかな肌を撫で廻し、レナの体のできるだけ奥深くに俺の精を注ごうと激しく腰を振る、レナがそのことで子供を宿すことがないことは知っている、クローンは初潮を迎える前にその生殖機能を奪われるから……だが、無駄撃ちだと分かっていてもレナに俺の種を撒かずにはいられない、それは人間誰しもが持っていたはずの本能であり、レナに対する俺の愛情の証だからだ。

「レナ、お前の身体から前の男の痕跡を消してやる、俺のレナ、俺だけのレナ、レナが身体に刻んで良いのは俺の痕跡だけだ」
「消して、忘れさせて、幸男さんだけのレナにして……」
「レナ……愛してる、俺だけのものにしたい」
「私も幸男さんだけのものになりたい……」
 俺たちお互いを自分だけのものにしたいと願い、互いの名を呼び合って激しく交わる。
 しかし、それは叶わぬ事だと言うことも知っている。
 もしできるのなら、どんな代償を払ってでもレナを俺一人のものにしたいと思う、レナとひとつ屋根の下で暮らしたいと願う、しかし、このC-インから離れればレナの心臓は止まってしまう、それはクローン人間とリアルな人間を区別して共存するために必要なルール、もしそれを回避することが出来る技術があったとしても法がそれを許さない。
 それがわかっているだけに、この部屋で、107号室で、俺とレナは互いの身体を貪るようにして愛し合う。
 レナは生まれてこの方、このC-インしか知らない、ここで男に抱かれるためだけに生まれて来た、そうやって育って来た
 しかし、それが本来は愛の行為であることを知ったのはごく最近の事なのだ。
 
 レナは俺を愛してくれている、だが、それを表す術を一つしか知らない。
 レナがここから一歩も出られない以上、俺達は抱き合い、お互いの身体を貪りあう以外に愛し合う術を持たないのだ。


【レナ】
 幸男さんは時々少し乱暴になることがあるの、どうしてかなって思ったけど、ある時なんでそうなるのかわかった。
 あたしが他のお客さんのお相手をしたばかりだった時、『お前の身体から前の男の痕跡を消してやる』って言われたの。
『俺のレナ、俺だけのレナ』とも言われてすごくうれしかったんだけど、すごく悲しくもあったの。
 だってあたしも幸男さんだけのあたしでいたいのにそうじゃないから、そうなりたいのにできないから。
 造られてからずっとここにいるし、ここから出られないことも知ってる、ここから離れたらあたしの心臓は止まっちゃうんだもん。
 ここにいる限り、他のお客さんのお相手もしなきゃいけない、いやだなんて言えないの。

 あたしたちの身の回りのお世話をしてくれる3番さん、歳を取ってお客さんがつかなくなって裏方さんになった人なんだけど、よくお話しするの。
 あたしが幸男さんのことを話したら、『まあ、恋をしたのね』って優しい顔になったけど、すぐに厳しい顔になって『そのことは絶対お店の人に言っちゃだめよ』って言われた……どうしてかはきかなかった、なんとなくわかったから。
 その代わりに『3番さんは恋をしたことあるの?』ってきいたら、少しの間だまって昔のことを思い出すような顔をしてたけど『ないわ……』って言った……でもわかる、きっと3番さんも恋したことがあるんだって、でもそれも言えないってことは、もう絶対きいちゃいけないことなんだって感じたし、それを知られちゃいけないんだとも思った。
 それってすごくさびしいことだけど、そうなんだって……。
 幸男さん、『レナが身体に刻んで良いのは俺の痕跡だけだ』とも言ってくれた、本当にそうだったらどんなに良いだろうって思う。
 だから、幸男さんが少し乱暴になる時、あたしも一生懸命に抱かれるの、抱かれるのに一生懸命って変かもしれないけど、そういう気持ちなの、他のお客さんに抱かれたことは全部忘れたいから、忘れさせて欲しいから……。
 
