第8話 暑がりの綿ぼこり

文字数 2,612文字

 ぐるぐるぐる……。
 ちいちゃんはうずまきに飲まれてしまいました。ちいちゃんの周りでは、洋服やタオル、靴下がまわっています。お洗濯がはじまったのでしょう。おぼれまいと、ちいちゃんは、まわってきた靴下をつかみました。
 うずまきはだんだんと早くまわりはじめました。うずは小さくなりはじめ、ちいちゃんの体に洗濯物がまとわりつくようになりました。身動きが取れないと息苦しくなったその時、ちいちゃんの体は洗濯物ごと、ポーンとうずの底から弾きだされたのです。
 ちいちゃんが投げ出された場所は、洗濯物の折り重なった山の上でした。ちいちゃんの体はポンポポーンと洗濯物の山の斜面を転がり落ちていき、何かかたいものにぶつかってはじめて回転がとまりました。
 かたいものにぶつけたおしりが痛くてなでていると、何やらうめき声のようなものが聞こえてきました。声は洗濯物の山の上の方から聞こえてきます。うずに飲み込まれてはぐれてしまったバ・サミでしょうか。ちいちゃんは大急ぎで洗濯物の山をかけのぼりました。
 耳をすませ、ちいちゃんは声のする方へとむかっていきました。
「うーん、暑い、暑い、うーん……」
 声の主はバ・サミではありませんでした。洗濯物の上にキャベツほどの大きさで目と口のついた綿ぼこりのようなものが転がっており、しきりと「暑い、暑い」と叫んでいるのです。
 おかしな話でした。洗濯物の山が築かれている場所は雪の洞窟の中で、ちいちゃんはむしろ寒くて仕方ないので手袋がわりに靴下を手にはめているのです。
 ちいちゃんが恐る恐る近寄っていくと、綿ぼこりは
「ああ、ちょうどいいところに来てくれた。人間の女の子、誰かが扇風機のスイッチを切ってしまったようで暑くてたまらないから、スイッチを入れてきてくれないか」
 綿ぼこりの頭は汗でぐっしょりとしています。扇風機のスイッチを入れたらもっと寒くなりそうだなとちいちゃんは思いましたが、汗をかいている綿ぼこりも気の毒です。
 洗濯物の山のすぐそばに巨大な扇風機はありました。扇風機の正面に綿ぼこりは居座っているのです。
「わかったわ、スイッチを入れてきてあげる」
 ちいちゃんは洗濯物の山を急いで駆け下りました。
 巨大な扇風機のスイッチも巨大で、ちいちゃんと同じぐらいの大きさがありました。指でぽんと押すわけにはいきません。ちいちゃんはスイッチの上に両足で乗り、その上で思い切りジャンプしました。スイッチは入りません。ちいちゃんは続けてジャンプしました。今度は少し力を入れてみましたが、扇風機は動きだしません。三度目に、ちいちゃんはスイッチの上で二度、三度はねてから、最後にうんと強くスイッチを踏みました。
 ブィーンと音をたてて扇風機が回り始めました。山の上の綿ぼこりは風が顔にあたって気持ちよさそうです。風はちいちゃんのいるところまで吹いてきました。いっぱいジャンプして汗をかいたのではじめは冷たくて気持ちいいとおもっていたちいちゃんですが、そのうちだんだんと寒くなってきました。靴下の手袋やマフラーをしていても寒くてしょうがありません。いつの間にか、洞窟の中に雪が降ってきました。
 ちいちゃんは雪を降らせているドラゴンにやめるよう言いに来たのだと思い出しました。ドラゴンのいる山に急いで向かわなければなりません。はぐれてしまったトビーやバ・サミもドラゴンの山に行っているはずです。
「あのう、私、みんなを困らせているドラゴンに会いに行きたいんだけど、ドラゴンのいる山へはどうやっていけばいいか、教えてもらえる?」
 しかし、山の上からは何の返事もありません。扇風機の風が強くてちいちゃんの声が山の上まで届いていないようです。ちいちゃんは、扇風機の風に負けないようにもっと大きな声をだしました。それでも返事はありません。もしかしたら返事はあったのかもしれませんが、扇風機の風のせいでちいちゃんには何も聞こえません。
 扇風機を止めないとと思い、ちいちゃんはスイッチの上に思い切りよく腰をおろしました。押し込められていたスイッチはぽんと飛び出してきました。
 扇風機の羽がゆっくりになって止まったので、ちいちゃんはまた聞きました。
「ドラゴンのいるという山へ行きたいんだけど、どっちへ行ったらいいか、教えてくれる?」
 ちいちゃんは大きな声を出したので、今度こそ山の上の綿ぼこりには聞こえているはずです。しかし返事はありません。そのかわり、暑い、暑いといううなり声が聞こえてきました。
「扇風機を止めたのは誰だ、暑いよ、暑いよ。誰か扇風機のスイッチを入れてくれないか」
「ドラゴンのいる山への道を教えてちょうだい」と、ちいちゃんは叫びました。しかし、「うーん」と「暑い」の二言が返ってくるばかりです。
「ドラゴンのいる山への道のりを教えてくれたら、スイッチを入れてあげる」とちいちゃんが言うと、うなり声がおさまりました。
「ドラゴンのいる山? そんな場所、知らないな」
「それじゃあ、扇風機のスイッチは入れてあげられない」
「待ってくれ。ああ、もしかして、君のいうドラゴンの住む山っていうのは、洗濯物が集まる場所のことかい? この世界で『山』といえるほどの高い物といえば、その場所くらいだから」
「ええ、きっとその場所だわ。そこにはどうやって行けばいいのか、教えてちょうだい。教えてくれたら、スイッチを入れてあげる」
「教えなくても、君はもうその場所にいるじゃないか。ここが洗濯物の集まる場所だよ。さあ、スイッチを入れてくれ。暑くてたまらない」
 いつの間にか、ドラゴンのいる山にたどりついていたと知り、ちいちゃんは驚きました。しかし、いるはずのドラゴンの姿はなく、かわりに洗濯物の山の上にちょこんと居座っている綿ぼこりがいるだけです。
「ねえ、ドラゴンを見なかった? 私、ここにいるはずのドラゴンに、みんなを困らせるのは止めてくださいとお願いしに来たの」
「スイッチを入れてくれ。山への行き方を教えたらスイッチを入れてくれるという約束だっただろう」
 約束は約束です。ちいちゃんは扇風機のスイッチを入れてあげることにしました。
 いち、にいの、さん! 
 スイッチの上で思い切りジャンプすると扇風機が音をたてて回り始めました。雪もふたたび降り始めました。
 その時です。何かが扇風機にむかって走ってきました。
「そのスイッチを切って!」
 声の主はトビーでした。
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