14.夢の国
文字数 4,834文字
「遊園地に行くか」
過去の話を終えた私に向かって、成瀬がいつもと変わらないヘラッとした顔を向けた。
今話した事を、聞いていなかったみたいな顔をしているから、過去の話をしたのは気のせいだったのだろうかと、夢でも見ていた気になった。それとも、話したつもりで、声には出していなかったのだろうか。
目の前にある、何の悩みもなさそうな顔を見ていたらそんな疑問を抱いてしまう。けれど、包み込む手の上を濡らした涙は本物で、鼻はグズついたままだ。
「上着どこ? 結構寒くなってきてるから、マフラーもあったほうがいいかな」
やっぱり、過去の話などなかったみたいだ。すっかり話したつもりでいたなんて、重症だ。
黙ったまま立ち尽くし、何も話さなかったんだと納得しようとしていたら、成瀬が私の手を引き部屋を出る。
廊下を行き、元居たリビングを通り抜けると、勝手に寝室のドアを開けた。
「さっき涼音のこと探すのに、片っ端からドア開けちゃったんだよね。悪いな」
迷うことなく寝室のドアを開けたことに対して、それほど悪そうでもない風に謝った後、それこそ勝手にクローゼットからコートを取り出し手渡してくる。
押し付けられるようにコートを渡されて、されるがままに受け取ると、今度は室内をキョロキョロし始めた。
「マフラーどこ?」
当たり前みたいに訊ねるから、反射的にクローゼットの下に備え付けられているチェストを指さした。
指の先を見た成瀬は、躊躇うことなくチェストを覗くと、一番上に置かれていたマフラーを手にして、未だ手に持ったままのコートを私から再び取り、レストランのスタッフさながらにコートを着せ、さっき出したマフラーを巻いてくれた。
「よしっ。完璧」
得意げに笑った成瀬は、有無も言わせず私の手を引き家出た。
パーキングに停めていた車に乗り、たどり着いたのは冗談でもなく本当に遊園地だった。お城の見える園内から、明るく賑やかな歓声が聞こえてくる。
入り口に立つと、自分がどうしてこんな場所に居るのか疑問に思いながらも、心が踊り始めていることに気がついていた。
チケットを買った成瀬が、再び私の手を握り入園する。
「何から乗る?」
成瀬がすぐそばで訊ねているのを聞きながらも、心臓は浮き立っていた。
「スペースマウンテンとか、いきなりは止めとこうな」
苦笑いの成瀬にボソリと答える。
「機関車」
「え?」
「機関車に乗ってみたい」
言葉尻を聞いて、成瀬が私を凝視した。
「機関車って、ウエスタンリバー鉄道の事か? というか、乗ってみたいって……」
幼い頃、家電量販店の前で見入った光景が蘇る。テレビが映し出す、夢の国で笑う家族は私の憧れだ。
「遊園地、ずっと行ってみたかった」
「え……。ま、マジで?」
「指を怪我しないようにするのが当たり前で。体育も遠足も修学旅行も行ってない。テレビで一度だけ見たことがあるの。小学生くらいの子が、両親と楽しそうに機関車に乗っていた笑顔が、今も忘れられない」
本当に驚いたのか、成瀬は唖然としている。けど、すぐに表情を和らげると満面の笑みを作った。
「よーしっ! じゃあ、今日はそんなもん気にせず、乗りまくるぞっ!」
遊園地にいる誰よりもはしゃいだように成瀬は私の手を引くと、真っ直ぐウエスタンリバーへと向かい子供みたいに列に並んだ。
子供の頃に憧れていた機関車は、乗ってみるととてものんびりしたもので。ほとんどが親子連れの中、いい大人が二人で乗っているのが少しだけ恥ずかしかった。