 
【幸男】
「これ、着てみてよ」
「え? これって……」

 ショッピングセンターでふと見かけた白いワンピース。
 白一色のコットン、ところどころにレースをあしらっただけのシンプルなワンピース。
 それを見かけたとき、レナに着せてみたい、これを着たレナを見たいという衝動が抑えられなかった。
 そして、それを買って鞄に忍ばせ、レナの部屋に持ち込んだのだ。

「似合うよ、レナ……本当に可愛い、本当にきれいだ……」
「……嬉しい……」

 シンプルな白いワンピースを着たレナは一幅の絵のようだった。
 窓ひとつない、いつもと変わらない107号室、しかし、俺の目には青い空が、湧き上がる雲が、きらめく海が見え、爽やかな風が通り過ぎた、そしてその中に佇むレナの姿も……。
 レナはもちろん、そんな景色を見た事はない、そんな景色が存在することすら知らない。
 俺は頭の中に浮かんだ風景できるだけ詳しくレナに話して聞かせてやった。
 レナが決してそれを体験できない事を知りながら……それを知らずに一生を終えるのが良いのか、イメージだけでも持った方が良いのか、俺にはわからなかった。
 ただ、その話を聴いているとき、レナの顔は、瞳は夢を見るように輝いていた。
 
 だが、クローンは私物を持つ事が出来ない、見つかれば取り上げられてしまうだけ、罰を受けないとも限らない。
 俺はその都度ワンピースを持ち帰り、レナに逢ってはそれを着せて、二人で高原の澄んだ空気の中を散策し、海を訪れて波と遊ぶ夢を語り、そしてそのワンピースを脱がせたレナと愛し合った……。


【レナ】
あたし、お洋服って着たことなかった。
 お客さんたちはいろんなお洋服でやって来て、それを脱いでロッカーにしまう、でもここにいるクローンはお洋服を着せてもらえないの、あたしたちのお仕事は裸でするものだから、ドアが開いている時もどんな体をしてるのか見せてなきゃいけないし……ご飯を食べたり休憩したりしてる時も同じなの。
 だから幸男さんが白いワンピースを持ってきてくれた時は嬉しかった、初めてお洋服を着て、シャワー室にある鏡で自分の姿を見たの、なんだかちょっと恥ずかしいような気持になった……でも幸男さんが『よく似合う、可愛いよ』って言ってくれて、人間の女の子になったような気がした。
 でも、あたしたちクローンは自分のものを持つことはできないの、必要なものはここにそろっているけど、自分が気に入ったものを使うことはできないし、持つこともできない、白いワンピースも見つかったら取り上げられちゃう、だから幸男さんはまたそれを持ち帰るの……手元に置いておければ会えない時も幸男さんと一緒にいるみたいに思えるんだろうけど……。

 幸男さんは週末になると12時間コースを選んでくれるの、で、そのワンピースを着て並んでベッドに座って色々とお話もするの……。
 ご飯を食べたり休憩したりするお部屋には天窓がある、太陽の光を浴びないと骨がもろくなっちゃうからなんだって、でも型ガラスがはまってて外の様子は見えないの。
 でもね、晴れてるか曇ってるか、雨が降ってるかくらいはわかるよ、幸男さんが青い空の話をしてくれた時、それが晴れている時なんだってことはわかったけど、空が青いなんて知らなかった、だって晴れてる日には天窓は真っ白に見えるから、雲が白いってことも知らなかった、だって曇りの日には天窓は灰色に見えるから。
 海ってどんなものかも全然知らなかった、それが青いってことも……だって水は透明だとばっかり思ってたから。
 野原、山、川……知らないことばっかり……3番さんも知らなかったよ。
 自然だけじゃないの、音楽や映画、本、テレビ、スポーツ……あたしは何も知らない。
 幸男さんがそういうもののことを話してくれる時、あたしは一生懸命に想像するの、想像の中で風に吹かれて、野や山の景色を見て、川の水の冷たさを感じるの、幸男さんと一緒に……。
 それでね、いっぱいお話して話し疲れるとワンピースを脱いで幸男さんと愛し合うの。
 そう、愛し合うの……それって他のお客さんのお相手するのとぜんぜん意味が違う、じかに肌と肌をかさね合ってお互いの体温を感じあうの、唇を重ねて気持ちを通じ合うの、お互いの体の敏感なところを触り合って一緒に感じ合うの、そして、幸男さんがあたしの体の中に入って来るの……体の奥深くで繋がり合うの、幸男さんの精を体の奥深くで受け止めるの……その時、あたしは幸せ……好きな人と一つになれるんだもん……そのまま溶けて混ざりあっちゃったらずっと一つでいられるのに……。
 でもあたしたちの時間は限りがあるの、幸男さんにはお仕事があるし、お金だってたくさんかかる、ずっと一緒にはいられない……。
 でもね、幸男さんは『また来るよ』って言ってくれるし、本当にそうしてくれる、だから我慢しなきゃね……他のお客さんに抱かれなきゃいけないのはつらいけど……。
 
