前編

文字数 1,552文字

 ゆるい頭痛で、意識が覚めた。
 きりりと響くこめかみに手をやり、少し押してから垂れてきた髪をかきあげ――
 髪?
 いや、僕の髪はそんな流れるほど長くない。
 ゴミでも乗ってるのか。
 引っ張る。
 痛い。
 違和感に目を開ける。
 ひっくり返る前に見た光景と同じ、広い公園だった。
 自分の頭上にあるやつの他にも桜の植えられた、遊具は遠い場所だ。
 僕の周りには、誰もいない。
 僕はベンチで横になっていたようだ。
 酷いな。みんな、僕を放置して解散したのか。
 日が暮れかけていた。
 強めに息を吐いて、状況を確認する。
 財布は――ある。
 スマホもある。
 通知がいくつか来てるけど、それより気になることで僕はスマホと財布をベンチに置いて、座り直した。
 その時に、また髪が肩にかかる。
 ゴミじゃない、やっぱり髪だ。
 おそるおそる、胸に手をやる。
 押すと、圧を感じた。
「えっ……?」
 眠りこける前と変わらないTシャツとジーンズなのに、何か変わったように思える。
 Tシャツから覗き込むと、僕の胸に丸いふくらみが見えた。
 ――下に手を運ぶ。
 二十年触り慣れた感触が、ない。
「え!?
 ジーンズを脱――ごうとして、周りに人がいないことをもう一度確かめて、前を開ける。
 ボクサーパンツから見える股間は、ぺたんとしていた。
 もう一度、今度は直に胸に触れる。
 柔らかな弾力が手に返ってくる。
「えええっ!?
 服を脱ぐのはためらったけど、体じゅうを何度も探る。
 経験はない僕でもさすがに、わかる。
 酔い潰れるまで男だったはずの僕は、どうやら、女になっていた。

 これはきっと夢だ。
 まずそう思った。
 現実にこんなことは起こらない。
 目覚めた気でいたけど、変な夢の中にまだいるんだろう。
 何か靄がかかったような、ぼんやりした感覚が頭に残っている。
 あらためて、自分の体を見る。
 やっぱり、女の子のような胸になっている。
 下を見るのが妙にためらわれ、パンツの中に手を入れる――ない。
(――いつまでカラダ触ってるの? 変態?)
 頭の中で、そんな声がした。
 また周囲を見るけど、僕以外に人はいない。
(あなたの中)
 また声。女の子だろうか、高めだった。
 夢だと何でもアリか。
 僕はこんな願望を持った覚えはないけどなあ……
(あなたの体を勝手に借りてるのは謝る。けど、こんなにあたしの影響が強く出るとは思ってなかったし、それにあなた、死にかけてたのよ)
 女の子の声に不穏なことを言われる。
「し――死にかけ?」
 つい、声に出してしまう。
 その声も女の子みたいに高い。
 夢だから?
(そう。急性アルコール中毒ってやつ? よく知らないけど)
 疑問で返されても、僕にも判らない。
 そこで、脳裏に不意に女の子の姿が浮かび上がった。
 小学生くらいか、親戚でも近所でも見たことないのに、なぜか見覚えあるような気がした。
「キミが、その――僕の体を?」
 いつになったら覚めるのか、この夢――というか、夢ならどうとでもなれ、みたいな気持ちで尋ねて、少女を見る。
 どこにでもいそうな女の子だった。とりたてて美少女というほどでもないけど、可愛くないことはない。特徴というと右の目尻にふたつ並んだホクロと、どこか大人びた眼差しくらいに思える。
 少女が頷く。
「でも――この体の感じ、キミより年上っぽいよね」
(うーん……お兄さん、二十歳くらい? あたしが生きてたらそれくらいなんだ。そこじゃない?)
「そこ?」
 また不穏な単語を少女が発する。
(よく解んないけどさ、あたしが大人になってたらこんな感じになる、みたいな?)
 適当だな、さすが夢。
「――『生きてたら』って?」
(あたし……)
 言いごもって、やや間をおいた少女が言う。
(十歳の時にここに埋められて、殺されたの)
 まさかの怖い夢展開だった。
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