だけど、あの時テレビで観た笑顔に、今の自分も同じようになっていることがたまらなく嬉しかった。
そのあとは、目まぐるしいくらいに、いくつかのアトラクションに乗った。
内臓がかき混ぜられるくらいに激しいものや、心穏やかになるほどのんびりとしたもの。不思議の国に迷い込んだアリスは、こんな気分だったのだろうかと思うほど、人生の中で初めてのことばかりだった。
たくさんの笑顔があふれるこの場所は、今までの私にしてみたら遠過ぎる異次元のようなところだ。
メディアで目にしていても、そこはまさに夢の国でしかなくて、辿り着ける場所ではないはずだった。
この場所で、自分もあのテレビの中で笑っていた子供のような同じ表情でいられるなんて、想像もしていなかったのに。もしかしたら、ここは本当に夢の中なのかもしれない。憧れていたお城を見上げ、そう思う。
隣では、成瀬が眩しそうな顔で同じようにシンデレラ城を見上げている。
夢なら夢でもかまわない。それなら、楽しむだけだ。
ピアノを弾けない指なんて今更どうなったって構わないのだし、覚めてしまわないうちになりふり構わず楽しもう。
夢なのだからと開き直り、成瀬の勧めでその後もいくつかのアトラクションを巡った。そこかしこで出会うキャラクターたちは、いつも愛想がよくて自然と自分も笑顔を向けてしまう。
要らないというのに、成瀬にスマホのカメラを向けられ、キャラクターと一緒に映る自分が気恥ずかしい。
「一回休憩。ちょい混んでるけど、あそこ入ろうぜ」
成瀬に連れられ、列のできた飲食もできるカフェのような店に並ぶ。
並んでいる間も周囲の人たちは終始笑顔で、ここに来られたことだけでも楽しいのだとその表情が語っている。
笑いあっているたくさんの笑顔を見ているだけで、こんなにも心が満たされるのはどうしてだろう。
今まで経験したことのないこの場所と感情に首をかしげながらも、自分もその一人なんだと笑みを零した。
席に着く早々、腹が減ったと成瀬は食事も注文し、私にも勧める。
「食べておいた方がいいよ。ここは、どの店も並ぶから。入ったときに食べておかないと、次の飯は夢の国を出てからなんてことになるかも知んないし」
夢の国というのは、中々に厳しい部分も孕んでいるようだ。
「なんか欲しいもんとかない?」
欲しいもの?
首をかしげると、パンフレットを広げて園内にあるショップを色々と詳しく教えてくれた。
アトラクションを巡っていた時も思ったけれど、それほど待たされることなく次から次へと渡り歩けて、あんまり巧く園内を廻っていくから、その詳しさにここで研修でも受けたのかと思うくらいだった。
「成瀬は、ここで働いてるの?」
疑問を口にすると、目が点になった後、ニカーッと笑みをこぼす。
なに、その締まりのない笑みは。訝しむ私をニコニコしながら眺めてくる。
「本当は、下の名前のが嬉しいけど。まー、とりあえずは成瀬でもいいや」
満足そうな顔で言われて、気がつかないうちに名前で呼んでいたことに顔が熱い。
真っ赤な顔なんてしていたら、もっとからかわれるかと思っていたらそうでもなく、さっきの質問に応えてくれる。
「働いてはいないけど、何度も来てっからね」
得意げでいて探るような顔をするけれど、全く意図が読めない。
「そうなんだ」
夢の国というのは、そう何度も来るようなところなんだ。この年になって、初めて来ることの方が珍しいのだろう。
そう考えて疑問を締めくくったら、成瀬は肩透かしをくらったような顔をしている。
「あれ? 今のツッコミどころだと思うんだけど。いつ? 誰と? とか」
え?