 
【幸男】
 しばらくして俺は2週間ほどの長期出張に出なくてはならなくなった、勿論その事はレナには話してある、何日で帰るのかも。
 出かける前の夜、12時間コースで泊まることはできなかったけど、その次に長い6時間コースを選んでレナとできるだけ一緒に過ごした……。
 レナと離れた2週間は長かった、早くレナに会いたかった、レナと愛し合いたかった、出張が終わると空港から真っ直ぐレナの元へ向かった。
 きっと指折り数えて待っていてくれるに違いない、レナの笑顔を思い浮かべると思わず早足になる、駆け出してしまいたいほどに……。
  
 だが、2週間ぶりに訪れた107号室はドアが閉まっていた。


【レナ】
「2週間も?……」
 思わずそう言っちゃった、でもすぐに後悔したの、だって幸男さんにはお仕事があるんだもん、お仕事を頑張ってお金を稼いで会いに来てくれるんだもん、そんなこと言ったら幸男さんを困らせるだけ。
 でも幸男さんは怒らないで、『出張が終わったら真っ直ぐにここに来るよ』と言ってくれた、2週間も会えないなんて想像もできないけど、必ずすぐに来てくれるって言ってくれたんだから信じるしかない。
 次の朝早くに空港に行かなくちゃいけないんだって言ってたけど、幸男さんは終電の時間ぎりぎりまで一緒にいてくれた。
 どこへ行って、何をして、いつ帰って来るのか、全部詳しく教えてくれた……それからいつものように……ううん、いつもより激しく抱き合って愛し合ったの、2週間分の幸せを貯めておくことなんかできないけど……。
 幸男さんが帰り支度を始めた時、ちょっと泣きそうになっちゃった。
 でもそんなことしたら困らせるだけ。
「待ってるから、早く帰って来てね」
 あたしはできるだけ明るく言ったの、幸男さんは最後にあたしを強く抱きしめてくれて、情熱的にキスしてくれて、名残り惜しそうに出て行った。
 お客さんが出て行ってから20分間くらいはドアを閉めていても良いの、ベッドを整えたりシャワーを浴びたりするための時間なんだけど、あたしは何もする気がしなかった、幸男さんの肌の感触をシャワーで洗い流したくなかったし、愛し合って乱れたベッドもそのままにしておきたかった。
「2週間かぁ……長いなぁ……」
 あたし、幸男さんの前では言えなかった言葉を口に出した……がまんしてた涙もぽろぽろ流れて来ちゃった……。
 

【幸男】
「107号室は何時ごろ空くかな……」
 肩透かしを食ったような気分でフロントに尋ねた、すると……。
「107号室? ああ、あなたですか」
「え?」
「107番は停止しましたよ」
「停止?」
「まあ、我々リアルな人間で言えば死んだと言うことになりますかね」
「死んだ?……まさか……どうして?……」
「ここをこっそり抜け出したんですよ、この建物から離れれば心臓が止まる事を知っていながらね……馬鹿な事を……」
「そんな……」
「知っていますよ、あなたが107番にご執心だった事をね、107番もかなり熱を上げているようでしたからね、これはまずいなと思って同じ遺伝子の別のクローンとトレードする話を進めてたんですがね、ちょっと遅かったようです……法的にはあなたに責任はない、しかし、我々は107番はあなたのせいで停まったんだと思ってますよ……もうここには出入りして頂きたくありませんな」

 レナがいないのならここに来る理由などない……フラフラと立ち去ろうとする俺の背中に辛らつな言葉が投げかけられたようだが、何を言われたのか記憶にない。
 
 レナが……死んだ……。

 俺にはわかる、レナは青い空を見たかったのだ、白い雲を見たかったのだ、煌く海を見たかったのだ。
 それを吹き込んだのは俺だ、俺がレナを海に、山に連れて行きたいなどと夢想したせいだ。
 
 心臓が止まる時、レナは何を見たのだろうか。
 空は、雲は見られたのだろうか……都会の狭くてくすんだ空であっても、それだけは見ていて欲しいと思った。
 そして、その時、俺の顔を思い浮かべてくれただろうか……。
 
 レナと同じ遺伝子を持つ別なクローン?……レナと同じ顔、同じ姿のクローンはきっと他に何人もいるのだろう、だが、レナは一人しかいない。
 俺が愛したレナはもうこの世にはいないのだ……。
 そして、それは俺のせいだ……。


 【レナ】
 わかってたつもりだったけど、2週間はやっぱり長い……だって、間が2日空くこともめったになかったから……。
 その間、ただ待っていれば良いんだったらまだがまんできるんだけど、お客さんをことわるわけには行かない、幸男さんと抱き合うのは愛の行為、でも他の人とは違う……長い間幸男さんに抱いてもらえないと、自分がレナじゃなくて元の107番に戻っちゃうような気持になっちゃう。
 幸男さんが出張に行ってから1週間くらいたったある日、征服欲が強いお客さんがついたの、すごく乱暴でアレもびっくりするくらい大きい。
 その人、あたしの準備ができてるかなんてぜんぜん気にも留めてくれないで、いきなりのしかかって来る……それでもされてるうちに濡れて来ちゃうのは体の防衛本能なんだって知ってるけど、そんな自分がいや、心の中では(もうやめて)って思ってるのに体は反応してあえいじゃうのがいや……幸男さんのじゃない痕跡を体に残されちゃうみたいな気がしていや、あたしは男の人のお相手をするためだけに造られたクローンだけど、気持ちだけは幸男さんのものなのに……感じたくないのに感じちゃう、乱暴にされてるのに逝っちゃう……そんな自分がいや……。
 その人、あたしが気に入ったみたいで、3日続けて通ってきたの、3日目にはその人が部屋に入って来ただけで体が勝手にうずいちゃった……そんなのいやなのに……。