何が言いたいのかよく解らなくて不思議そうな顔をしていると、苦笑いの末に「まぁいいか」なんて小さく零している。
「ここでしか買えないものばっかだし。あとで行ってみようか」
元に戻ったショッピングの提案に頷いた。
食事を終えて少しだけ乗り物に乗ったあとは、ショッピングタイムになった。成瀬の勧めるままにあれもこれもとカゴに入れられ、気がつけば爆買い状態でレジに並んでいる。
「ねぇ、こんなに買わなくてもいいと思うんだけど」
買い物カゴの中には、キャラクターの耳がデカデカとついたカチューシャや小さなマスコットのついたキーホルダー。文房具から食器のような類のものまで。それにチョコやクッキーの缶も入っていて、隣に立つ成瀬の手にはやたらと大きなぬいぐるみまで抱かれていた。
「ここのクッキーは、美味いんだ」
得意げだけれど、作ったのは成瀬じゃないでしょうと言う嫌味は、レジの番が来て口にできなかった。
次々とレジに通されていく商品。最終的に現れた合計金額に、成瀬がぐっと息を飲んだ音がした。
「結構いったな……」
レジに表示された金額にたじろぎながらも、財布を取り出しているからその手を止める。
「いいよ。私が払うから」
可愛げのない言葉と共にカードを出そうとしたら手で制され、鼻息も高らかに成瀬が支払いを済ませて一言。
「男のプライド」
らしい。
「ありがと」
思わず笑ってしまった。
大きな袋をいくつも抱えた成瀬と、近くのベンチに腰掛ける。
「レジに並ぶだけで疲れるな。しかも、腹減った」
「さっき食べたのに?」
カフェで二人分の食事を綺麗に平らげたというのに、どういうお腹のつくりになっているのだろう。
二人分というのは、私がほとんど食べきれなかった分を、成瀬が食べてしまったからだ。
驚きに言葉もない。
「今の買い物で、一気に消費した」
ケラケラ笑うと、あっという顔をしたあと、荷物と私を置き去りにして成瀬が小走りに駆け出す。
どこへ行くのかと目で追っていれば、細長い棒のような食べ物とドリンクを持って成瀬が戻ってきた。
「それ、食べるんだ」
未だ、カフェで摂った食事が消化しきれていない私は、呆れて笑ってしまう。
その顔に向かって、食べる? なんて口元に差し出されたものからは、甘くて美味しそうな香りがするから、思わずパクリと一口頬張った。
「美味しい」
「チュロスも食べたことない?」
首を振りながら、咀嚼して飲み込む。
「うまいだろ?」
得意げな顔をするから、笑って頷いた。
私の感想に満足したあと、成瀬は残ったチュロスをあっという間に平らげてしまった。
細い身体をしているのに、よく食べる。
「さて、そろそろ行くか」
食べっぷりに感心していると、成瀬が荷物を抱えて立ち上がった。帰るのかと思いながら後をついて行くと、出口に背を向け歩き出す。どうやら違うようだ。
ぞくぞくと人の集まる通り沿いに、成瀬が荷物をたくさん抱えて陣取った。空はとっくに日が落ちて、夜空にはほんの少しの星が見えた。空気はとても冷たいけれど、幸い風はほとんど無い。
成瀬の横に並びしばらくすると、賑やかで煌びやかなパレードが始まった。
「初めての夢の国なら、観ておかないとな」
夢の国のパレードは、それぞれのストーリー毎にキャラクターが曲に合わせて演技をしていく。子供や女の子が手を振れば愛想よく手を振り返してくれ、ライトアップのほかに冬独特の演出なのか雪まで舞っていた。それはまさに夢のような時間で見惚れ続けていた。
「綺麗……」
小さく漏らした声を、成瀬は聞き逃さない。黙って、こちらへ穏やかな視線を向けている。
「シンデレラ」
キャラクターの名前につぶやきを漏らせば、成瀬が柔らかく微笑む。
この世界は本当に夢のようで、私はひたすら目を奪われ続けた。こんな世界があることに、今まで気がつかずにきたことを後悔してしまうほどだ。
上がる花火にも心を奪われ、私は夢の国の余韻に浸り続けた。
帰りの車中から眺めた町のネオンは、夢の国には到底叶わないはずなのに、余韻が残っているのかそれでも視線を外せず眺めていた。
「疲れたろ。急に連れまわして、ごめんな」
成瀬の車は安全運転なのか運転がうまいのか、乗り心地が良くて睡魔が顔を出す。
思考が眠りの世界に入りそうな頃、お休みと囁く声に目を閉じると、ふわりと成瀬の手が頭に触れた気がした。
過去の話を終えた私に向かって、成瀬がいつもと変わらないヘラッとした顔を向けた。
今話した事を、聞いていなかったみたいな顔をしているから、過去の話をしたのは気のせいだったのだろうかと、夢でも見ていた気になった。それとも、話したつもりで、声には出していなかったのだろうか。
目の前にある、何の悩みもなさそうな顔を見ていたらそんな疑問を抱いてしまう。けれど、包み込む手の上を濡らした涙は本物で、鼻はグズついたままだ。
「上着どこ? 結構寒くなってきてるから、マフラーもあったほうがいいかな」
やっぱり、過去の話などなかったみたいだ。すっかり話したつもりでいたなんて、重症だ。
黙ったまま立ち尽くし、何も話さなかったんだと納得しようとしていたら、成瀬が私の手を引き部屋を出る。
廊下を行き、元居たリビングを通り抜けると、勝手に寝室のドアを開けた。
「さっき涼音のこと探すのに、片っ端からドア開けちゃったんだよね。悪いな」
迷うことなく寝室のドアを開けたことに対して、それほど悪そうでもない風に謝った後、それこそ勝手にクローゼットからコートを取り出し手渡してくる。
押し付けられるようにコートを渡されて、されるがままに受け取ると、今度は室内をキョロキョロし始めた。
「マフラーどこ?」
当たり前みたいに訊ねるから、反射的にクローゼットの下に備え付けられているチェストを指さした。
指の先を見た成瀬は、躊躇うことなくチェストを覗くと、一番上に置かれていたマフラーを手にして、未だ手に持ったままのコートを私から再び取り、レストランのスタッフさながらにコートを着せ、さっき出したマフラーを巻いてくれた。
「よしっ。完璧」
得意げに笑った成瀬は、有無も言わせず私の手を引き家出た。
パーキングに停めていた車に乗り、たどり着いたのは冗談でもなく本当に遊園地だった。お城の見える園内から、明るく賑やかな歓声が聞こえてくる。
入り口に立つと、自分がどうしてこんな場所に居るのか疑問に思いながらも、心が踊り始めていることに気がついていた。
チケットを買った成瀬が、再び私の手を握り入園する。
「何から乗る?」
成瀬がすぐそばで訊ねているのを聞きながらも、心臓は浮き立っていた。
「スペースマウンテンとか、いきなりは止めとこうな」
苦笑いの成瀬にボソリと答える。
「機関車」
「え?」
「機関車に乗ってみたい」
言葉尻を聞いて、成瀬が私を凝視した。
「機関車って、ウエスタンリバー鉄道の事か? というか、乗ってみたいって……」
幼い頃、家電量販店の前で見入った光景が蘇る。テレビが映し出す、夢の国で笑う家族は私の憧れだ。
「遊園地、ずっと行ってみたかった」
「え……。ま、マジで?」
「指を怪我しないようにするのが当たり前で。体育も遠足も修学旅行も行ってない。テレビで一度だけ見たことがあるの。小学生くらいの子が、両親と楽しそうに機関車に乗っていた笑顔が、今も忘れられない」
本当に驚いたのか、成瀬は唖然としている。けど、すぐに表情を和らげると満面の笑みを作った。
「よーしっ! じゃあ、今日はそんなもん気にせず、乗りまくるぞっ!」
遊園地にいる誰よりもはしゃいだように成瀬は私の手を引くと、真っ直ぐウエスタンリバーへと向かい子供みたいに列に並んだ。