 その人に3日続けて抱かれた次の朝、朝ごはんの時に天窓をぼーっと見てた、すごく良い天気で天窓は真っ白に輝いてた。
(あの天窓の先には青い空と白い雲が見えるのかな……)そんなことを考えてたら、3番さんに注意されたの。
「変なこと考えちゃだめよ、あたしもあなたもクローン、本当の人間とは違うんだから」
 そんなこと知ってる、知ってるけど、本当の人間とクローンはどこが違うの? 緑色の髪の毛だけじゃない……あと……ここから離れられないように心臓に細工されちゃってるだけ……そこは大きすぎるくらいの違いだけど……。
「お客さんとあんまり親密になりすぎるとトレードされちゃうわよ」
「トレード?」
「別のC-インに移されちゃうってこと」
「でも、それってできないんじゃないの? 発信器から離れると死んじゃうんでしょ?」
「小型の発信機を使えばできるのよ、小型って言ってもスーツケースくらいあるけど」
「そうなんだ……」
 ぼんやりそう答えたけど、3番さんはまだじっとあたしを見つめてる、なにか言いたそうに……。
 え?……もしかして……。
「そんな話があるの? 3番さんは知ってるの?」
 3番さんは何も答えてくれなかった、でもかすかにだけど頷いたの、あたしをまっすぐにずっと見つめながら……。
 そうなんだ、あたしは別のC-インに移されるんだ……幸男さんと愛し合うようになっちゃったから……きっと遠い所だ、幸男さんがあたしを見つけられないように……。
 暗い気持ちで107号室に戻ったの、幸男さんが出張に行ってからまだ10日、それだけでこんなにつらいのに……あとたった4日会えない、それだけでこんなにつらいのに……これからずっと会えなくなるなんて、そんなのって、そんなのって……。
 ふと顔を上げたら、部屋の前の廊下にシーツを積み込む大きなワゴンが止まってた。
 リネン業者の人、他の部屋のシーツを回収に行ってるみたい、廊下に出てみると誰の姿も見えない……。
 あたし、ワゴンにもう積まれてたシーツの下にもぐりこんだの。
 見つからなければ外に出られる、青い空が見られる、白い雲が見られる……幸男さんが生きてる世界が見られるんだ……そう思ったら発信器のことも頭からすっかり消えてた。
 ガラガラガラ。
 ワゴンが動き出した、リネンの人が戻って来て押してるんだ……あ、なんか空気が変わった、外に出られたのかな?……そう思ってシーツのすきまからそっと外を見た。
 シーツのすきまからだったけど、少しひんやりした空気を感じたの、今まで感じたことがないすがすがしい空気……リネンの人が別のワゴンからシーツを出して車に積み替えて
る……今なら……。
 あたし、シーツを一枚だけ掴んでワゴンの外に飛び出した。
「あっ!」
 リネンの人に見つかっちゃった、でも連れ戻されるのはいや、せっかく外に、幸男さんが生きてる世界に出られたんだから。
 あたし、走った。
 リネンの人が追いかけて来てるのはわかった……けど、逃げてるわけじゃなかったの、アスファルトはちょっと冷たかったけど、まわりはビルだらけだったけど、真っ直ぐに伸びた道路の先に空が見えた、雲が見えた……あたしは青い空と白い雲を追いかけてたの……。
 ……え?……急に息苦しくなってきた……そうか、発信器の電波が届く範囲を超えちゃったんだ……どうしよう……でも戻りたくない……。
 膝をついたらもう立ち上がる力もなかったの、それどころか膝立ちでいる力もなくなってきちゃった……あたしは最後の力をふりしぼってあおむけにたおれたわ。
 青い空を白い雲が流れてた……幸男さん、あたしにこれを見せてくれたかったんだ……見てるよ、幸男さん……今、あたしは幸男さんと同じ空の下にいるんだよ……目がかすんできちゃった……でもね、あたしには見えるよ、幸男さんのやさしい顔が……ごめんね、待ってるって言ったのに待ちきれなかったよ……幸男さんが探せない遠くに連れて行かれちゃうんだとしても、最後にもう一度は会えたのにね、愛し合えたのにね……。
 さよなら……幸男さん……あたし、幸男さんに会えて幸せだったよ……人に造られたクローンだけど、心は人と同じだったみたい……だったら素敵だけど…………………………。
  

【幸男】
 俺は一時自暴自棄に陥り、仕事も手につかずクビになった。
 僅かに残っていた貯えでどうにか食いつなぐ日々……。
 立ち直ることも出来ず、貯えも底を尽いて死んでしまおうかと彷徨っていた時に、この町で煌く海を、青い空を、沸き立つ雲を見た。
 それを目の当たりにした俺は泣けるだけ泣いた、そしてレナの元へ行こうと海に入って行った……

 俺は今、この町の旅館で下働きをしている。
 海に沈んで行くところを旅館の主人に止められたのだ。
 
 仕事の合間に海を、空を、雲を眺めるのが今の俺の日課だ、レナを失ったばかりの頃はそれを見るのも辛かったが、今はレナを思い出させてくれる大切な時間だ。
 レナがこの世に存在し、俺と愛し合い、空を、雲を、海を夢見て死んだ、その事を俺は胸に抱き続けて生きて行かなければいけない、命を助けられた時、俺はそう思い直した。
 もしそれが消えてしまったらレナは本当にいなくなってしまう、レナが生きた証はもう俺の中にしかない、そんな気がするから……。



                   終
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