子供の頃に憧れていた機関車は、乗ってみるととてものんびりしたもので。ほとんどが親子連れの中、いい大人が二人で乗っているのが少しだけ恥ずかしかった。
だけど、あの時テレビで観た笑顔に、今の自分も同じようになっていることがたまらなく嬉しかった。
そのあとは、目まぐるしいくらいに、いくつかのアトラクションに乗った。
内臓がかき混ぜられるくらいに激しいものや、心穏やかになるほどのんびりとしたもの。不思議の国に迷い込んだアリスは、こんな気分だったのだろうかと思うほど、人生の中で初めてのことばかりだった。
たくさんの笑顔があふれるこの場所は、今までの私にしてみたら遠過ぎる異次元のようなところだ。
メディアで目にしていても、そこはまさに夢の国でしかなくて、辿り着ける場所ではないはずだった。
この場所で、自分もあのテレビの中で笑っていた子供のような同じ表情でいられるなんて、想像もしていなかったのに。もしかしたら、ここは本当に夢の中なのかもしれない。憧れていたお城を見上げ、そう思う。
隣では、成瀬が眩しそうな顔で同じようにシンデレラ城を見上げている。
夢なら夢でもかまわない。それなら、楽しむだけだ。
ピアノを弾けない指なんて今更どうなったって構わないのだし、覚めてしまわないうちになりふり構わず楽しもう。
夢なのだからと開き直り、成瀬の勧めでその後もいくつかのアトラクションを巡った。そこかしこで出会うキャラクターたちは、いつも愛想がよくて自然と自分も笑顔を向けてしまう。
要らないというのに、成瀬にスマホのカメラを向けられ、キャラクターと一緒に映る自分が気恥ずかしい。
「一回休憩。ちょい混んでるけど、あそこ入ろうぜ」
成瀬に連れられ、列のできた飲食もできるカフェのような店に並ぶ。
並んでいる間も周囲の人たちは終始笑顔で、ここに来られたことだけでも楽しいのだとその表情が語っている。
笑いあっているたくさんの笑顔を見ているだけで、こんなにも心が満たされるのはどうしてだろう。
今まで経験したことのないこの場所と感情に首をかしげながらも、自分もその一人なんだと笑みを零した。
席に着く早々、腹が減ったと成瀬は食事も注文し、私にも勧める。
「食べておいた方がいいよ。ここは、どの店も並ぶから。入ったときに食べておかないと、次の飯は夢の国を出てからなんてことになるかも知んないし」
夢の国というのは、中々に厳しい部分も孕んでいるようだ。
「なんか欲しいもんとかない?」
欲しいもの?
首をかしげると、パンフレットを広げて園内にあるショップを色々と詳しく教えてくれた。
アトラクションを巡っていた時も思ったけれど、それほど待たされることなく次から次へと渡り歩けて、あんまり巧く園内を廻っていくから、その詳しさにここで研修でも受けたのかと思うくらいだった。
「成瀬は、ここで働いてるの?」
疑問を口にすると、目が点になった後、ニカーッと笑みをこぼす。
なに、その締まりのない笑みは。訝しむ私をニコニコしながら眺めてくる。
「本当は、下の名前のが嬉しいけど。まー、とりあえずは成瀬でもいいや」
満足そうな顔で言われて、気がつかないうちに名前で呼んでいたことに顔が熱い。
真っ赤な顔なんてしていたら、もっとからかわれるかと思っていたらそうでもなく、さっきの質問に応えてくれる。
「働いてはいないけど、何度も来てっからね」
得意げでいて探るような顔をするけれど、全く意図が読めない。
「そうなんだ」
夢の国というのは、そう何度も来るようなところなんだ。この年になって、初めて来ることの方が珍しいのだろう。
そう考えて疑問を締めくくったら、成瀬は肩透かしをくらったような顔をしている。
「あれ? 今のツッコミどころだと思うんだけど。いつ? 誰と? とか」
え?
何が言いたいのかよく解らなくて不思議そうな顔をしていると、苦笑いの末に「まぁいいか」なんて小さく零している。
「ここでしか買えないものばっかだし。あとで行ってみようか」
元に戻ったショッピングの提案に頷いた。
食事を終えて少しだけ乗り物に乗ったあとは、ショッピングタイムになった。成瀬の勧めるままにあれもこれもとカゴに入れられ、気がつけば爆買い状態でレジに並んでいる。
「ねぇ、こんなに買わなくてもいいと思うんだけど」
買い物カゴの中には、キャラクターの耳がデカデカとついたカチューシャや小さなマスコットのついたキーホルダー。文房具から食器のような類のものまで。それにチョコやクッキーの缶も入っていて、隣に立つ成瀬の手にはやたらと大きなぬいぐるみまで抱かれていた。
「ここのクッキーは、美味いんだ」
得意げだけれど、作ったのは成瀬じゃないでしょうと言う嫌味は、レジの番が来て口にできなかった。
次々とレジに通されていく商品。最終的に現れた合計金額に、成瀬がぐっと息を飲んだ音がした。
「結構いったな……」
レジに表示された金額にたじろぎながらも、財布を取り出しているからその手を止める。
「いいよ。私が払うから」
可愛げのない言葉と共にカードを出そうとしたら手で制され、鼻息も高らかに成瀬が支払いを済ませて一言。
「男のプライド」
らしい。
「ありがと」
思わず笑ってしまった。
大きな袋をいくつも抱えた成瀬と、近くのベンチに腰掛ける。
「レジに並ぶだけで疲れるな。しかも、腹減った」
「さっき食べたのに?」
カフェで二人分の食事を綺麗に平らげたというのに、どういうお腹のつくりになっているのだろう。
二人分というのは、私がほとんど食べきれなかった分を、成瀬が食べてしまったからだ。
驚きに言葉もない。
「今の買い物で、一気に消費した」
ケラケラ笑うと、あっという顔をしたあと、荷物と私を置き去りにして成瀬が小走りに駆け出す。
どこへ行くのかと目で追っていれば、細長い棒のような食べ物とドリンクを持って成瀬が戻ってきた。
「それ、食べるんだ」
未だ、カフェで摂った食事が消化しきれていない私は、呆れて笑ってしまう。
その顔に向かって、食べる? なんて口元に差し出されたものからは、甘くて美味しそうな香りがするから、思わずパクリと一口頬張った。
「美味しい」
「チュロスも食べたことない?」
首を振りながら、咀嚼して飲み込む。
「うまいだろ?」
得意げな顔をするから、笑って頷いた。
私の感想に満足したあと、成瀬は残ったチュロスをあっという間に平らげてしまった。
細い身体をしているのに、よく食べる。
「さて、そろそろ行くか」
食べっぷりに感心していると、成瀬が荷物を抱えて立ち上がった。帰るのかと思いながら後をついて行くと、出口に背を向け歩き出す。どうやら違うようだ。
ぞくぞくと人の集まる通り沿いに、成瀬が荷物をたくさん抱えて陣取った。空はとっくに日が落ちて、夜空にはほんの少しの星が見えた。空気はとても冷たいけれど、幸い風はほとんど無い。
成瀬の横に並びしばらくすると、賑やかで煌びやかなパレードが始まった。
「初めての夢の国なら、観ておかないとな」
夢の国のパレードは、それぞれのストーリー毎にキャラクターが曲に合わせて演技をしていく。子供や女の子が手を振れば愛想よく手を振り返してくれ、ライトアップのほかに冬独特の演出なのか雪まで舞っていた。それはまさに夢のような時間で見惚れ続けていた。
「綺麗……」
小さく漏らした声を、成瀬は聞き逃さない。黙って、こちらへ穏やかな視線を向けている。
「シンデレラ」
キャラクターの名前につぶやきを漏らせば、成瀬が柔らかく微笑む。
この世界は本当に夢のようで、私はひたすら目を奪われ続けた。こんな世界があることに、今まで気がつかずにきたことを後悔してしまうほどだ。
上がる花火にも心を奪われ、私は夢の国の余韻に浸り続けた。
帰りの車中から眺めた町のネオンは、夢の国には到底叶わないはずなのに、余韻が残っているのかそれでも視線を外せず眺めていた。
「疲れたろ。急に連れまわして、ごめんな」
成瀬の車は安全運転なのか運転がうまいのか、乗り心地が良くて睡魔が顔を出す。
思考が眠りの世界に入りそうな頃、お休みと囁く声に目を閉じると、ふわりと成瀬の手が頭に触れた気がした。